幕間・5


「何? 山賊だと?」


 金髪金眼、傍目には女性と見紛うばかりの容姿をした男性が振り返る。しかし、その整った眉はわずかに歪んでいた。


「ええ、数年ほど前から何度か近隣の村や商人を襲っていたようですが、特にこの半年は被害も襲撃頻度も多いようです」


「ふむ……」


 クリス・シンプソン。オーバルディア帝国軍所属の理力甲冑操縦士だ。


 彼は今、部下からとある報告を聞いていた。


「討伐任務、という事ですがいかが致しましょう……」


「なぁに、たかが山賊だろう? そんなもの、どうとでもなるさ」


「いえ、それが、あの……」


 しかし部下である年若い軍人、セリオ・ワーズワースの歯切れが悪い。


「どうした、まさか山賊が理力甲冑に乗って襲うとでも言うのか?」


 クリスは端正な唇を少し吊り上げ言う。山賊集団が理力甲冑を駆り、略奪行為を繰り返しているという噂を聞いた事がある彼は冗談交じりのつもりだったのだが、セリオはなんとも言えない顔をしたままだ。


「……はい、その通りなんです」


「……世も末だな」





 通常、理力甲冑は軍か町の警備隊のような公的機関か、もしくは貴族くらいしか所持が許されていない。


 強大な軍事力の象徴ともいえる理力甲冑を誰でも操れることは、すなわち世の治安を乱すことに他ならないからという事である。……という建前もあるが、なにより一番の理由は理力甲冑が金食い虫であるという点が大きい。


 定期的に交換しなくてはならない人工筋肉、装甲などに使われる大量の鋼鉄。そして専門の技師と工房。とてもではないが、個人の範囲で持つにはよほどの収入が必要である。それはつまり、逆に言えば個人で所有できる目安が貴族、というわけだ。


 なのでクリスが耳にした、山賊が理力甲冑を所有し、近くの村や行商人を襲うという話はだとばかり思っていたのだ。仮に略奪品が相当な金品だったとしても、ならず者である彼らに軍事兵器である理力甲冑の部品を卸す業者は皆無だろう。






 そんな訳で、クリス率いる部隊は山賊が出没するという噂の山へと繰り出したのであった。


 そして現在。夜も更け始めた頃、クリス達は謎の理力甲冑の集団に囲まれていた。その数は実にステッドランド三機、スピオール一機、クラッド二機の合計六機。


「偵察に来ただけでこの歓迎よう……こいつらがくだんの山賊か?」


 旧式機も含まれているが、修理に整備などの技術、多くの部品を手に入れる術が無いからか、ところどころ素人が補修したような痕が見て取れる。だがしかし、ただの山賊がこれ程の理力甲冑を持つという事はかなりの異常事態だ。

 

 そんな山賊の懐事情を反映するかのように、鈍い動きで剣を振り上げる。どうやら問答無用で襲うつもりのようだ。


「……ま、探す手間が省けたと思うか。各機! それぞれに対処しろ!」


 クリス隊長の号令ひとつで、彼の部下たちは俊敏な動きでその場から散った。明らかに山賊の乗る機体とは練度と機体性能が異なる。


 その中でも、両手持ちの大剣を持ったステッドランドが豪快に暴れている。大剣を水平に薙いでスピオール山賊機の剣へとぶち当てた。あまりの衝撃に剣は弾かれ、どこかに飛んでいく。


「動きが遅いです!」


 さらに一歩を踏み出し、その肩を敵機にぶつける。姿勢を崩したスピオールはそのまま、後方にいた別のステッドランドとぶつかってしまった。


「ッ!」


 そしてその機体の全長に迫る長さの大剣をさらに大きく振りかぶり、一息で振り抜く。鋼と鋼がぶつかり、そして耳に障る高音を残しつつ二機の理力甲冑は縦に両断されてしまった。




 隊長であるクリスも、部下に負けじとその黒い機体を駆る。試製理力エンジンを搭載した理力甲冑、ティガレストだ。


 黒い装甲には所々黄色のラインが入っており、よく目立つ。この機体を再設計した人物サヴァン・ロートンによれば、この黄色の部分は放熱性の高い塗料を使っているとの事だ。操縦士であるクリスからすれば、はなはだその効果に疑問が残るものだが。


 ティガレストは腰から片手剣を抜き放ち、下段に構えつつクラッド敵機に向かって突進する。見慣れぬ機体から発せられる威圧感に動揺した山賊は思わず後ずさってしまう。


「雑魚がっ!」


 クリスは小さく息を吐き、ティガレストが持つ剣を上へと跳ね上げる。そして斬り上げた切先をすぐさま振り下ろした。まさに一息のうちに二度の斬撃によって敵機の胸部と頭部に深い傷痕が刻まれる。しかし、クラッドは装甲の厚さに定評がある機体である。今の一撃は致命的なものではなかったようだ。


