第16話 黒槍

第十六話 黒槍


「ここがクレメンテの街だ!」


 シンが大きな声で叫ぶ。別に遠くに話しかけている訳ではなく、ユウたちは同じブリッジのすぐ目の前にいる。豪快な性格ゆえなのだ。


 大きな城門、高い壁、そして行き交う人や馬車の流れ。クレメンテはアルトスの街と同等か、それ以上の規模の街だ。産業は多岐にわたり、農業や酪農はもちろん、鍛冶や鉱業も盛んだ。街の南には大きな湖が広がり、水産資源も数多く獲れる。東には鉱山、西には豊かな森林、南はなだらかに広がる農地。これだけの天然資源に囲まれているため、昔からこの土地には人が集まり仕事も多くあった。今では都市国家群の中でも人口、経済活動は抜きん出ている。


 そのため、街の自衛には多くの予算が割かれている。もともとあった街の自警団の規模も大きく、それだけでちょっとした町に配備されている軍と同等の戦力を有している。さらにこの街には連合の北部方面指令部が置かれているので街の外には大規模な基地が存在する。


 大陸でも有数の人口、経済、軍事力を有するクレメンテの街は場合によっては軍本部の置かれているアルトスよりも重要な都市国家となる。召喚された人間であるシンがこの街に所属し防衛にあたることはほとんど必然といってもいい。


「まずは南側城門の近くまで向かってくれ。あそこには理力甲冑なんかの待機場があるからな、このデッカイホワイトスワンもそこなら停められるだろう」


 ボルツは言われた通りに待機場へと向かう。街に向かう街道では初めて見る巨大な白い機体に驚き、それを避ける人や馬車でちょっとした混乱になってしまった。それに輪をかけて、珍しいものを見たい野次馬がどんどん集まってくる。ユウはこの異世界の来てからこんなに人がいるのを見たことがない。


「すごい人だな……」


「アルトスよりも人口多いからね、それに色んなお店もあるわ」


 クレアはこの街に来たことがあるのだろうか?


「軍の任務で一度だけね。短い滞在だったけど、いろいろと散策したわ。特に甘味のお店がたくさんあるのよ! ここは!」


 クレアは力強く言う。やはり女性は甘いものが好きなのだろうか。甘味という言葉に先生が反応し、目を輝かせている。


「ほう? 甘いものデスか? それは良いことを聞きました。ユウ、後で一緒に食べに行くデスよ!」


 しかし、クレアが割り込む。


「ダメよ! ユウは私と行くんだから! ねっ?! ユウ?!」


 先生とクレアは突然、ユウと甘味に行くのは自分だと主張し始めた。二人とも激しく言い合い、だんだんと語気が荒くなっていく。ユウは静観しようと思っていたが、このままでは取っ組み合いのケンカになりそうだ。助けを求めようとユウは周囲を見るが、ボルツはたんたんと駐機の準備をしており、ヨハンは危険を察知したらしくいつの間にか姿が消えていた。シンは何故かニヤニヤしながらユウを見ている。


 ユウはため息をつき、言い争う二人へと近づく。二人の怒りを刺激しないように笑ってみるが、端からみればひきつった顔だ。


「あのさ、三人で一緒に行こうよ、甘いもの食べに」


 先生とクレアは見つめあい、なぜか二人して大きいため息を同時につく。え? なんで? 何か変なことを言ったか? 後ろでシンが笑いを堪えているのが見える。なんなんだ一体。


 その時、機体ががくんと揺れた。ホワイトスワンが無事に駐機したのだ。ボルツは凝った肩と腰を揉みながらブリッジの外へ向かう。


「さ、入国と補給の手続きに行きますよ。皆さん早く」


 基本的にいつもマイペースなボルツは抑揚のない声で急かす。ユウは助かったとばかりにボルツについていく。シンはクレアと先生の肩を叩きながら励ます。


「男が優柔不断だと女は苦労するな! ま、頑張って落とせよ!」


「な、何の話デスかね?! さっぱり分からないデスけど!!」


「全くよね! 何の事か分からないわ!」


 二人とも顔を赤くしてながら言うので説得力がない。シンはその様子を見てまた笑いだしてしまった。








 一行は城門に常駐している兵士に入国と補給の手続きを行う。兵士はてきぱきと手続きを済まし、中へと案内してくれる。


「うわ……!」


 ユウは思わず声が漏れる。城門から街の中心に向かう大通りには数多くの人が行き来していた。これほどの人はユウの元いた世界でもそう見ることはない。ユウは比較的大都市に近い街に住んでいたが、それと比較しても多いくらいだ。


