第10話 強敵

第十話 強敵


 今日は満月だ。夜の街は民家からの僅かな明かりとまばらに置いてある街灯でいつもは薄暗い。しかし、眩しいくらいの月明かりが街に佇む二体の巨人を静かに照らす。


 ユウは操縦席でレバーをゆっくりと握り込む。正面には敵に奪われたステッドランドが剣を構え、こちらの出方を伺っている。ユウは恐怖心を心の隅に押しやり、剣を中段に構える。理力甲冑が通行するように広く作られているこの道だが、さすがに戦闘することは想定していない。ユウも敵も動きが制限されているため、うかつに攻撃を仕掛けられない。


 ゴクリ。ユウが唾を呑み込む。こうして対峙すると相手からの重圧がのし掛かってくるようだ。先程の戦闘を見るまでもなく、この操縦士は一流の技量を備えていることが理力甲冑の動きから分かってしまう。


(動けない……!)


 ユウは自分も敵も動かないのではなく、が動けない事に気付き、さらに焦る。どう仕掛けても相手に一撃を入れるどころか、逆に反撃されてしまう。いくら想定しても勝つイメージが湧かない。隅に追いやったはずの感情がいつの間にか体を強張らせる。


「ユウ……」


 先生はユウの体がじっとりと汗をかいていることに気づく。ユウは敵に呑まれている。何とかしなくては。


 ユウは恐怖で全身の感覚が鈍くなってきたのを、まるで他人事のように感じる。自分の体が自分のものでなくなる。だんだん、目の前の現実がまるで夢の中の出来事のように思えてきた。どうして自分はこんなところにいるのか? ここはどこだ? ……頭がぼぅとする。考えが纏まらない。


 突然、手に感覚が戻る。驚いてそちらをみると、小さな手がユウの手に重なっていた。先生がユウの両手を優しく包んでいる。


「ユウ、もういいデス。敵が凄く強いのは私にも分かるデス。……このまま逃げましょう? 走り続ければきっと逃げ切れますよ」


 いつもは自信たっぷりの声がどこか弱々しい。そういえば、先生の手はこんなに小さいのか……。


 静かに深呼吸をする。緊張した体が融解する。鈍かった感覚が鋭くなっていく。


「先生、すみません。もう大丈夫です」


「ユウ?」


「これから激しく動きますよ。舌を噛まないように、口をしっかりと閉じてて下さいね」


 ユウは相手のステッドランドを一瞥したかと思うと機体を反転させ、背後にある城壁へ走り出した。


 敵の操縦士はユウの意図が掴めず、逃げるアルヴァリスを取り敢えず追う。ここから逃げるにしても、城壁を背に戦うにしても一体なんの意味が? ふん、どちらでもいい。たとえ試作機アルヴァリスといえど斬り伏せるのみだ。そして彼女先生を……! 


 ユウはアルヴァリスを全力で走らせる。真正面は垂直の城壁で、高さは理力甲冑の三倍近くはある。元は魔物から街を守るために作られており、ちょっとやそっとではびくともしない強固な壁だ。このままではその壁に激突してしまうが、ユウは何をする気なのだろうか。理力エンジンの吸気と排気が激しくなる。


「先生! 跳びます!」


「え?! 何デス?!」


 壁の真下でアルヴァリスは思い切り屈み、垂直に跳躍した。踏みきった地面が割れ、凄まじい速度で上昇する。


 アルヴァリスが空を裂いた軌跡が光って見える。いや、良く見るとアルヴァリスから光の粒子がこぼれている。腕から、足から、胴体から、装甲の隙間から煌めく粒を辺りに広げている。






「イテテ……」


 破壊された理力甲冑から操縦士が這い出る。手酷くやられてしまったが、彼は軽い打ち身くらいしか負っていない。敵は操縦席付近は一切攻撃しておらず、他の二機も操縦士は無事のようだ。……最初にやられた彼は激しい衝撃でまだ気絶しているが。

 すると視界の向こうに光の筋が見えた。目を凝らして良く見ると……あれは理力甲冑か? あんなに高く跳ぶ奴なんているのか。彼は別にロマンチストではないが、月明かりの夜に一条の光が走る様を見て思わず呟いた。


「美しい……」







 壁の最上部にフワリとアルヴァリスは着地する。さっきまで見えた光の粉はもう見えない。目の錯覚だったのだろうか。


「なっ?!」


 ステッドランドに乗る敵の操縦士は目を疑った。理力甲冑の運動性能は操縦士の理力の強さに比例するというが、それでもこんな高さの跳躍をするなんて見たことも聞いた事もない。これほどの跳躍力、理力甲冑の持つ性能か、はたまた操縦士の理力か。