 ティガレストはその場で低くしゃがみ、回転しながら敵の脚を蹴りはらった。俗にいう、水面蹴りだ。それなりに機体の重量があるクラッドが宙に浮き、地面へと突っ伏す。その衝撃で辺りが少し揺れてしまった。


 そしてティガレストは手にした剣を逆手に持ち直し、その剣先を倒れたクラッドの背中に当てて機体の重量を掛ける。バギっという鋼板が割れる音と共に剣が機体へとめり込んだ。


「旧式とはいえ、硬かったな」


 クリスは短く言い捨てると、突き刺した剣を引き抜く。その切先は真っ赤に濡れていた。





 山賊集団の理力甲冑は瞬く間に制圧されてしまった。やはり、ならず者集団と正規の軍人相手では分が悪すぎたのだ。


「隊長、コイツら歯ごたえが無かったですね」


 部下の一人が撃破した機体を眺めながら言う。他の機体も殆ど損傷しておらず、その実力差が垣間見えた。


「マズいな、調子にのって操縦士を全員殺してしまったか。だれか一人くらい息をしていないか?」


 山賊の本拠地アジトを聞き出そうとしたのだが、どうやらてしまったようだ。この近くにあるとクリスは踏んでいたのだが、このままではしらみつぶしに探さねばならなくなる。




 瞬間、クリスの背中に冷たいものが走った。


(なんだ、この悪寒は……)


 言いようの知れない威圧感を感じる。まるで、凶暴な魔物を前にしたかのような恐怖。クリスをしてここまで畏れさせる相手が近くにいる。


 突然、目の前を一機のステッドランドが


「なっ?!」


 吹き飛ばされたのは部下の機体だ。一瞬見えたその姿は胸部に大きな傷跡が三つ並んでいた。


 ティガレストが周囲を見渡すと、向こうの方で何かが煌めいた。微かな星明りを反射した、鈍い光。


 それは理力甲冑のような、獣が二本足で立っているような、異様な姿だった。装甲は無垢の鈍い銀色、頭部はまるで狼を模した攻撃的な意匠。そして下腕から先は膨らんでおり、その先端には大きな爪のようなものが生えていた。


 ゆらりとその理力甲冑が動いた。全身をしなやかにしならせ大きく跳躍したかと思うと、近くにいた機体へと唸りを上げつつ襲い掛かったのだ。




 その獰猛な挙動はまるで大型の肉食動物を連想させる。とても人間とは思えない動き、荒々しい意思、そして剥き出しの殺気。まさに獣だ。




 その鋭い爪の一撃はいとも簡単にステッドランドの装甲をズタズタに切り裂いてしまった。先ほどの吹き飛ばされた機体はこの猛獣のような理力甲冑にやられたのだろう。


「コイツも山賊……なのか?!」


 クリスは突然の襲撃者を迎撃するため、剣を握り直して銀色の機体へと飛び掛かった。


 ティガレストの跳躍は通常のステッドランドの数倍を誇り、その空中からの斬撃は落下速度と運動エネルギーが合わさる事で強烈な一撃となる。しかし、銀色の機体は上半身を仰け反らせるようにしてあっさりと躱してしまった。


 クリスは接近したことでその機体の異様さを再確認した。全身に纏われているはずの装甲は殆どなく、代わりに関節などを保護するためのゴム状のシートでグルグル巻きにされていた。恐らく、先ほどからの猛獣のようなしなやかな動きは装甲を取り外した事によるものだろう。それはつまり、大幅に重量が軽減されることと、装甲の関節可動域を最大限に発揮できることだ。


 ティガレストはそのまま凄まじい剣撃を繰り出し、敵機を圧倒させる。無駄のない、しかし一撃一撃が強烈な太刀筋は大抵の理力甲冑と操縦士ならば一瞬のうちにバラバラに切り刻むだろう。


 だが、目の前の銀色を鈍く反射させている機体はそのことごとくを回避していく。恐るべき動体視力と反射神経の成せる業か、薄皮一枚の所で身を逸らせているのだ。


「くっ! なぜ当たらない!」


 ティガレストの剣筋は的確に敵の避ける方向を潰すよう仕掛けている。しかし、銀色の機体は常識を超えるしなやかさと俊敏さを以って無軌道な回避を見せるのだ。いい加減、避けるのにも飽きたのか相手は大きく仰け反り、後方へと跳躍する。