「すごい人だろ? 俺も最初に来たときは驚いたもんだぜ」


「帝都も人がたくさんいましたけど、ここも凄いデスねぇ!」


「ええ、話にはよく聞いてましたけど、実際に目にすると圧巻ですね」


 先生とボルツも圧倒されている。二人は帝国にいたはずだが、あっちはどんな街があるのだろうか。そのうち聞いてみよう。


「さ、まずは本部に行くわよ。まずはここの司令官に挨拶しておきましょ」


 クレアは手を叩いてみんなを引率する。まるで遠足のようだ。こういう時にクレアのきれいな銀髪は人混みの中でもよく目立つので、少し離れても見失わずにすむ。


 人が多い通りを苦労して抜け、クレメンテの中心部へと向かう。クレメンテも基本的にアルトスと同様の構造をしており、中心部に役所や教会などの公共施設、その周囲に商店街や工房が並び、その周囲を住宅が広がる。

 しかし、アルトスはそれぞれの境界が円形にはっきりと別れているのに対し、クレメンテはかなりごちゃごちゃしていると言える。公共施設が中心にあるのは同じだが、商業区と住宅区の境ははっきりとせず混在している。


 これはクレメンテが歴史の長い街であることと関係している。昔から資源が豊かなこの土地は古くから人が集まる土地だったので、早くから街の前身が出来上がっていた。その頃から拡大と増築を繰り返した街と建物は、今では一種の混沌のような様相を呈する街へと成長していったのだ。こうなっては簡単に区画整理など出来るはずもなく、結果として非常に特徴のある街並みが一種の観光資源になるほどだ。


「ここが本部?」


 赤いレンガ作りの大きな建物の前に一行は着いた。作りはちょっと古そうだが、素人目にもしっかりとした建物のようだ。軍の施設だけあって、入り口には軍服を着た門番が立っている。他にも警備だろうか、二人一組で建物の周囲を歩く軍人が見える。


「ええ、北部方面指令部ね。街の中にあるのは主に幹部連中の執務室や資料室、作戦指揮所なんかがあるわね。で、街の外にあるのは宿舎や詰所、訓練場に理力甲冑の整備場というふうに別れているの」


「……なんで姐さんが説明してんスか? 普通はここに住んでるシンさんじゃないの?」


「いやぁ、俺もかっこよく街のあちこちを説明書してやりたいけどよ、覚えが悪いんだ。あ、でも最近やっと街で迷わなくなったんだぜ!」


 どうりで道案内をクレアに任せていたわけだ。というか、昔に一回来ただけなのによく覚えているな、クレアは。


 一行は正面の大きな玄関をくぐり、一階の広間に行く。ここは軍の受付があり、待合室や広報活動のチラシなど貼ってある掲示板があった。クレアは受付の男性に何か尋ねている。


「じゃ、私はここの司令官に挨拶をしてくるわ。みんなは補給物資の確認をお願い。特に装備品はよく見といてね」


 理力甲冑の修理や整備用の物資もそうだが、弾薬や予備の装備も受けとる予定だ。これまでの戦闘で盾や剣も多く消耗している。そろそろ補充しなければ戦闘に支障が出る頃だった。


「じゃ、私たちは理力甲冑の整備でも段取りつけてきましょうか。行くデスよ、ボルツ君」


 そう言うと先生はボルツを連れて別の場所に向かった。ホワイトスワンでも修理や整備は可能だが、やはり各種設備や部品が整った施設の方が隅々まで弄れる。精密部品が多数使われている理力甲冑はこまめな整備と点検が必要になるのだが、いかんせん、ホワイトスワンで移動中に整備出来るのは先生一人しかいないのだ。どうしても人手が足りず、後回しになる箇所が少なくない。なのでこういった機会にそうした後回しの所をやってしまおうということである。


 残されたユウ、ヨハン、シンはクレアに言われた通り補給物資の確認作業をすることにした。そういえば何故シンも手伝っているのだろう?


