第17話『見事な笛』

青年が目覚めると、そこには見事な笛があり、青ざめた酷薄な顔つきの鬼女と、桃色の頬の美しい天女が座って青年を見つめていました。

ゆっくりと身体を起こしてみれば、そこは何処かの岩山の上。空と雲海が広がるばかりで、他にはなにもありません。

自分が何故ここに居るのかを思い出せないまま、青年は黙って自分を見つめる人ならぬ女達に、ここは何処かと問いますが、二人は何も言いません。

何を言っても返事がありません。二人揃って聞こえていないわけでもないでしょうが、しょうがないので、青年は笛を手に取りました。

すると、鬼女の手には琵琶が、天女の前には箏が現れます。二人がそれぞれにゆったりと楽器を奏で始めます。

二人は全く息を合わせようとするわけではありませんが、旋律はあくまで美しく流れていきます。

聞いているうちに、青年は二人の隔たりの間に自分が笛で入る場所がある気がして、思い切って笛を吹き始めます。吹いているうちに、聞けば心地よい天女の箏よりも、やや鋭利な嫌いのある鬼女の琵琶に添うていける気がして、青年はそのまま身を任せて演奏を続けます。

やがて、天女が手を止めて、二人の奏でる音に聞き入りはじめます。

美しい旋律が合致し、曲を終える息も合って、青年は思わず笑いました。見れば鬼女もそっと微笑んでいる様です。

二人が立ち上がり、天女はゆっくりと飛び去って行きます。青年はふと、自分が天界に行く機会を失ったのではないかと感じました。

鬼女はゆっくりと青年に手を差し伸べます。冷えた金属の様な手を取った途端、鬼女は青年の手を引いて凄まじい勢いで山を下ります。鬼女の背中を見るうちに青年は全てを思い出しました。

青年は戦に出て敗走し、軍師の命に従ってかなり危険な場所に斥候に出たところを、敵に捕らえられ殺されてしまったのでした。

ただ、青年は、最後の力を振り絞って呼子を吹き、敵の存在を知らせて死んだので、軍は無事に死地から逃れることができたのです。

気がつけば青年は、自らの血にまみれた鎧を着て、笛を手に自分の家の前に立っていました。

家では、遺体が無いままに自分の葬儀しています。そんな場所に生きて戻ったのでした。

程なく戦が終わって、青年は郡の役人として出世し、親類の勧めに従って妻を娶りました。

青年は時折、笛を手に取り鬼女と奏でた曲を吹きます。妻の笑顔が鬼女の笑顔と少し似ている気がしますが、そのことはずっと黙っているつもりです。

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