第6話 亡命先生・1

第六話 亡命先生・1


 ユウが召喚されてから既に三週間が経った。オバディアの訓練は厳しかったが、元々強い理力もあってかメキメキと実力をつけていった。今では一日中、理力甲冑を動かしても平気なほどだ。ただ、オバディアに言わせれば「まだまだオムツの取れないヒヨッコ」らしいが。


 今日はユウ、クレア、ヨハンの三人で何度目かの哨戒任務に出ている。三人とも理力甲冑に搭乗し、周囲に異変が無いか確認しながら決められたコースを歩いている。右手にはキャベツ畑が、左手には小高い丘が広がっており、そのそばには農業用水としても使われている川が見える。理力甲冑に乗っていなかったら、気持ち良く散歩にでも出掛けているかのようだ。


 実際、この周辺は帝国との国境線からあまり離れていないのだが、戦争中だというのに平和そのものだ。哨戒任務といっても、たまに群れからはぐれた魔物を退治する程度の楽な仕事だ。





 アルトスの街をはじめとした都市国家連合とオーバルディア帝国の戦争は開店休業中だ。なぜなら、帝国はさらに西にある工業国家シナイトスと戦争をしている。帝国としては、先にシナイトスとの戦争に注力するため、自身の背後に位置する都市国家群と不可侵条約を締結、食糧の供出を迫った。


 しかし、都市国家の長たちは帝国の現状に危機感を抱いており、交渉は難航していた。そんな中、シナイトス陥落後に此方へ侵攻する準備を進めているとの密偵からの情報がもたらされた事で両者の決裂は決定的なものになった。




 さて、都市国家たちは連合を結成し帝国との開戦に踏み切ったのだが、大きな問題が立ちはだかった。それは帝国に対抗しうる軍事力を持っていないのである。ほとんどの都市は自衛の為の戦力しか保有しておらず、それをまとめた所で近年強大な軍事力を持つようになった帝国には歯が立たないのである。


 しかし、帝国にもある問題が壁となっていた。強大な軍事力を誇る帝国と言えど、一度に二つの国と正面からぶつかれるほどの人員、物資に余裕は無かった。連合は戦力としては貧弱だが、その国土は広大で戦線を維持するだけでもかなりの物資が必要となる。そのため帝国としては、攻めようにも攻める事が出来ないので国境線に最低限の戦力を配置する事しか出来なかった。


 かくして両者の思惑が重なり、連合は戦力の拡充が整うまで、帝国はシナイトスの占領あるいは圧倒的優位な状態での講和がなされるまで、という奇妙な膠着状態が続いている。そしてこの均衡がいつまで続くのだろうか。





 時間は昼より少し前、予定の三分の一は回っただろうか、クレアは一度小休止を挟もうと思案する。三人の中でクレアが経験が長いので、この部隊の隊長を務めている。この巡回ルートをもう少し行くと開けた場所がある。哨戒の時はよくそこで休憩を入れることにしている。


「ユウ、ヨハン、いつもの所で小休止にするわ」


 二人とも了解の返事を無線で返す。


 ……ザ……ザザ……


 無線が何かを拾う。発信地点が遠いのか、雑音ばかりでよく聞き取れない。


「クレア姐さん、なんの無線スかね?」


「クレアどうする?」


「……もう少し先に進んでみましょう。何も聞こえないんじゃ、判断つかないわ」


 クレアの指示に頷く。三機は間隔を広げて少しでも無線を拾えるように歩く。先程よりも雑音が減り、無線の内容が聞こえてくる。


「……誰か応答……ださい! 帝国軍に……てい……! 場所は国境線の……ザザ……」


 必死な男性の声が聞こえてくる。どうやら喫緊の事態らしい。


「クレア! 救助しなきゃ!」


「姐さん! 行きましょう!」


「……二人とも落ち着いて。まずは本部に緊急無線してからよ」


 近場の砦を経由してもらい本部に無線で連絡しながら国境線の方へ急ぐ。近づくにつれて無線が明瞭になっていくが、クレアは一つの事に気付く。


「この無線、自分の所属を名乗らないわね」


「ん? 民間人とか商人じゃないの?」


「軍の無線を知っているような民間人ならなおさら自分の名前を言うわよ。少し怪しいわね……」


「罠ってことですか?」


「うーん、帝国が今そんな回りくどい事をする必要あるのかしら……?」


 確かに帝国が凝った作戦を展開するほど、こちらは戦力が充実していない。本来、搦め手とは戦力が劣る側が仕掛けるものだ。


 その時、ユウが何かに気付く。ゴウゴウと風が渦巻くような音、それと発砲音。どうやら近い場所からだ。


「クレア! 戦闘音が聞こえる! 一時の方向!」


「全員! 戦闘用意! ユウとヨハンは前衛、私は後方から援護射撃する! 一応、罠かも知れないから周囲を警戒しながら行くわよ!」


 ユウは鞘から剣を抜刀し、クレアは手にした半自動小銃を前方へ向ける。ユウも銃について訓練したが、こればっかりはクレアに一日の長があった。クレアも剣よりは銃の方が扱いやすいのでよく装備している。


 ヨハンはユウ機よりも少し小振りな剣を二本、両手に構える。その代わり盾は装備していない。彼はこの世界ルナシスの住人にしては理力甲冑への適正が高く、機体の扱いだけでいえばユウに匹敵する。それゆえの二刀流だ。


 周囲を警戒しながら三機はゆっくり走る。次第に音が大きくなっていき、いくらか進んだ所で遠くに何かが見える。クレアとヨハンはが何かは分からなかったが、ユウにはどこか見覚えのあるシルエットをしていた。


「なんだ?! 宇宙船?!」


 ユウは真っ先にSFアニメに出てくるような宇宙船を想像した。あれは機首だろうか、のっぺりとした円錐形をしたおり、そこから丸みを帯びた長い胴体がある。上部には運転席なのか、細めの窓ガラスが嵌っている。


 全体的に白く塗装され、理力甲冑の何倍もの大きさだ。左右には安定翼のような物が合計四つついており、地面と接する部分はまるでホバークラフトのように膨らんでいる。実際、底部から激しい風の音を響かせながら機体は滑走している。この正体不明の機体が助けを求めていたのだろうか?