「別に気にすんな。今日は非番なんだ」







 それぞれの用事を済ませると、辺りは赤い夕陽に染め上げられた。夕方になっても大通りの人は減らず、むしろ帰宅する人々でごった返している。


「さて、飯にするか! いい店を知ってるぜ!」


 シンがそう言って案内したのはいわゆる大衆居酒屋といった雰囲気の店だった。多くの人が酒を飲み、ツマミや料理を楽しんでいる。店には入るとあちこちの席からシンに呼び掛ける声が聞こえる。ユウはこういう空気の店は初めてなので、ちょっぴり緊張してしまう。


「よぉ、シン! こっちこいよ!」


「悪いな、今日はツレがいるんだ!」


「シン! 最近うちの店に来ねぇじゃねえか!」


「おう、おっちゃん! 今度必ず行くよ!」


 シンの行きつけの店のようだ。しっかりこの街に馴染んでいる。適当な席に着くとシンは手慣れた様子で店員に注文していく。


「適当に俺のオススメを頼んどいたから、他にも欲しいのがあったら言ってくれ。今日は俺の奢りだ!」


「お、太っ腹デスねぇ!じゃ、私はこのピクルスとソーセージ頼むデスよ。あ、あとビール」


「なら私もビール。ボルツさんも飲みますか?」


「いえ、私は下戸でして……。気にせずどうぞ飲んでください」


「よし、俺も酒を飲むか! ユウとヨハンは何を飲むんだ?」


「僕は未成年だし、水でいいよ。ヨハンもそうだろ?」


「え? 僕は飲みますよ、ビール」


「え?」


「え??」


 ユウは混乱してしまう。あれ? ヨハンは自分よりも年下ということは同じく未成年のハズ。なんで普通に飲酒するの?


「ユウ、別にヨハン位の年齢なら普通よ? というか、飲まないの? アンタ」


 クレアがさも当然のように未成年であるユウに飲酒を勧める。高校生にお酒はダメだろ。いや、今は高校に行けていないけど。


「クレア、教えていないんデスか? ユウ、この辺の国、っていうか、この大陸じゃあだいたい15歳くらいからお酒飲んでもいいんデスよ?」


 ……いいのか? そんなに若い頃からお酒を飲ませて。


 ユウがヨハンに未成年の飲酒についてその危険性を説いていると、注文した料理とビールが運ばれてきた。


「みんな、ジョッキとグラスは持ったわね? じゃあ、オツカレ~」


 クレアが乾杯の音頭をとると全員が手にしたジョッキを軽くぶつけながら「オツカレ~」と口々に言う。こっちの世界でもカンパイの時はオツカレなのか。妙な共通点があるものだ。あっ、ヨハン、普通に酒を飲むな。この世界では飲んでも良いのかもしれないが、お前はまだ未成年なんだぞ。


「プハー! クゥ~! あ゛あ゛ー! やっぱりビールは美味しいデスね! 旅の疲れが吹っ飛ぶようデス!」


「ああ、体を動かした後の一杯は美味いな!」


「このビール、味がいいわね。どこの街のものかしら」


 一気にビールを飲み干した先生は空のジョッキをテーブルにドカッと置く。ほかの飲酒組も結構な量を飲んでいるが、いきなりそんなに飲んで大丈夫なのか?


「先生、飲み過ぎないでくださいよ? いつもベロベロになるまで飲むんだから」


 ボルツは運ばれてきたサラダをパクつきながら注意する。先生は見た目に似合わずお酒が好きなのか。


「ん? お嬢ちゃん、酒を飲める歳なのか?!」


 シンが驚いた顔で先生を見る。そういえばシンは先生を見た目通りの年齢と思い込んでいたな。


「あっ、しまったデス。もう少しからかってやろうかと思ってたけど、すっかり忘れてしまいました。そうデスよ、私は可憐な少女ではなくて聡明なオトナの女なのデス」


 自分で自分の事を可憐とか聡明とか言うのか。先生は何故か勝ち誇ったような顔でビールを飲み干す。クレアはピクルスを口に運びながらボソッとつぶやく。


「こんなナリでビールを一気飲みするちびっ子とか嫌すぎでしょ」


 ……! 良かった、先生には聞こえていないようだ。頼むから変なことを言わないでくれ。シンはまだ納得出来ていないのか怪訝な目で先生を見ていたが、まあそうこともあるか、と言ってお替りのビールを飲み始めた。


「ユウ、アンタもしっかり食べなさいよ? お酒を飲まないなら沢山食べなきゃ」


 言われてユウはまだ何も料理に手を付けていないことに気付いた。目の前のソーセージをフォークでプスリと差して口に運ぶ。ほどよい焼き色がついたソーセージは口の中でジューシーな肉の味が広がる。