「報告通り、試作機アルヴァリスを動かすだけのことはあるのか……!」


 壁の上でアルヴァリスがこちらを見ている。壁の外を指差すと飛び降りてしまった。……どうやら誘っているらしい。先程までは恐怖で動けなかった癖に。ニヤリと口元が緩む。


「良いだろう。のってやる」


 しかし彼は内心で街中でアレと戦わなくて済むことに安堵する。あんな性能の理力甲冑が相手では多数の民間人に被害が出るかもしれない。






 ステッドランドが東側の城門を押し破り街の外に出ると、そこにはアルヴァリスが静かに立っていた。機体をゆっくり歩かせ、正面に立つ。二機はまるで示し会わせたかのように剣を構える。


 ジリジリと両者は距離を詰める。まだ仕掛けない。まだ近づく。……とうとう互いに構えた剣の先が触れる距離まで近づいた。一瞬、機体の動きが止まったかと思うと、二人は激しく剣をぶつけ合う。二合、三合……。どちらも譲らない。

 二機は鍔迫り合いになり、互いに相手を全力で押し込む。アルヴァリスが力任せに右足で蹴りつけるが、敵のステッドランドは読んでいたのか後ろへ引いて躱す。アルヴァリスはそのまま畳み掛けるように上段から斬りつけた。しかし、最小限の動きで避けられてしまい、カウンターとばかりに鋭い槍のような突きが繰り出される。


「くっ!」


 ユウは機体をよじり、ギリギリで避ける。そして相手の右腕が延びきったところを狙い、斜め下から肘を斬り上げる。が、敵は突きの勢いそのままに突進してくる。タイミングを外された剣はステッドランドの脇腹に当たる。浅い一撃だ。


 ぶつかられたアルヴァリスは三歩ほど下がるがすぐに体勢を直す。敵もいつの間にか剣を構え直していた。今度は敵から仕掛ける。ステッドランドは右足を大きく前に出し、アルヴァリスの肩口目掛けて剣を振り下ろす。

 ユウは左腕の盾で上手く弾く。しかし、巧みに剣を振り二度、三度と上方から重い攻撃が降り注ぐ。たまらずユウは一度後ろへ退こうとする。仕切り直せたと思ったのも束の間、ステッドランドは飛び蹴りで攻撃と同時に距離を詰めてきた。


 まともに蹴りを受けたアルヴァリスは吹っ飛ばされながらも何とか姿勢を立て直す。しかし、敵は跳躍からの剣擊で追い詰めてくる。それを何とか盾で受けるが、何度かすり抜けた剣がアルヴァリスの装甲を削っていく。


 やはり強い。単純な膂力や速度といった機体性能はアルヴァリスの方が上だが、相手はその差を技量一つで埋めている。いや、上回っている。


「それでも……負けるわけには!」


「ユウ! ちょっと聞くデス!」


「先生! 舌噛みますよ!」


「あのステッドランド、左腕があまり動いていないデス!」


 言われてみればそうかも知れない。敵はなるべく左半身を隠すように戦っていた。肩口の装甲に擦り傷が入っているから、さっき転倒したときに壊れたのかもしれない。……試して見るか。


 アルヴァリスは剣を大きく振り相手を牽制する。今度はこちらの番だ。相手が防御に専念するよう剣で、盾で間断なく攻撃する。さらには、まるで曲芸のような動きで蹴りも混ぜる。すると次第にアルヴァリスの機体が輝き出した。先程と同じ現象のように体のあちこちから光の粒子が溢れ出す。


 理力エンジンの唸りが一際大きくなる。それに呼応して攻撃がさらに加速していく。


 ステッドランドも負けじと剣で的確に攻撃を捌いていく。しかし、いつしか鉄壁とも思える防御もアルヴァリスのがむしゃらな攻撃により遂に隙が出来る。


「そこ……だっ!」


 絶え間ない攻撃によりとうとう隙が生まれ、ステッドランドの左半身がこちらへ露になる。左腕の盾で身を守ろうとするが一瞬遅れた。


 右下から左上に斬り裂く。僅かに遅れて斬り飛ばされた左腕がと盾が地面に叩き付けられた。


 ステッドランドは残った右腕を振り上げ、なんとか構える。アルヴァリスも合わせるように剣を構える。


「やりましたね、ユウ! これで相手は不利になったデスよ!」


 先生が歓喜の声を上げる。しかし、ユウの顔はいまだ険しい。相対するステッドランドは左腕を失ったが、その重圧は健在だ。


「いや、まだこれからかもしれません……!」


 ステッドランドは軽く剣を振り、構えを変えた。右半身と剣をまっすぐアルヴァリスに向けた。そう、これはまるでフェンシングのようだ。……ということは。


 ユウは咄嗟に盾で胴体を守った。左腕に鋭い衝撃が走る。ステッドランドは燃え盛る炎のように激しい突きを連続して放つ。度重なる攻撃を受け続けたせいで、このままでは盾が保たない。相手の動きに合わせて機体をくるりと回転させ突きを躱しつつ、剣を大きく振り回す。遠心力を乗せた一撃がステッドランドへ襲いかかるその瞬間、突如、剣は動きを止めた。


