めちゃかわ人形
OPQ
第1章
賽銭箱に10円投じて、二回礼をして二回手を叩く。俺は最大のコンプレックスである童顔と華奢な体がもっと男らしくなるように、神様に願った。
「神頼みなんて男らしくねーぞー」
シュウはそう言ってケラケラ笑いながら俺の頭をつかんで髪をくしゃくしゃにした。俺は左手で払いのけて言った。
「やめろって言ってるだろ」
「すまんすまん」
俺は伸長が160センチギリギリしかない。シュウは180を超える長身で、スタイルもいい。こいつと並ぶと一層自分のチビさが浮き彫りになるので、いい気分ではなかった。昔は同じくらいだったのに、中学の後半からこいつはグングン背が伸びて、今ではご覧のありさまだ。調子に乗ってよく僕の背の低さをこうやってからかってくる。鬱陶しい。だが小さいころからの付き合いなので、こいつの良いところも知っているから、別段嫌いってわけでもないが。お参りを済ませて、シュウに話しかけた。
「どっか寄ってくか?」
「角のカフェ行こーぜ」
「りょーかい」
鞄を持って歩き出したその時だった。
「おねーちゃんっ、私と遊んでっ」
突然、見知らぬ少女が俺に声をかけてきた。いつの間に!?さっきまでいなかったよな?どこから……。いや、それより「おねーちゃん」って誰だ?この神社には俺とシュウしかいないんだが……。
「ははは、翼、女だと思われてっぞ」
「は!?俺かよ!?」
今は真冬の1月であり、俺たちはかなりの厚着をしていた。特に俺は生来の寒がりで、マフラーを巻いていたので、この女の子には顔がよく見えなかったのかもしれない。しっかし、普通に男ものしか着ていないのに、まさか女と間違われるとは。それもこれもチビなのが悪い。
「あのな、俺は……」
そう言った瞬間、視界がぐにょりと曲がり、全身から力が抜けていった。その場に倒れこみ、頭にはグワングワンと頭痛が走り、俺はあっという間に意識を失った。
ん?ここは……どこだ?目が覚めると、見知らぬ空間にいた。俺は確か……神社で……。そうだ。神社で気を失って倒れた。なんでだ?何があったっけ……。
「あー、起きたー」
巨大な唸り声が響き渡り、俺は戦慄した。なんだ一体!?そして俺の視界に、下からヌッと巨大な少女が姿を現した。10メートルはありそうだ。何だ一体。何がどうなってんだ。助けを……。周りを見渡すと、目の前の少女だけではなく、周囲にあるもの全てが巨大であることに気がついた。そして、大きいということを除けば、ここはごく普通の子供部屋だということにも。つまり……俺が小さくなってんのか!?
「えへへ~。お姉ちゃん、あたしのお人形にしてあげたの~」
巨大な少女は大きな声でゆっくりと叫んだ。そうだ、思い出した。神社で気を失う前に会ったのはこいつだ!
信じられない話だが、俺はこいつに……小さくされたのか!?