「うん、美味しい! ヨハンも食べてみろよ」


「うっす、いただきます!」


 ユウが料理に舌鼓を打っている間、先生とクレアはビールを三杯目、シンは五杯目を飲んでいる。ヨハンは控えめに二杯目を今、飲み終えた。この人たち、料理にはあまり手をつけないでビールばっかり飲んでるぞ。それに酔いがまわってきてるのか、みんな顔が赤くなっている。


「店員さん! ビールおかわり!」


「あ、俺も!」


「私の分も注文するデス!」


ユウは机の上に次々と並びだした空のジョッキを見て唖然とする。


「あの、ボルツさん。ふつう、ビールってこんな量を飲むものなんですか? みんなさっきから料理をほとんど食べずにビールばっかり飲んでいる気が……」


「そうですね。もちろん個人差はあるのですが、この短時間にコレだけ飲む人は比較的珍しいですね。端的に言って、この人たちはです」


 先生とクレア、シンの方を見ながらボルツは言う。


「のんべえ……」


 当の本人達は笑いながら、さらにビールの注文を重ねる。まだ飲む気か……。

 そういえば、さっきからヨハンが大人しい。どうしたんだろうか。


「…………」


 ヨハンはジョッキを持ちながら机に突っ伏している。肩がわずかに上下しており、どうやらいつの間にか寝ているようだ。


「おや、ヨハン君はお酒が強くないようですね。それなら飲まなきゃいいのに」


 ボルツは空いた皿を重ねながら次の注文をする。この人はいつも淡々としているな。というかヨハン、お前は酒を飲むのに弱いのか。


「いいですか、ユウ君。お酒とは適度に飲めば楽しいものですが、飲み過ぎると健康に悪いものになります。自分に合った飲み方というものを知ることが正しいお酒とのつきあい方なんです」


 うーん、ボルツさん、かっこよく言ってるんだけど、この人はお酒飲めないんだよな?


 更に盛り上がっている飲酒組は何が楽しいのか、笑い声が絶えない。ユウはどんな話で盛り上っているのか聞き耳を立ててみたが……。




「アッハッハッハッ! なんでそこでサンマが出てくるんデスか!」


「だろ?! そしたら俺はソイツに言ってやったんだよ、ここは温泉じゃねーぞ、ってな!」


「~~~~ッ!」


「温泉! 温泉デスか!! ちょっとヤバいデスよ、それ!」




 ……なんだか分からないが、三人の中ではとてつもなく面白い話のようだ。クレアはツボにハマったのか、息が出来ないほど笑い転げている。


「お酒って怖いなぁ……」


 普段は冷静に振る舞うクレアがこの有り様だ。ユウはお酒の恐ろしさを垣間見た気がした。









「う゛ぅ~、もう飲めないデス……」


「……ウップ、ちょっと飲み過ぎたかも……」


 先生とクレアはフラフラとした危なっかしい足取りで歩く。二人とも赤かった顔が少し青くなっている。いい加減飲み過ぎた面子を無理矢理立たせてホワイトスワンまで帰ろうとしたのがついさっき、しかし酔っ払い二人の歩みが遅いので到着にはしばらく時間が掛かりそうだ。そしてヨハンはまだ起きないのでユウに背負われている。

 ちなみにシンは豪快ないびきをかいて寝てしまった。仕方なく、なんとか担いで部屋まで送ろうと頑張ったがしかし、大柄な体はびくともしなかったので仕方なく店に置いておくほかになかった。店長が後の面倒は見ると言ってくれたので大丈夫だろう。


「クレア、先生、飲み過ぎですよ。今後はお酒を控えてください」


「いや、それは無理な相談デスね!」


「そうね、いくらユウのお願いでもお酒はやめられないわ!」


 二人はグッと固い握手を交わし、そのまま手を上下に勢いよく振る。そんなに体を揺すっていると、また気分が悪くなるぞ。ああ、ほら、言わんこっちゃない……。


 ユウ達がホワイトスワンに戻ったのはだいぶ夜が更けてからだった。それぞれ自分の部屋に戻っていき、ユウはヨハンを部屋まで送る。そのあとユウは明日の朝食を準備しようと思い、厨房のほうへと歩いていく。献立は軽いものにしようと考えていたとき、ホワイトスワンの機体が小さく揺れた気がした。