 突然の異様な機体に驚いたが、発砲音が聞こえてきてハッと我に返る。正体不明機の後ろに巨人の騎士、理力甲冑が見える。


「クレア! あのデカイやつを助けるぞ!」


「ホント、何なんですかね? アレ!」


 ユウとヨハンは謎の機体を挟むように左右へ広がった。


「二人とも、油断しないで! 敵が何機いるか確認して!」


 クレアが半自動小銃を構えながら周囲を警戒する。猟銃のようなシルエットをしたこの銃は装弾数が少なく連射は出来ないが、高い威力と長射程を誇る。弾頭は比較的柔らかい金属を使用しており、適切な距離で当たれば理力甲冑の装甲を砕き、変形した弾頭が内部機構を破壊するのだ。


 敵は直ぐに見えてきた。帝国軍の制式採用機ステッドランド、つまりユウ達と同じ機体だ。しかしカラーリングが異なり、緑灰色をしている。だとすると達の機体は鹵獲した際に塗り直したのだろうか。ユウはそんなことを思いながら敵との間合いを詰めていった。


 敵は四機、うち二機は剣を持ち、残り二機は小銃を構えている。ユウは盾で機体の胴体部を隠すように構え、一気に前衛の剣持ちへ間合いを詰める。そこへ敵の一機が撃った銃弾がユウ機の盾に当たり、衝突音と共に窪みが出来る。なるべく銃の射線に対して斜めに盾を構える事で見かけ上の厚みが増し、貫通しにくくなる事をオバディアから教わっていたのだ。


「フゥ、ハァッ!」


 ユウは盾を構えたまま、地面を思い切り蹴り飛ばす。ステッドランドは敵の一機に向かって一直線に飛び掛かり、そのままぶつかるコースだ。敵機はシールドバッシュを躱せないと悟り、とっさに盾を構えて身を守る。しかし飛び掛かった速度の分だけ運動エネルギーで圧し勝ち、相手は後方へたたらを踏んでしまった。ユウはそのままさらに突進し、相手を盾の先端で殴りつけさらに体勢を崩させる。


 敵の前衛、もう一機が僚機を助けようとこちらへ向かう瞬間、横からヨハンが流れるような二刀捌きで敵に斬りかかる。


「ヨハン! そっちは頼む!」


「ユウさんより先に全部倒してやりますよ!」


 ヨハンは何かとユウと張り合おうとする。あまり不快ではないその対抗心に少し、戸惑いつつもユウはニヤリと笑みを浮かべた。


「言ってろ!」


 叫びながら高く跳躍し、剣を頭上高く振り上げる。敵は慌てて盾ではなく剣で受け止めようとするが、ユウはお構いなしに縦一文字に力強く振り下ろす。相手の剣はその衝撃を受け止めきれず、逆に自分の機体へとめり込んでしまった。ユウは再び上段に剣を構え、相手の剣ごと敵機の右腕を叩き斬る。その向こうではちょうどヨハンが息もつかせない連撃で相手の頭部を斬り飛ばす。


「二人とも、油断しないでって言ったでしょ!」


 少し離れた後方のクレア機から発砲音が聞こえる。すると、ユウを小銃で狙っていた後衛の一機が頭部を失い後ろへ倒れこむ。クレアが遥か後方から狙いを定めていたのだ。彼女は機体を立膝にし、長い銃身の先を残りの一機へ合わせる。








 残った一機に搭乗する熟練の操縦士は会敵からほんの僅かな時間で味方を三機、戦闘不能にされたことに戦慄を覚えた。都市国家の連中はまともに理力甲冑の数を揃えられず、その練度も低いんじゃなかったのかと、自分の知識と今の現実との乖離に戸惑ってしまう。


(奴らの乗っている機体だって大方、帝国から鹵獲したものに決まっている! だから今までろくに相手にしなくても良く、大した脅威ではなかったハズなのに!)


 彼の知っている情報とかけ離れた強さを誇る理力甲冑三機を相手に勝機は限りなく低い。を取り逃すのは大きな失態だが、連合には今までよりも脅威足りうる戦力が存在する可能性を上層部へ知らせる事の方が重要かもしれない。少しばかり冷静さを取り戻し、状況を的確に観察できるあたり、彼はそれなりの修羅場をくぐった操縦士なのだろう。


(それに追撃は遅れてやってくる本隊に任せればいい。戦闘不能になった仲間の機体は全て、操縦席は無事なようだ……上手く逃げるか、捕虜になれば最悪でも命は助かるだろう)








「これで最後! ……アレ?」


 クレアが引き金を絞る瞬間、敵は突然振り返り逃げ出した。銃で狙われないよう、不規則なジグザグを描きながら全力で走っている。クレアは僅かな時間、敵を狙い続けたが、もともと距離があった上にあれだけ動かれたら当たるものも当たらない。ふぅ、と一息つき構えを解く。


「二人ともお疲れ様。それであのデカブツだけど……」


 クレアは後ろを振り返ると、例の正体不明機がそこに墜落でもしたのか、それとも着陸なのか判断つかないが、とにかく停止していたのが見えた。先ほどまでは轟音を響かせ宙に浮いていたはずなのに。とりあえず正体を確かめ、本部から然るべき処置を請うことにしたのだった。








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