 次の瞬間、クリスは肝を潰す思いをしてしまった。


 銀色の機体は着地した衝撃を両脚を踏ん張る事で吸収し、それと同時に大地を強く踏み切った。つまり、ティガレストに向かって頭から突っ込んできたのだった。


「ッ……!」


 白い影アルヴァリスを思い起こさせるような速度で迫ってくる凶爪を剣でなんとか防御するが、その勢いは殺しきれなかった。何とか機体を捻ってやり過ごそうとするが、その際に銀色の機体はついでだと言わんばかりに腹部に蹴りを入れていく。


 その衝撃に操縦席のクリスは激しく揺さぶられ、一瞬だけだが前後不覚に陥ってしまった。


「……山賊風情、と侮ってしまったか……!」


 強さの方向は異なるが、クリスと互角以上に戦うこの敵は相当な実力だ。これはひょっとするとユウとアルヴァリス、いや、帝国最強の皇帝陛下直属部隊、サムライ衆と同等か――――


 そう思った瞬間、クリスは思わず吹き出してしまった。


「たかが山賊に勝てないで、帝国最強の力を求めるなどと言えるか!」


 クリスは操縦桿の脇にあるレバーを引く。すると甲高い理力エンジンの音がさらに高くなっていく。その音色は機械といううよりも、何かの楽器のように美しい音程を奏で始める。そしてクリスはティガレストの機体が軽くなったような感じがした。




――――いいか、この機構はまだ調なんだ。滅多なことでは使うなよ?――――




 サヴァンの言葉が脳裏にチラついたが、今の状況はその滅多な事だろ?と自分で言い訳をする。


 彼の説明によれば、このレバーは一種の安全装置らしい。今でこそ、出力を安定して引き出せる試製理力エンジンだが、限界ギリギリの高回転域ではまだ不安定で出力も未知の領域との事だった。


 しかし、いくらクリスとティガレストでも苦戦するようなアルヴァリスが相手の場合、出し惜しみをして負けていては話にならない。その辺りはサヴァンも承知しているらしく、その妥協案として一時的な強制解除リミッターカットさせるのがこのレバーだった。




 普段よりも多くの理力が機体に漲っていくのが分かる。


 そして、視覚が、聴覚が、触覚が、次第に拡大していくような感覚さえしてきた。ティガレストの指先、剣を握っている感触。穏やかな風が運ぶ木々がざわつく音。夜の暗さでも辺りが昼間のようにはっきりと観える。


 そしてティガレストはゆっくりと動きだした。機体がゆらりと、一歩ずつ前に進む。銀色の機体は様子を伺うかのように両手を構えていたが、次の瞬間には先ほどと同じようにティガレストへと飛び掛かっていった。


 やはり、常人では目で追えない程のはやさ。鋭利な爪は黒い機体の胴体部を真っすぐに狙っていた。


 しかし、その爪は虚しく空を切った。銀色の機体を駆る操縦士は幻でも見たのかとばかりに辺りを探すが、ティガレストの姿は見えない。剣を構えるステッドランドクリスの部下たちの装甲が星明りでわずかに反射するだけだった。


 そしてようやく気付く。銀色の機体の背後、そこにティガレストはいた。一瞬のうちに、音も無く回り込んだのだ。銀色の機体は怯むことなく、その場で跳躍、空中で回し蹴りを放った。


 鋭い蹴りがティガレストを襲う。が、その黒い腕が持ち上がったかと思うと、事も無げにその脚を掴んでしまった。相当な衝撃の筈だが、ティガレストはまったく堪えた様子は無い。


「……猛獣にはしつけが必要だな」


 クリスの声が操縦席に響く。淡々と、抑揚が無く。


 ティガレストは掴んだ敵機の脚を思い切り振り上げ、そして力任せに地面へと叩きつける。片手で理力甲冑を持ち上げる凄まじい膂力りょりょくもそうだが、対する銀色の機体もなかなか一筋縄ではいかない相手のようだ。


 地面に叩きつけられる瞬間、機体を思い切りねじりティガレストの手から逃げ、まるで猫科の動物のように器用な姿勢で着地した。


 そして次の瞬間、両者は再びぶつかり合う。ティガレストの剣と、銀色の機体の爪が激しく火花を散らす。荒々しく繰り出される爪撃を受け止め、流し、そして隙間を縫うようにその剣先は銀色の装甲を削っていく。先ほどとは異なり、クリスが完全に圧倒している。





「……!」


 クリスの部下たちはその戦いを眺めていた。隊長を援護しようと機会を伺っていたのだが、次元の違う戦いにただただ傍観するしかなかった。


(剣筋が見えない……!)