「地震……じゃなさそうだな?」


 妙な感じがする。外の様子を伺おうとユウはブリッジまで走った。窓に嵌められた強化ガラスの向こうを見ようと目を凝らすが、夜の暗闇で辺りの状況はよく見えない。街の方も特に異常は無さそうだ。


「気のせいかな……?」


 そう思って厨房へ引き返そうとしたとき、闇の中で何かが発光した気がする。火花が散ったような赤い光が一瞬見えた。なんだ? 次の瞬間、近くで爆発音が轟く。


 ホワイトスワンの機体が爆風で揺さぶられるので、ユウは思わず床にしゃがみこむ。幸い、近くで爆発したわけではなさそうだ。


「……! 敵襲か?!」


 ユウは急ぎ格納庫まで走る。途中で慌てて部屋から飛び出たボルツと出会う。


「ユウ君! 今の音は?!」


「爆発です! 敵襲かもしれないので、ボルツさんはいつでもスワンを発進出来るようにしてて下さい!」


「分かりました! それとクレアさんとヨハン君を起こしてみますが、あまり期待しないで下さい!」


 そうか、二人は酒で酔いつぶれていてまともに戦える状態じゃない。まずいぞ。


 ユウはアルヴァリスに乗り込み急いで装備を整える。が、つぎの攻撃がこない。どうしてだ?


「それに、敵の標的はどっちなんだ?」


 先ほどの攻撃はおそらく帝国のものだろう。しかし、クレメンテの街を狙ったのか、それともホワイトスワンを狙ったのかが分からない。もし、街が標的の場合は何が目的なのだろうか? 敵の目的が分からなければ後手に回ってしまう。


 ユウは開いたままのハッチから外の様子を伺う。向こうの森から月明かりに反射する理力甲冑の集団が見える。やはり、帝国の攻撃か。しかし、進軍する速度が遅くはないか? さっきの爆発から間隔が空きすぎている気がする。それに街の守備隊ももうすぐ駆けつける頃だ。


「ひょっとして、何か罠があるのか?」


 ユウは敵の罠や作戦の可能性について考えてみたが、こういうことは素人なので何も思い付かない。今度クレアに戦術とか教えてもらおうかな。


「ま、考えても仕方ないか……」


 ユウは敵の数と距離を再確認する。森と城門の中間の位置に四機、つまり一部隊か。暗くて見えにくいがあれはステッドランドだな。盾と長銃を装備しているようだ。ユウはライフルの予備弾倉を確認し、安全装置を外す。よし、行くぞ。


 アルヴァリスは格納庫の床を踏み切って横っ飛びに跳躍する。そのままライフルを敵に向けて数発撃つ。注意を引き付けるための射撃なので照準は特につけない。敵は急な攻撃に驚いた様子だ。


「よし、こっちへ来い!」


 ユウは一定の距離を保ちつつ、射撃と回避を続ける。敵は全機、盾を構えながら長銃で反撃をしてくる。よし、もっとだ、もっとこっちに食いつけ。

 そのままアルヴァリスは少しずつ街から離れようとしたが、突如敵は攻撃を止め、街の方へと歩みを進める。アルヴァリスを放っておいて街を攻撃する気か。ユウは舌打ちしながらアルヴァリスを走らせる。ライフルをしまい、腰に下げた剣を抜きつつ大きく跳躍する。敵部隊の中へ着地すると同時に周囲を剣で薙ぎ払った。しかし、敵もこの攻撃を予測していたようで盾できっちりと防御してくる。ユウは反撃を警戒したが、何もこない。敵のステッドランドは盾を構えたまま、アルヴァリスを四方から囲んで距離を一定にしたままだ。


「なんだ、こいつら。全然攻め気がないじゃないか」


 ユウは敵の行動が読めず、次の一手を決めかねている。このまま持久戦に持ち込むのか、それとも一気に片付けるのか。援軍が来てくれればこの状況を打破できそうなものなのに。そういえば、街の守備隊はどうしたんだ? 敵襲からだいぶ時間が経つが、まだ誰も来る気配がない。


 ユウは敵を警戒しつつ街の方へ注意を向ける。ここからでは何もわから……いや、遠くで煙が上がっている? 耳を澄ますと煙の方向から銃声のような音が聞こえる。まさか、ここ以外にも敵がいるのか?


