第二章 旅立 〜幻のオーガスレイヤー〜
第11話 出発
第十一話 出発
結局、襲撃の後片付けやアルヴァリスの修理で出発の予定日は一日遅れてしまった。街の被害は思ったほど出ておらず、大きな被害はステッドランドを強奪された際に格納庫の一部と併設されている鍛冶場が破壊されてしまった位だ。あのとき見えた煙はどうやら鍛冶場の炉からのもので、幸い火事にはならなかった。
また、あれほどの騒ぎにも関わらず、驚くべきことに民間人の死傷者は
しかし一方で、理力甲冑の損害は深刻だった。街に配備されているステッドランドは16機。うち、稼働状態なのは14機。そして昨夜の襲撃で4機が小破~中破状態にある。そしてユウ達の遠征任務でクレアとヨハンのステッドランドが出払うと、まともに戦える機体は8機しかいない。
一部からは任務を中止しては、という意見も出た。街の戦力が心許ない現在、稼働機体が確保出来るまで任務を延期するという事だ。この意見には賛否両論だったが、最終的に決行されることとなった。
理由はいくつかあるが、先の襲撃の目的が先生である事が決定的だった。帝国の刺客は先生の身柄を確保、もしくは暗殺が目的ではないかと考えられている。やはり、
そうなると、一刻も早く理力エンジンの量産化を開始して連合の戦力増強に努めなくてはならない。今ならば帝国の戦力は西へ集中しているため、旅の道中は比較的安全だが時間が経つにつれ状況は悪くなるだろう。それに街に留まっていても襲われる可能性は十分に高い。
それにユウたちは知らないが、先生を街から遠ざけることで帝国の注意を逸らすことが出来るのでは、という打算的な目論見もあった。誰も好き好んでトラブルの種を抱え込む者はいない。誰かが直接口にしたわけではないが、緊急の会議に出席した者の多くはそのような考えを持っていた。
こうして当初の計画通り、ユウ達はグレイブ王国への旅路を始めるのだった。
そして今、ユウはホワイトスワンの後部デッキにて流れていく景色をただ、ぼうっと眺めている。アルトスの街を出てからかなり経つが、周囲は相変わらず金色の麦畑が広がっている。空にはところどころ雲が流れている。いい天気だ。それと麦のものだろうか、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。……代わり映えのない景色だ。
何となく、昔乗ったことがあるフェリーを思い起こさせる。周囲は一面の蒼い海と空、潮の香りが風と共に吹き抜け、照りつける日差しが眩しかった。
「フェリーで何処に行ってたんだっけ……」
フェリーに乗った事は覚えているが、どうして、どこへ、誰と行ったかは記憶にない。最近ではない、かといってそんなに幼い頃でもなかったはずだ。
後ろ向きに流れ行く景色を見ながら、これまでの事を思い出す。召喚されたときの戸惑い。クレアと出会った。初めて理力甲冑を見た驚き。突然の魔物との戦闘。あのときは右も左も分からなかったので、全部が無我夢中だった。
アルトスの街に来てからは本格的に異世界の生活が始まった。こちらの生活様式はユウのいた現代日本と大きな隔たりが無く、すぐに順応できた。オバディアの厳しい訓練に耐え、今では理力甲冑もずっと操縦していられる。先生を助けるために帝国の追撃隊をアルヴァリスで撃退してからずいぶんと経つ気がする。
……そして先日の襲撃。突如現れたフードの男達から先生とバイクで逃げた。そこまではよかったが、強奪された理力甲冑に追いかけられ街中を爆走してしまった。そしてその敵との戦闘。クリスと名乗った帝国の操縦士。あの強さは本物だった。彼はユウの勝ちだと言ったが、自分ではそうは思えない。あれはステッドランドとアルヴァリスの性能差で優位に立っただけだ。それにあのまま戦い続ければ、経験の豊富なクリスの方が優勢になっただろう。
今日はなんだかその事ばかり考えてしまう。一歩間違えれば確実に負けていた。それだけならいいが、先生や街の人にも被害が出ていたかもしれない。……ユウは良くない想像をしてしまい、胸の辺りが苦しくなる。このままではいけない、何か別の事を考えよう。
