第55話


 翌朝は突き抜けるような快晴だった。吹く風は冷たいが、清らかで心地よい。


 昼前に阿依良の市に到着した一団は、まっすぐ宮まで馬車を進めた。車から下りて横を歩く稚武は、思わず大きく口を開けてため息をついた。ため息が出てしまうほど、阿依良の王宮は見事なものだった。


 白塗りの壁に朱色の柱が延々と続き、屋根は金色だった。宮に一直線にのびている大路は、馬車が六両は通れるほど広い。端から端まで、大声を張り上げても届かないかもしれないほどだ。身分の高い氏族のものとも分からぬ家々は豪華なつくりで、道行く人々の身なりを見ても、阿依良は日向などよりずっと豊かだった。


「すげーや……」


 稚武の目は、だんだんと距離を縮める、王城というにふさわしい宮に釘付けになっていた。


「見たことのない建築だ。倶馬曾はこんなに進んでいたのか」

「あれは宋の都をまねているな」


 車から顔を出してユキニが言った。


「宋? 大陸の国か」


 激しく興味を引かれて目を輝かせる稚武に、ユキニは得意になって言った。


「宋は大陸の中でも一番大きな国だ。技術も進んでいる。まぁ、ペクチェの都城の方がもっと素晴らしいつくりだがな」

「本当か」


 稚武は目を丸くしてユキニを見た。ふふん、と子供らしいさまでユキニは鼻を高くする。


「そうとも。城だけではない、民の家も、武器も、物つくりもわしらの方がずっと進んでいるぞ。倭国は何をするのも遅い」

「そうか……」


 稚武は少しうつむいて考えふけった。


「そのうち、俺も大陸に遣いを出そう。技術者をたくさん呼んで、色々と学びたいな」

「ただで人は出せんぞ」


 子供らしからぬ口ぶりだった。


「今、我らがペクチェは北のコグリョ国と緊張状態にある。優位に立つために倭の力を借りたい。そのためになら、いくらでも技術者を出すぞ」

「コグリョ……」


 その名について習ったことを、稚武は懸命に思い出した。


「たしか、百年以上前に戦ったことがあると聞いた。倭は劣勢で兵を引き上げたって」


 ユキニは頷いた。


「その戦の話はペクチェにも伝わっている。わが国が倭の王に兵を頼んだのだからな。――つまりは今一度、倭の力を借りたいのじゃ。兵を出せとは言わん。わしらと同盟を結んでほしい」

「同盟?」

「うむ、コグリョに睨みをきかせてほしいのだ」


 ユキニは真面目に言った。


「悔しきこと、今のペクチェにはコグリョを落とす力はない。しかし攻められることだけは何とか避けねばならん。ゆえに、倭と手を結びたい。兄上はそれを望み、先立ってわしを倭におくり込んだのじゃ」

「なるほど……」


 稚武は神妙な面持ちで納得し、明るく言った。


「なら、俺から大王にご相談しよう。ユキニにはずいぶん助けられた。恩を返したい」

「本当か」


 ユキニは顔を輝かせ、車から飛び出して稚武に抱きついた。


「嬉し。兄上に良い報告ができる」


 はしゃぐユキニに、稚武は肩車をしてやった。ユキニは幼く、那加女・加那女や、泊瀬の里の子供たちを思い出させた。自然と心が和むので、稚武もユキニの遊び相手をしているのは楽しかった。


 ひとしきり喜んだあと、ユキニは稚武の頭に手をのせ、ふと重い声で言った。


「……しかし兄上は、今の倭を心もとなく思っておられる」

「え?」

「倭はまとまっていない。秋津と倶馬曾とに分かれ、いつまでも仲悪い」


 ユキニの声がかげる。


「そのように統一もできていない国には頼れぬと、兄上はおっしゃった。わしは統一の兆が見えるかどうかを探るのが、一番の命だったのだ」

「統一か。もちろんそれは、大王や俺も考えていることだ」


 稚武は頭の上のユキニに向かって言った。


「すぐに決着をつけてやるさ。でないと、俺は大王のもとに帰れないんだからな」

「うむ、わしは稚武を応援するぞ!」


 ユキニは興奮気味に言った。


「わしは倶馬曾の女王は嫌いではなかった。しかし、阿依良のやから、いけすかん。奇襲をかけ、陽里を焼いた。わしらは大慌てで逃げてきた。阿依良の連中、嫌いだ」

「そうか。でも、ユキニたちは無事でよかったな」

「うむ」


 にこにことしてユキニは稚武から下りた。本当に稚武が気に入っているらしい。嬉しいことだ、と稚武も思っていた。大陸の国の王弟が橋渡しになってくれるなら、心強いことこの上ない。


「さて、そろそろ、稚武も車の中で着替えるといい」

「着替える? 何に」

「我ら、大陸の歌舞楽団の衣裳にだ。もちろん、仮面も忘れずにな」


 にやりとユキニは笑った。


「怪しまれず、王城に忍び込みたいだろう?」

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