 敵のステッドランドはユウの隙を突こうと長銃を構える。だが引き金を引こうとした瞬間、銃身が途中で二つに分かれてしまった。その操縦士は何が起きたか理解できなかったが、アルヴァリスは敵の方を見ることなく剣を一閃させたのだ。


「くそ、もたもたしていられないじゃないか!」


 ユウは頭を振り、ひとつ深呼吸をする。熱くなるな、今は目の前の敵を倒せ。






 帝国の操縦士は眼前の白い機体をにらむ。もしや、これが最近噂になっている白い機体か。この操縦士が小耳にはさんだ話では風のように舞い、バケモノのように強いらしい。その話を聞いた時はあまりにもが付いた噂だな、と思ったが、実際に見てみるとそれが誇張どころではないという事に気づかされた。気を抜いたら一撃でやられてしまう。全身に汗が噴き出る。さっさと逃げ出したい気分にさせられる。

 次の瞬間、白い機体アルヴァリスの姿が消えた。どこへ行った? 操縦士が右前方を確認したと同時に左にいた僚機がくの字に折れて吹き飛んだ。


「なんだ! どうしたんだ!」


 無線に向かって叫ぶが、ほかの操縦士も混乱してるらしく、まともな返答が来ない。すると視界の隅に白い影が映る。急いで銃口をその方向へ向けるが、何もない。いや、いつの間にか前方にいた僚機が頭部を失いその場へ倒れ込んだ。

 その次の瞬間、右にいたはずの僚機、この小隊の隊長機がこちらへ向かって膝から崩れ落ちた。その背後には白い影、いや、あの白い機体が剣を振り下ろしていた。……ゴクリ、と唾を飲み込む音が大きく聞こえた。なんなんだ、あの白いやつは。一瞬で三機のステッドランドがやられた? 馬鹿な、こっちは新兵の集まりじゃないんだぞ。


 白い機体がこちらをにらむ。帝国の操縦士はまるで金縛りにあったように動けなくなる。気圧されている? この白い理力甲冑に? いいから動け、動け。とにかく盾を構えろ。


 どうにかステッドランドの腕がぎこちなく動き、盾を持ち上げた瞬間、白い機体は再び影となった。ステッドランドの全身に大きな衝撃が走り、巨大な体が宙を舞う。操縦士には何が起きたか理解できない。唯一、分かったことはあの白い機体に自分がやられてしまったということ位だ。あまりに違い過ぎる。直後、地面に叩きつけられた衝撃でその操縦士は意識を失った。


 





 ふぅ、とユウは息を吐く。なんとか敵のステッドランドを倒したが……。急いで無線のチャンネルを操作する。


「ボルツさん、聞こえますか? 街の状況を教えてください!」


「ああ、ユウ君ですか。ちょっと待ってください、今確認します」


 ボルツによると、どうやらクレメンテの街は四方から帝国の理力甲冑に同時攻撃を受けたようだ。そのせいか情報が錯そうしてしまい、街の守備隊は出動が遅れているという。しかし、奇妙なことに敵は積極的に攻撃を加えてこないそうだ。


「ユウ君、とりあえず西側城門に向かってください。そっちも理力甲冑の出動が遅れています。敵はどうやら城門を破壊して街の中に入ろうとしています」


「分かりました! こっちの状況を街の守備隊にも教えてあげてください!」


 ユウはアルヴァリスを目一杯に走らせる。しかしいくら速く大地を駆けようと、クレメンテの街は広い。これでは時間が掛かってしまう。ユウは横にそびえる高い壁を見上げた。


「よし、やってみるか」


 城壁に沿って走っていたアルヴァリスが突然向きを変え、そのコースを大きく膨らませる。すると再び城壁に向かって歩幅を大きく駆ける。力強く大地を踏み切ると、アルヴァリスはまるで羽根が生えたかのように宙へと飛び出す。

 そのまま理力甲冑からでも見上げる高さの城壁の最上部に到達し、跳躍の勢いを殺さず再び足を踏み切る。あまりの脚力で壁の一部が崩れてしまったが、ユウはお構いなしに街の夜空を翔ける。白い機体に月明りが反射したのか、キラキラと輝いて見える。


 長い滞空の末、大きく街をショートカットしたアルヴァリスは小さい地響きを立てながら着地する。前方に見えるのが西側城門か。その城門を今、敵のステッドランドが破壊しようとしている。ユウは即座にライフルを抜き、狙いもデタラメに連射する。しかし距離が遠く、なかなか当たらない。