「そういえば、あの旅の人には会えなかったな……」
街中でぶつかってしまった旅人。滞在中に食事でもと誘われたがすぐに任務で街を出てしまったため、あれから会う事が出来なかった。仕方がないとはいえ残念だ。
「名前くらい聞いとけばよかったな」
「名前くらい聞いておけばよかったな」
「クリス隊長? どうされました?」
欝蒼とした森を三人のフードを被った男が馬に乗って進んでいる。先日、アルトスの街でユウと先生に襲い掛かった彼らは今、こうして帝国へと戻っている道中だ。
「ああ、いや、アルトスで少し話をした青年がいただろう? そういえば名前を聞いてなかったと思ってな」
「ああ、あの青年ですか……。失礼ですが、当分あの街には……」
「わかっているさ。しかし、人の縁というものは案外馬鹿にはできんぞ? 袖触れ合うも、というやつさ。今後、どこかで再会するかもしれんだろう?」
「それはそうですが……。しかし、我々は立て続けに任務に失敗しております。隊長もなんらかの処罰があるのではないでしょうか」
「失敗? おかしなこと言う。我々の任務は成功したさ。お前たちは
二人の部下は目を見張った。目標の拉致、暗殺だけが目的ではなかったのか。結果的に先生と呼ばれる人物の暗殺は失敗したが、隊長の言う通り、アルトスの街に関する最新の情報を手に入れることができた。これは帝国にとって大きな価値となる。
都市国家連合は個々の大小さまざまな街の集合体であり、その中でもアルトスは規模・人口などで上位に来る街だ。そこへ配備されている理力甲冑の数をはじめとした軍事力が判明すれば、おのずと他の街も予測できる。もちろん、これだけの情報で正確な評価は出来ないが、ほかの主要な都市にも同様の偵察を行うことによって連合全体の軍事力を計ることが出来るだろう。
なるほど、と感心する部下をよそにクリスの内心では無念が渦巻く。グレイ将軍に対し、あれだけの言ったのにこのざまだ。将軍は無理をするな、と言っていたがまさかこうなるとは。当分の間は実直に任務をこなすことで失った信用を取り戻すしかない。……しかし、あの
いや、まさに鬼神のごとき強さだ。理力甲冑のおよそ三倍はあろうかという壁をただの跳躍で飛び越したあの機体の性能。クリスは手加減なしの全力で攻撃をしたが、そのことごとくを受けられてしまい、まともな一撃は最後まで入れられなかった。自慢ではないが、クリスの理力甲冑の操縦技術は帝国でも上から数えた方が早い。いくら機体に性能差があったとはいえ、こうまで歯が立たないとその自信が揺らいでしまう。それに気になることが一つ……。
(あの操縦士、例の青年に似た声のように聞こえたが……いや、さすがにそれはないだろうな)
かくして、ユウとクリスは想像とは異なる再会を果たしていたのだが、そのことに当の本人たちをはじめ誰も気が付いていない。この二人のさらなる再会はやはり戦場の中、理力甲冑に搭乗しての事なのだろうか。
「あら、ユウ。見ないと思ったらこんなところにいたの?」
振り返るとクレアが扉からゆっくりと近づいてくる。強い風でなびく銀髪を押さえているが、長い髪はさらさらと流れる。
「やあ、クレア。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ。今日、街を出発してからアンタの元気がないように見えたの。何かあったの?」
う。クレアが鋭いのか、それとも傍目に分かるほど自分の様子はおかしかったのか。どう答えようか悩んでいると、横に並び一緒に景色を眺める。
「あの敵のこと?」
……。やっぱりクレアが鋭いのか。
「あのステッドランドに乗ってた操縦士、強かった……」
「私は全部見ていないけど、相当な手練れだったそうね。でも、最後はユウが押していたじゃない。左腕をもぎ取っていたし」
ユウはその時の光景を頭に浮かべながら言う。
「いや、先生が奴の左腕が調子悪くなっているのを教えてくれたんだ。それとアルヴァリスの性能で押し切っただけさ。アルヴァリスと先生のお陰だよ。」