 隊長に鍛えられ、それなりの実力を自負する彼らだが、それでもティガレストと銀色の機体の戦いを目で追うのがやっと、いや、殆どの動きは見えていない。




 銀色の機体は旗色が悪いと察したのか、両腕を振り回してティガレストの剣を弾く。そしてその一瞬で大きく跳躍し、間合いを外した。


「逃がす物か!」


 クリスは敵が逃げると直感し、手にした剣を投擲する。綺麗に回転しながら敵機が着地する地点へと白刃は突き刺さった。


「……ッ!」


 銀色の機体は姿勢を崩し、うめき声にも似た咆哮を漏らす。そしてその一瞬が決め手となった。


 ティガレストの理力エンジンが唸りを上げ、その脚は大地を蹴る。あまりの衝撃に地面は耐えきれず、地割れのように砕けてしまう。


 強烈な一歩を踏み出したティガレストは離れた間合いを一気に詰め、右の拳を握りしめる。


 操縦席に取り付けられた理力エンジンの回転数を示す計器の針は既に危険域レッドゾーンへと突入している。全身の人工筋肉が大量の理力と過剰な機動によるエネルギーで発熱し、装甲表面の黄色い部分からは陽炎のように空気が揺らめく。


 その揺らめきが、僅かな光を帯びる。人工筋肉が淡く輝き、装甲の隙間から洩れ出て見えた。


 姿勢を崩した銀色の機体はティガレストの右拳をその顎部に食らい、後方へと仰け反る。あまりの強烈さにアッパーカットを受けた頭部はもげてしまい、ゆっくりと空中を舞い、そして地面へと叩きつけられた。








「さて、操縦士の顔でも拝んでやろうじゃないか。どんな猛獣が現れるかな?」


 銀色の機体を行動不能にしたクリス達は、山賊の情報を握る唯一の手掛かりとなった操縦士を捕縛するべく機体の周囲に集まっていた。先程から物音が一つも聞こえないことから操縦士は気絶しているのかもしれない。


「気をつけろ……飛び出してくるかもしれん」


「貴重な情報源だが、いざとなったら構わん」


 護身用の回転式拳銃リボルバーを構えつつ、クリスは操縦席のハッチを開ける。そこに居たのは……。


「……な?!」


 そこに居たのは、凶暴な目つきの……少女だった。


「……殺るなら一思いにやりな! アタシは命乞いなんかしないよ!」


 少女特有の高い声が耳に痛い。年の頃は十五か、十六か。


 言葉通り、少女は逃げる素振りも抵抗する様子もない。山賊は捕まれば大抵の場合、縛り首だ。それを分かってこの態度なのか。


「お前……名前は?」


 猛獣のような目つきがクリスを射抜く。だがいくら凄んだ所で彼は一向に怯まない。


「……名前くらいいいだろ、オイとか、お前じゃ呼びにくい」


「グレンダ……姓は無い。ただのグレンダ」


 雪のように白い髪はポニーテールに纏めてある。真っ赤な瞳は流れる血のように鮮やかで、病人のように不健康な肌は白く透き通るようだ。彼女は生まれつき色素が薄いのかもしれない。


 しかしその気性は荒く、今にもこちらに噛みつきそうな雰囲気だ。剥き出しになった八重歯は獣の牙を連想させる。外見も中身もまるで白い狼のようだ。


「ふむ、グレンダか、いい名前だ。ところでグレンダ、君は山賊なのか? ここいらを理力甲冑で荒らし回っているという」


「気安く呼ぶな! ……ああそうだよ、アタシらが赤い狼だ! どうだ、ビビったろ!」


 山賊集団・赤い狼。そっちの界隈ではそれなりに知られた山賊で、残虐非道、一度狙った獲物は逃さないという事で有名だ。そして理力甲冑を駆り、数々の犯罪を起こしている。最近では帝国の貴族令嬢を誘拐した容疑で名を馳せていた。


「……その割に、この機体は赤くないな」


 ス、とクリスは横たわった機体を見やる。今は無い頭部は狼の意匠だが、機体は何も塗装されていない金属の地のままだ。


「う、うっさい! 決して塗料を買う金が無いとか、そんな事は無いからな!」


「……」


(その言葉でなんとなく、察してしまうな……)