「間に合わない!」


 アルヴァリスは再び大地を駆けるが、どうしようもない。城門が破られた。敵が街の中に入っていしまう。

 敵のステッドランドが城門を潜り抜けようと屈んだ瞬間、突然その背中から長い棒のようなものが生えた。その先端には鈍く輝く鋼鉄の鋭い切先があり、ユウはその形状に見覚えがあった。


「あれは……グラントルクの槍?!」


 槍が一気に引き抜かれ、四肢がだらんとしたステッドランドはそのまま力無く倒れた。他の機体は手にした武器を急いで構える。ボロボロに破壊された縄文から漆黒の理力甲冑が姿を現す。シンのグラントルクだ。長大な槍を携え、ゆっくりと前へ歩みを進めると、あまりの威圧感に敵は後ずさりしてしまう。そのうち敵の一機が遮二無二長銃をグラントルクへ向けて引き金を引く。排莢、装填、発射。その動作を何度か繰り返すが、放たれた銃弾は漆黒の装甲を傷つけることはできなかった。弾倉が空になっても敵は引き金を引き続ける。


 グラントルクは槍を真っすぐ構えたかと思うと、一番近い敵のステッドランドに向かって飛び出す。敵は剣を振るい迎撃を試みるが、グラントルクは素早い槍捌きで剣をはたきおとす。そして大地をしっかりと踏みしめ、槍を持つ手に力を籠める。穂先がわずかに動いたかと思うと、目の前にいたステッドランドの頭部、胸、下腹部にいきなり穴が空いてしまった。あまりの速さで見えなかったが、グラントルクは一瞬で三回の突きを繰り出したのだ。


 そして驚きで硬直している別のステッドランドの胸部を一突きにし、そのまま槍を大きく振り回す。その遠心力で吹き飛ばされたステッドランドは別の敵機と激しく衝突する。さらに一歩踏み出したグラントルクは槍を大きく上段に振りかぶり、勢いよく振り下ろす。太く重い槍の柄は、ぶつかって折り重なった二機のステッドランドの脳天をメキメキと音を立てながら潰してしまった。


 残ったステッドランドは弾が尽きた長銃を投げ捨てると、果敢にもグラントルクに格闘戦を仕掛けてきた。見事なステップで槍を躱し、間合いの内側へと攻め入る。グラントルクは間合いの内側へ潜りこまれたため、思うように動けていないでいる。


「シンさん、一旦引いて!」


 ユウが叫びながら両者へ近づこうとする。しかしグラントルクはそのままだ。何をしているんだ。いくらグラントルクの装甲が厚くても、このままじゃやられてしまうぞ。敵のステッドランドはさらに間合いを詰め、グラントルクの懐に分け入った。


「おいおい、ユウ。この俺を誰だと思っているんだ?」


 シンはそう言うと、槍を持った両腕を敵機の背中に回してそのまま締め上げる。まるでベアハッグだ。グラントルクの太い腕がステッドランドに音を立ててめり込む。身動きの取れない敵機はどうにかして逃れようともがくが、余計に締め付けられてしまう。グラントルクの頑強な装甲はそのまま鋭いスパイクとなって相手の機体をいびつに歪ませる。


 手足がピクリとも動かなくなった頃、グラントルクはようやくその抱擁を止めた。上半身が異様な形に変形したステッドランドが文字通り崩れ落ちる。


「ユウ、すまねえな。ちょっとばかり遅れちまった」


「シンさん、酔いつぶれていたんじゃ?」


「この俺があれしきの酒でつぶれるかよ!」


 無線なので分からないが、今のシンはドヤ顔で決めていることだろう。……あんなに大きないびきをかいて眠りこけていたくせに。しかし、この短時間で理力甲冑に乗って戦闘を行えるほどには回復しているという事は、本当に酔いつぶれていなかったのか?


「それより、ほかの場所は大丈夫ですか? 敵はあとどれくらい残っています?」


「ああ、それなら大丈夫だ。北と東の敵は撤退したそうだ。多分、南と東側の部隊がやられたからだろうな」


 ユウはそれを聞いてホッとする。街に大きな被害はなさそうでよかった。それにしてもシンとグラントルクの強さは尋常ではない。昼間、戦った時にも感じたがシンはどこか戦い慣れた強さがある。


 グラントルクは槍についたオイルを振り払い、肩に担ぐ。


「さっ、とっとと帰ろうぜ? そろそろ眠くなっちまった」

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