ユウ本人は気付いていないが、どこか投げやりだ。それにクレアは反論する。
「それでもユウは先生を助けたんでしょ? それに街の被害を抑えるために城壁の外に敵をおびき出した」
「たまたま上手くいっただけだよ。僕は何もしていない」
クレアは急にユウの肩をつかみ、自分の方へと振り向かせる。
「たまたまって何よ! アンタが戦ってくれたから街の被害は最小限になった! 街の人も先生もケガ一つなかった。理力甲冑は何機か壊れちゃったけど、操縦士のみんなも無事だったわ。みんなユウのお陰よ」
「……アルヴァリスに乗ってあの操縦士、クリスと始めて向き合った時、僕は恐怖で動けなかった。あの強さ、動きを見て直感的に勝てないと思ってしまった。……一瞬だけ逃げ出そうとも思った。もし、そうしていたら街の被害は大きくなっていたかもしれないんだ……」
ユウはそれきり黙り込む。クレアは大きなため息をつく。あんまりユウが不甲斐ないんで愛想をつかしてしまったのかもしれない。無理もない、か。
「なに当たり前のこと言ってんのよ?」
クレアから予想外の言葉が投げかけられる。
「理力甲冑なんてもんに乗っていると、そんな逃げ出したい程に怖いことなんて何度もあるわよ」
少し驚いて、ユウは尋ねてみる。
「クレアでも怖い事ってあるの?」
「でも、って何よ。そりゃ、私だって何度か帝国の奴らや凶暴な魔物と戦ったことがあるからね。最近はそうでもなかったけど……はっきり言って、乗り始めたときは辞めようかと何度も思ったわ」
なんだか意外だった。ユウの知っている戦闘中のクレアは常に冷静沈着で的確な指示を出してくれる。そんなクレアでも逃げ出したいほど恐怖を感じたことがあるとは。
「多分、みんなそうよ。ヨハンだって一回任務で死にかけた時には泣きじゃくって、半日も操縦席から出てこなかった事があるんだから。……だからアンタも気にしなくていいわよ。それになんだかんだで逃げずに戦ってくれたじゃない」
そう言うとクレアはユウの頭をやさしくなでる。……なんだか恥ずかしいぞ。
「つらかったり困ったときは私に相談しなさい。このクレアおねーさんが何でも聞いてあげるから」
今まで心にあった淀みが透き通るように無くなっていく。胸のつっかえが取れたような気がした。
「……ありがとう、クレア」
「フフッ、どういたしまして」
にっこりと笑うクレア。ユウはその笑顔をみると不意に心拍数が上がった。
「どうしたのよ、急に顔が赤くなったわよ?」
「い、いや、何でもない!」
訝しむクレア。だが、そうだと思いだしたかのように、
「あ、そうそう。もうすぐ夕飯の支度をするからユウも手伝って」
ユウはいつの間にか太陽が傾きかけ、空が少しずつ赤に染まっているのに気が付いた。黄金色だった麦畑が真っ赤に輝く。
「ああ、わかったよ。何をすればいい?」
ユウとクレアは調理室へと向かう。ユウの足取りは軽い。クレアに励まされてすっかり元気になったようだ。
ここはホワイトスワンの調理室。もともと長期の単独行動を想定されて建造されたホワイトスワンは生活に必要な設備が一通りは揃っている。その調理室はいま―――地獄と化した。
「クレア! 何をしてるの?!」
「なにって、スープを作っているじゃない。さっき言ったでしょ?」
クレアがかき回している鍋の中は形容しがたい色味の汁に、皮が付いたままの大小バラバラに切断された野菜が浮いている。漂ってくる匂いもどこかおかしい。ユウが食材を取りに行っている間に何があったんだろう。
「いやいやいやいや、これのどこがスープ? なんか濁ってるよ?」
「むっ! 失礼ね。いくらユウでも言っていい事と悪い事があるわよ?」
ユウの言葉に憤慨するクレアだが、本人は
「ちょっと失礼。味見をしてみる」
小さい皿にスープ?を取り、匂いを嗅ぐ。……なんかヤバい匂いがする。とりあえず啜ってみよう。
……。
ユウは気が付いた時、自分の身に何が起きたかわからなかった。何だ、後頭部が痛い。それに天井が見える。……自分は倒れているのか?