「お、おい!ふざけるな!元に戻せ!」
俺は精一杯の大声を張り上げて怒鳴った。
「もー、そんな言葉づかいしないの。めっ」
「関係ねーだろ!元に戻せっつってんだ!」
「もー、おねーちゃん、乱暴だなぁ……せっかくかわいいのに……。それよりお着換えしようよー」
少女は俺の横に、ドズンと大きな音と振動を立てながら、クローゼットを設置した。簡素なプラスチック製で、これは人形用のものだとすぐにわかった。俺を人形にして遊ぶつもりなのか。冗談じゃない。しかもあの子が中から取り出すのは全部女物の服。フリルつきのドレスやワンピースに、女児向けアニメっぽい衣装まで。……というかこいつ、さっきからお姉ちゃんって言ってるけど、まさか……。
「おい、お前まさか俺を女だと思ってんのか!?」
「え!?違うの!?」
――やっぱり。ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。改めて全身に力をこめて立ち上がり、叫んだ。
「俺は男だーっ」
「えーっ、えー……。しょーこみせてよ、しょーこ!」
だが間違いを認めたくないのか、この子は食い下がった。
「みりゃわかんだろっ!」
「だってー、かわいーから……」
「かわいいって言うなよ!」
こいつ、わざとやってんじゃないかと思うぐらいに、的確に俺のコンプをついてくるな。童顔じゃなければ……。
「あーわかった、みせてやんよ!」
俺は次々と服を脱ぎすてた。(こんな小さい子の前で露出するとか変態だな……)と頭の中で冷静な俺がぼやいたが、このファンタジーな緊急事態にそんなことは言っていられない。厚着だったので少し時間がかかったが、俺はまず上着を全て脱ぎさった。
「見ろ、この胸を……胸……」
俺は露になった自分の上半身を見ると、血の気が引いた。そこにあるのは見慣れた俺の体ではなかったからだ。プラスチックとも樹脂ともつかない質感を醸し出す肌色一色の上半身があった。肌には傷も皺もなく、血管も見えず、体毛もない。しかも光を反射してすらいる。これじゃまるで人形……。動きを止めた俺に、少女が楽しそうに言った。
「どうどう?バッチリでしょ?」
こいつ、俺を小さくしただけじゃない。俺を文字通り人形に変えていたのか。さっきからとても信じられないようなことの連続で、現実だとは思えなくなってきた。夢ならいいんだけどな。だが、体を叩けば痛いし、空気感からしても間違いなく現実だ。胸で説得するのは無理そうだ。小さい女の子の前でやるのはできれば避けたかったが、事ここに至れば致し方なし。俺は下半身の残りも脱ぎ捨てた。パンツもだ。
下半身も上半身と同じように、ツルツルの人形のように変貌していた。あれだけ生えていた足の毛が一本もない。痕さえ残っていない。股間にある、俺の性別を証明するはずのものは、ずいぶんとみすぼらしい姿になっていた。アニメのU字チンコレベルに、相当にデフォルメされたチンコっぽい突起が股間にちょこんと生えているだけだった。いや、生えているという表現は不適切かもしれない。くっついている?……いいや違う。別パーツではなく、一体の同じ樹脂?でできた突起だ。チンコだけでなく、今の俺の体全てがそうだった。一塊の樹脂で構成されたフィギュアみてーだ。型に原料を流し込んで作ったかの如く。茫然と全裸で立ち尽くす俺に、
「えー、本当にー?ショックー」
少女は俺の股間を見てそう言った。そうだ。
「な、だろ?早く元に戻せって。人形は女でやれよ」
俺は少女にそう言った。
「仕方ないなー、もう」
巨大な右手がゆっくりと襲い掛かり、俺の体をわしづかみにした。
「お……おいっ!」
くそっ、身動きできねえ。こんな小さい女の子に負けるとは……。俺って今身長何センチなんだろうか、とふっと考えた。目測16センチぐらいか。勝てないわけだ。
俺の両足は床……棚を離れて宙に浮き、少女の胸元まで持ち上げられた。下を見ると、金玉が縮むような――今は固定の突起になっているから変わらんが――気がした。部屋の床まで高層ビルぐらいあるんじゃないか、俺からしたら。もし落とされたら……。その時、大きな左手が俺の下半身に迫り、二本の指でぐいっと俺の足を開いた。
「おいっ!?何すんだよ!?放せ!早く元に戻せよ!」
上半身はがっちりとホールドされていて動けない。無様な開脚をして露になった俺のチンコに、少女は左手の人差し指をそっと据えた。じょ、冗談じゃないぞ!何考えてんだこいつ!まさか潰すんじゃないだろうな!?
「おいっ、マジでやめ……」
「そーれ、すりすり~」
この子は人差し指で、俺のチンコをさすり始めた。頭大丈夫かこいつ!?
当然、気持ちよくなんてまったくならず、ただ体の一部を巨大な指でこすられているという感覚だけがある。だが開始5秒ほどで違和感に気づいた。チンコの感覚がだんだん、鈍化して……いや、チンコの位置が変化している!?
