第3話
実は今日は、村はずれで新しい家を作っているところの手伝いをすることになっていて、二人はそれをすっかり忘れて遊びまわっていたのだ。つまりは仕事をさぼったのである。
桐生は広い板間に二人を正座させてくどくどと説教をし、痺れに耐えかねた
大人に叱られるのは決まって
「全く、お前らは。いつまでガキの気分でいるんだ。もう十四だろ、大人の仲間入りしなきゃいけない年頃だ。わかっているのか」
「悪かったよ、
すっかりむくんでしまった足をさすりながら、稚武が力なく言った。桐生はさらに顔をしかめて腕を組んだ。
「責任感がないと言っているんだ。わざとじゃなければ何でも許されるとでも思っているのか、この馬鹿!」
怒鳴られて、二人は肩を竦めた。
「ばーか」
「ばーかぁ」
まだ幼い妹たちがはやし立てるように口を挟んだ。兄の背中でじゃれついていた
「聞いているのか、稚武ぇ……!」
鬼のような桐生の睨みに、妹たちに気を取られていた稚武は言葉もなく顔を引きつらせた。そしてしゅんと頭を垂れる。
そのとき、戸口から華やかな声があった。
「あらあら…またお説教中かしら?」
「
稚武と風羽矢は同時に顔を上げ、ぱあっと目を明るくした。
五十鈴は若く、里で一番の美人であった。その上に物腰が柔らかな優しい娘だ。そんな彼女と桐生は幼馴染みで、二人が遠くないうちに夫婦となることは里の誰の目からも明らかであった。
五十鈴はひざもとに甘えてくる那加女と加那女をなでながら、にっこりと微笑んで部屋に顔を出した。
「お魚をおすそ分けにね、お邪魔したの」
「おう、いつも悪いな」
桐生は立ち上がり、上機嫌になって五十鈴に歩み寄る。正座によって足がしびれていた少年二人は、座ったままながら兄ににやにやとした視線を送った。
戸口の脇で立ったまま会話する桐生と五十鈴に聞こえないよう、稚武はひっそりと言った。
「よっしゃ、天のお助けだぁ」
「うん。女神様だ」
普段は女嫌いで有名な稚武も、物心ついたときから姉と慕っている五十鈴には家族としての目を向けていた。那加女や加那女に対してもそうだが、彼は身内の女に限っては苦手意識などなかった。近所のにぎやかなおばさんたちにもである。
どうやら稚武は、自分を恋愛の対象としてくる少女にだけ特別に不快を感じるらしかった。特に親しくもないのに馴れ馴れしく、恥らって見せながら狙うような目をしてくる娘たち…好きになれない。あれはもう、別の生き物のようにさえ思える。そして残念なことに、この里にはそういう女の子か、それを過ぎて稚武に恨みがましい目を向けるようになった娘しかいないのだった。
少年たちが叱られていた理由を聞いたらしい五十鈴は、丸い目をこちらに向けた。
「まぁ、相変わらず腕白なのね。それで一体、何をしていたの、半日も」
明るく風羽矢が答えた。
「裏の山へ狩りに行っていたんだよ。そう、そこで白い牝鹿を見つけたんだ。捕まえられなかったけど……」
桐生は場の雰囲気に怒気をそがれたのか、一つため息をついた。
「白い鹿? ……
「もう少しだったんだぜ。ほんの一瞬だけど、俺は背中に乗ったんだから」
自慢するように言った稚武に、桐生は本当に苦い顔をした。
「罰当たりめ。まさか矢を射たりはしなかっただろうな」
「弓矢は持って行かなかったから、それはしてないよ」
風羽矢が答えると、彼は怪訝に思ったようだった。
「あ? 狩りだって言うのに、弓矢を持っていかなかったのか」
「だって稚武が『男は素手で勝負だ』って言うから……」
「あッ、お前、また俺のせいにしようとする!」
「うるさい」
風羽矢を指差して非難した稚武の脳天を、桐生がごんと殴った。稚武は頭をおさえて高くうなる。五十鈴がのん気に笑った。
「ふふ、弓矢で風羽矢に勝てる人は、ちょっといないものね」
「稚武、お前も姑息な手を使う。兄ちゃんは悲しいぞ」
一かけらの悲しみもない声音で桐生は言った。
風羽矢の弓矢の腕前は、
思わずくすくすと笑ってしまった風羽矢を、桐生は呆れた目で軽く睨めつけた。
「風羽矢。お前もいちいち稚武のせいにしようとするな。今日のことは、二人とも同じだけ悪い」
「……はい。ごめんなさい、桐生兄」
風羽矢は素直に謝った。桐生は満足したように微笑む。
「ようし、だいぶ反省したみたいだな。今度こんなことがあったら承知しないぞ」
「はい、絶対にしません」
稚武と風羽矢は口をそろえて言った。やっと桐生の説教地獄から解放されるのだと気が抜け、ホッとしたときだった。桐生は意地悪くニッと笑った。
「それじゃ、罰として夕飯抜きだ。それで許してやる」
「え―――ッ」
また二人は声をそろえた。身を乗り出して桐生にすがる。
「そんな、あんまりだぁー」
「桐生兄、僕ら、育ち盛りのオトコのコなんだよっ?」
「飢え死にしちまう~」
「だーめ」
その後いくら二人が懇願しても、もしかしたら里長の稲彦よりも恐ろしいかもしれないこの桐生という兄は、頑として二人の罰を取り下げてくれなかった。戸口では五十鈴が女神のように微笑み、彼女に抱きついた妹たちが屈託なく笑い転げていた。
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