「ちょっと、ユウ。いくら演技でも倒れる真似なんてちょっと酷いわよ」
クレアがのぞき込む。本人は味見していないのか? このスープは控えめに言っても
(明らかにヤバいぞ! 味見したはずなのに味を覚えていない! いや、思い出せ、どんな味だった? ……確か最初に甘くて、次にしょっぱくなって……酸っぱい味もしたな……それから苦みを感じた気がする……。うっ! 頭が……!)
ユウは身の危険を感じてそれ以上思い出すのを止めた。クレアはしゃがんだまま頬を膨らませている。突然立ち上がると、
「うーん、ちょっと塩が多かったかしら?」
……ユウは絶句する。
(僕が何とかしなきゃ、ホワイトスワンは全滅する……!)
並々ならぬ決意を密かにし、ユウは力の限り立ち上がる。冗談抜きでクレアに料理をさせてはいけない。多少乱暴な物言いをしてでも本当の事を言ってやらねば、本人のためにもならない。そうだ、これはクレアの為なんだ、ちょっと料理が下手だと言ってやるだけなのだ。これまでになく強い意志を持ってユウは言葉を紡ぐ。
「クレア、疲れていない? ここは僕がやっておくから休んでおいでよ」
結局、その日の夕食はユウが全部調理した。クレアは大丈夫、疲れていないと抗議したが、ユウの決死の行動と説得で調理室から追い出した。不機嫌になっていやしないかと少し心配したが、ユウの作ったスープを一口食べるとほっこりとした顔で黙々と食べだした。
「これ、おいしいですね。ユウさんが全部作ったんですか?」
こんがりと焼いたベーコンを頬張りながらヨハンが聞く。
「ああ、簡単なものばかりで悪いけどね」
「なかなか美味しいデスよ! ボルツ君も見習うデス!」
「見習うのは先生なのでは……。いや、それにしても本当においしいですよ、ユウ君」
「ほとんど自炊していましたからね。一通りのものは作れますよ」
スープを飲み干したクレアが一息ついてから、
「なかなかやるわね、ユウ。私の作ったスープがこんなに美味しくなるなんて、一体どうやったの?」
それを聞いたヨハンが戦慄の表情で固まる。束の間、我に返ったヨハンは小声でユウに尋ねる。
「ちょっと、ユウさん! どういう事ですか?! クレア姐さんに料理させたんですか?!」
「やはりヨハン、お前は知っていたのか。……できれば早く教えてほしかったな……。それと安心しろ、
クレアの作ったスープもどきはこっそりと隙を見てホワイトスワンの艦外へと廃棄した。街の人に不法投棄で怒られるかもしれない。それから野菜を作ってくれた農家の方、ごめんなさい。
「ほっ、良かった……。すみません、いつかは分かる事でしたし、言おうとは思っていたんですが……」
ヨハンは涙目になって俯く。きっとコイツも苦労したんだろう。何も言うな、僕にはわかるぞ。
「ちょっと、ヨハン、ユウ。何をぶつぶつ言っているのよ」
クレアはいつの間にかおかわりのスープを啜っている。
「あっはっはっは、何でもないよクレア」
「ねえユウさん、何でもないですよね」
二人とも引き攣った顔で笑う。フーン、とクレアはパンをかじる。そのやり取りを見ていた先生とボルツはしきりに首を傾げていた。
(知らないっていう事は幸せなんだろうな……)
ユウはそんな事を考えつつ自分で作った食事を口に運ぶ。
その後、ホワイトスワン内の炊事や掃除当番を決めるとき、クレアを炊事係からやんわりと外すことに苦心したのは別のお話だ。
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