 恐らく、理力甲冑を維持するために莫大な資金が必要だったのだろう。最低でも、七機分。どうりでこの機体をはじめ、山賊の理力甲冑はかなりボロボロだったのだ。


「だから最近は襲撃頻度が多かったのか……」


 足りない資金を補うべく、手当たり次第に村や隊商を襲う。しかし理力甲冑は稼働すればするほど消耗する。それを整備するために資金が必要となる。その自転車操業の結果、山賊は軍に目を付けられ、こうして討伐されてしまった。


「お前らなんか、皆の機体とテーバテータが万全なら瞬殺だよ!」


 テーバテータ銀色の機体はともかく、他の機体は整備が行き届いた状態でも同じ結果になっただろうとは思ったが、クリスはあえて言わなかった。


「もう一つ聞きたい。山賊の本拠地は何処だ?」


 その言葉にグレンダの顔は険しくなる。


「アタシが仲間を売るとでも?! 口を割るくらいならここで死んだ方がマシだよ!」


「……グレンダ、一つ取引をしよう。私の要求を呑んでくれれば山賊……君の仲間たちは


 今度はグレンダだけでなく、クリスの部下たちも驚き戸惑う。ここで山賊を見逃すという事は重大な命令違反であり、軍に対する背任行為で処刑されても文句は言えない。


「ハッキリ言おう。軍が本気になればこの周囲一帯を白み潰しに捜索すれば本拠地など簡単に判明する。そうなればまともな戦力を持たないお前たちは文字通り潰される」


 グレンダの細い喉が鳴った。山賊の現状を正しく理解しているからこそ、その未来も正しく予測出来る。


「そこで、だ。グレンダ、。君のその強さは正直なところ、失くすには


 グレンダとテーバテータの強さは本物だ。クリスもティガレストのリミッターカットが無ければ、どうなっていたか分からないほどに。


「ハァ?! アンタ、ふざけてんの?! このアタシに軍人になれっていう気? いいからさっさと殺せよ!」


 クリスはただ、じっとグレンダを見つめる。その瞳に嘘はない……ように見える。


「……本気で言ってるの?」


「もちろん。諸々の書類を偽造するのは骨が折れるが、なに、やってみせよう」


 爽やかに言ってのけるが、クリスの脳内では(今のところ)上司であるサヴァンにも手伝わせる算段を始めていた。どうせこの機体を見せれば食らいつくと考えていたが、その目論見が失敗するのはまた別の話だ。


「……少し考えさせて」


「良いだろう。だが、早めに決断してくれよ?」


 それだけ言うと、クリスはテーバテータの操縦席から離れる。





「た、隊長!」


「どうした、セリオ」


「大丈夫なんですか?! あんな猛獣みたいな女を仲間にするなど!」


 クリスは理力甲冑に積んであった水筒から水を一気に飲み干す。


「なんだ、不満なのか?」


「いや、不満どころか……」


 その顔は曇る。だが、クリスはその真意を読み取った。


「なに、心配はいらんさ。お前も彼女の実力はその目で見ただろう?」


「いや、それはそうですが……!」


 セリオは自身の理力甲冑の方を見やる。長大な両手剣を地面に突き立て、星明りをわずかに反射させる機体を。




 クリスはセリオの心配を理解出来る。まるで猛獣のような少女を本当に御せるのか。しかし、彼はグレンダの眼を思い出す。凶暴な目つきで隠れているが、彼にはあれが世間を恨み、卑屈になった眼に見えた。


(感傷……も、あるかな)


 グレンダと相対するのは、まるでかつての自分を見るような気分だった。あの頃のクリスはこの世の全てが信じられず、グレンダと同じような眼をしていた事を思い出す。


 なれば、一筋縄ではいかないだろうが、無理な事ではない。何せ、自分クリスがそうだったのだから。


「隊長?」


「……なんでもない。それより、ここから一番近い町はどこだ? 村でも構わん」


「へ? えーと、ここから北に行ったところに小さな町があったと思いますが……」


「そうか、まずはグレンダをその町まで連れて行くぞ。いくら山賊だからといってはないだろ。何日風呂に入ってないんだ……」


「ああ……なるほど」


 セリオは深く頷く。年頃の女性にあるまじきニオイ。日頃の訓練や行軍でそういうのには慣れている筈の彼らでさえ、流石に参っている。


「グレンダは了承するよ、必ずな」


 クリスは確信を持って言う。そしてその言葉通り、グレンダはクリスの部下になることを条件に、仲間の山賊を見逃して貰うのだった。




 テーバテータはこのアムリア大陸の古い言葉で山の狼を意味するという。果たして狼は飼い慣らされて牙を抜かれるのか、それとも雌伏の時を経てその鋭い爪をクリスに突き立てるのか。









幕間・5 襲爪


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