「くそっ!」


 なんとステッドランドは横凪ぎに襲い来る剣を右肘と右膝で器用に挟み込んで止めたのだ。そして上手く体をよじり、剣ごとアルヴァリスを後方へ引く。ユウはここで下手に姿勢を崩したら追撃を防ぎきれないと直感的に判断し、それならと勢いに任せて思い切り飛び込む。

 アルヴァリスは前転の要領でなんとか着地し、すぐさま振り返る。敵もまさか飛び込んで来るとは思ってなかったのか、ゆっくりとこちらへ振り向いた。再度、両者は剣を構え直す。


「アイツ、右手だけなのになんて強さなんデスか! 詐欺デスよ!」


 目の前で先生が抗議活動を始める。これで奴が弱体化するならいくらでもやってくれ。いや、やっぱりうるさいから止めて。


 アルヴァリスが相手の隙を伺っていると、急に敵が構えを解き剣を下ろす。一体、何のつもりだ。


 見ると、街の守備隊所属のステッドランドがずらりと二機を取り囲んでいた。


「ユウ! 大丈夫?!」


「ユウさん! お待たせしましたっ!」


 クレアとヨハンも駆け付けてくれたようだ。いかに敵が手練れであろうとこの数、この包囲を簡単には破れないはずだ。ましてや、先ほどのアルヴァリスの猛攻によって左腕と盾を失っている。

 ジリ、とアルヴァリスが詰め寄る。ステッドランドは微動だにしない。諦めたのか? 


 ……ザザ……


 無線からくぐもった声が聞こえる。


「……アルヴァリス……だったか、その理力甲冑は。操縦士、貴様の名は?」


「……!」


 もしや奪われたステッドランドの操縦士? 敵が何故……。


「おっと、済まない。名を訪ねる時はまずこちらから、だったな。私はクリス・シンプソン。帝国で理力甲冑部隊を率いている」


「……ユウ・ナカムラ」


「そうか、ユウか。今日は君の勝ちだ。いつかまた戦場で会おう」


 ユウが気がついた時には辺りに煙が立ち込めていた。良く見ると先刻ユウ達を襲ったフードの男達が馬に乗って煙幕を張っている。たちまち、周囲の視界は白煙に閉ざされてしまった。月明かりでいくつもの理力甲冑の影がぼんやり揺れる。


「くそっ! 撃てっ! 撃てっ!」


「止めろ! 同士討ちになる!」


 ユウは剣を振って煙を払おうとするが、焼け石に水といったところだ。足元で馬が駆ける音がする。くそっ。どうなっている。


 ……しばらくすると煙幕が晴れた。そこにはユウ達アルヴァリスとそれを囲む街の守備隊、そして操縦席が開いたままの無人のステッドランドが一機。


 逃げられた。逃げられてしまった。ユウは悔しさと同時に安堵を覚える。戦っている間は生きた心地がしなかった。それにあのクリスと名乗った操縦士、ユウの勝ちだと言ったが、実際のところはアルヴァリスの性能差で拾った勝ちだ。操縦士の腕前では完全に負けている。正直、こうして無事なことが不思議なくらいだ。





 ユウはアルヴァリスをその場にしゃがませて操縦席から降りれるようにする。ハッチを開くと先生は操縦席からぴょんぴょんと降りていく。ユウもそれになんとかついていく。

 地面に降り立つと、目の前に二機のステッドランドがやって来た。クレアとヨハンだ。二人も同様に降りて来たが、何故かクレアは不機嫌そうな顔をしている。


「どーしてユウと一緒に先生がアルヴァリスから降りてくるのかしら?」


「えっ? いや、たまたまというか、成り行きというか。ほら、先生はアイツらに命を狙われていたし……」


「いやーユウのお陰で助かりましたよー! それにしても操縦席って狭かったデスね!」


「ふーん? それで? 狭い操縦席に居たの? 二人で?」


「姐さん、コワイッス……」


「ヨハンは黙ってなさい」


 ピシャリと言われたヨハンは一瞬で固まってしまった。


「クレアだって最初の時、一緒に操縦席入ったことあるじゃないか。」


「うぐっ! それはその……!」


 何故か顔を赤くするクレア。


「ちょっと! どーいう事デスか!? ユウ!?」


「ユウさん?! 姐さんと一体ナニがあったんですか!!」


 二人に問い詰められてしまう。そもそもナニも無いし、前回も今回も緊急事態だったからそんなに言われる覚えはないぞ。


「おっと、アルヴァリスを整備場に持っていかないと! それにバイクも置きっぱなしだった!」


「あっ! こらユウ!」


 ユウはこれ以上、説明してもややこしくなりそうなので撤退することに決めた。ひょいとアルヴァリスの足を登って操縦席までたどり着く。下を見ると、今度はクレアが問い詰められている。悪いなクレア、あとは任せたぞ。





 翌朝、クレアと先生は機嫌が一層悪くなっており、結局ユウは二人のご機嫌を取るのに右往左往しなくてはならなかった。そしてユウは思う。あの操縦士クリスより、怒った女性の方が恐い、と―――

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