俺は自分の下半身に何が起きているのか見ようとしたが、右手でしっかりと握られていて見ることはできない。なんとかならないか。男としてのプライドをこれ以上砕かれる前に……。その時、急に頭が重くなり、首に痛みが走った。
「っぐ!?」
なんだ、どうした……。遥か下方の床に向かって垂れる自分の髪が視界に入った。待て。なんで髪が見える。俺の髪そんなに長くないぞ。よく見ると、黒髪だったはずの俺の髪が、人形みたいな栗色に変色している。しかも、ズルズルと床に向かって伸び続けている。頭が重くなったのは、髪がすごい勢いで伸びているからか!?
しかも、長さだけでなく、量も増していく。女でもなかなかお目にかかれないような長髪になり、毛量もアニメのキャラクター並にすごいボリュームとなった。変化は髪だけじゃない。顔も、なんだかこそばゆい。粘土細工でもされているみたいに、骨格がぐにょぐにょとおかしく波打ち、輪郭が変わっていくのがわかる。さらに、胸が少女の右手に当たるのを感じた。胸が膨らんでいるんだ。髪から足先まで全身がぐにょぐにょと気持ち悪く波打ちながら変化していった。これがこの子の力なのか……。頼むからやめてくれ。俺をどうしようってんだ。元に戻してくれぇ……。
こすり続けられていた股間のモノは、次第に股間に溶けてゆき、とうとう消失してしまった。ああ……俺の……ムスコが……。巨大な指が動きを一瞬止めた後、ゆっくりと上から下まで股間をなぞり、何もないツルツルの曲面になったことを確認すると、ようやく指は引っ込んだ。
「はい、かんせー」
少女は俺をゆっくりと棚の上に戻し、ようやく解放した。棚の上に人形サイズの姿見を置き、
「ほらー、これで大丈夫っ!かわいくなったよーっ」
と言って、俺を鏡に無理やり向き合わせた。
そこに映っていたのは、中学生ぐらいの少女の人形だった。ボリュームのある栗色の長い髪が腰まで伸び、全体的に少し色白になったフィギュアのような肌、小ぶりになった体型、膨らんだ胸、何もない平坦な曲面と化した股間……。俺の面影は顔に残っているくらいで、どこからどうみても女の子の人形にしか見えない。……嘘だろ、これが俺!?
「お……おい!ふざけるな!元に戻せよっ」
俺は愚弄された屈辱と、自身の惨めさに涙がにじんだ。
「これからいっぱい遊んであげるからねー」
俺を哀れな人形に変えた女は、クローゼットからフリルのついたワンピースをとりだし、両手で持ちながらこっちに近づいてきた。ふざけるなっ、そんな服絶対にきねーぞ!
「おい……やめろ!やめろって!」
それから、俺はこの女の着せ替え人形にされ、少女趣味な服ばかりを選んで着せられた。生まれてからこれまで今日ほど死ぬほど悔しく恥ずかしかったことはない。俺は特にかわいいと言われるのが嫌いなのに。それがこんな……女の子の着せ替え人形にされるなんて……なんでだよ、意味わかんねえよ……。誰か助けてくれ……。
女児向けアニメっぽいコスプレ衣装を着せられた時だった。子供部屋のドアが開き、この女の母親と思わしき人物が入ってきたのだ。
「月夜ちゃん、いつまで起きてるの。もう寝なさい」
「はーい」
チャンスだ。助けを……。俺はすぐに大声を上げながら走り寄ろうと思ったが、何故か体が動かない。さっきまで自由だったはずの体は、見た目通りの樹脂の塊にでもなってしまったかのように、俺は全身のあらゆる箇所を1ミリも動かすことができなかった。
(なっ……どうなってんだ!?)
母親は俺の方へ視線を動かした。こっちを見たぞ。お願いだ!助けてくれ1
「ちゃんとお片付けするのよ」
「はーい」
(おいっ、違う!俺は人形じゃないんだ!あんたの娘に誘拐されたんだ!)
心の中で訴えかけたが、まったく無意味だった。子供部屋から姿を消そうとする母親に呼びかけようとしたが、声を出すことも不可能だった。唇も微動だにしないし、喉の奥も時間が止まったかのように俺の命令が届かなかった。何にもできず、ただ同じ姿勢で固まっているだけ……。これじゃあ本当に人形みたいじゃねーか!……やっぱり、この女の仕業なのか?
「またあしたねー。おやすみ」
女は俺をつかんで、玩具箱の中にそっと入れた。
(やめろ、やめろって!俺はお前の人形じゃないんだぞ!元に戻せよ!)
玩具箱の中には、他にも俺と同じぐらいの背丈の着せ替え人形が多く転がっていた。丁寧に扱われているとおぼしき人形もあれば、無造作に転がされている、少々傷んだ人形もある。俺は綺麗な人形のとなりに置かれ、女は玩具箱から離れていくのが足音と振動で伝わってくる。
(待てよ!なんで動けないんだ!?説明しろよーっ!)
やがて部屋の明かりが落ち、物音も聞こえなくなった。俺は相変わらず動けないままだ。何度も力を込めようともがいたが、力をこめることそのものが封じられていた。完全な人形にされてしまったのか……?
目が慣れると、暗闇でも周囲の人形たちが見えるようになってきた。今俺はこの人形たちとまったく同一の存在として玩具箱にしまわれているのか、と考えると気が狂いそうになる。焦燥感がつのる。
(おいっ俺はお前の着せ替え人形じゃないんだぞ!)
虚空に向かって脳内で叫んでも、答えは返ってこない。ただ静寂だけがあった。俺は人間なんだぞ、それも男なんだ、こんな着せ替え人形たちと一緒くたにされるなんて……。今の俺は、他の人から見たら周りの人形と同じにしか見えないだろう。こんな屈辱がこの世界に他にあるだろうか。永遠とも思える静かな暗闇の中で、俺は自分が周囲の人形と区別がつかない状態に貶められているという事実から、ある疑念を抱いた。周りの人形たちは、本当に人形なのだろうか。もしかしたら、俺と同じようにあの女に人形にされた人間なんじゃ……?
(おい、誰か……聞こえるか?)
答えは返ってこなかった。そりゃそうか。脳内で意思疎通なんてできるやつはいない。というか、仮に同じ境遇だったとしたら、動けないんだから返事はできないよな。……しかし、微動だにしない人形たちを見ていると、やっぱりただの人形なんじゃないか、と思えてきた。だってなあ。そして今の自分も他人から見たらきっとそうなのだろうと気づくと、再び焦燥感が蘇った。このままじゃダメだ。なんとか、なんとかして逃げ出さないと……。くそっ、動けねえ。俺……これからどうなるんだろう。そういえば、俺って行方不明になってるはずだよな……?親父や母さんがきっと俺を探しているはずだ。シュウも……そうだ、シュウは?神社で一緒だったよな?あいつはどうしたんだ。頼む。俺を助けに来てくれ。……でも無理だろうな。まさかこんな姿になって少女の玩具箱に監禁されているだなんて、神様でも気がつくかわからないぞ。このまま助けがこなかったら?……足元に転がる傷んだ人形を見ると、自分の将来の姿のように感じて、全身に鳥肌が立つような感覚が走った。実際には立たなかったが。フィギュアのような固い肌は、俺の心情を何一つ映し出すことはなかった。
次の日も、俺はカチコチに固まったままで、月夜が幼稚園にいくのを黙って聞いていることしかできなかった。だれもいない子供部屋の玩具箱の中で、微動だにできずただジッとしていると、とても時間を長く感じる。月夜が帰ってくると、俺は玩具箱から取り出され、ようやく体が言うことをきくようになった。
「おいっ、なんで動けなかったんだよ」
「翼ちゃんはお人形さんだもん。動けるのはね、持ち主と二人っきりの時だけだよ」
な、なんだそりゃ……。昨日、母親が入ってきたから動けなくなったってことか?ちょ、ちょっと待てよ。月夜以外の人間がいたら動けなくなるってことは、俺は絶対に見つけてもらえないってことじゃないか!視界に入ってもただの人形だと思われるはずだ。……畜生!
「俺は人間だ!元に戻せって言ってるだろ!あとちゃんって呼ぶな!俺は男なんだ!」
「はいはい」
月夜はまた俺を着せ替えて遊んだ。俺は抵抗したが、10倍近い身長差があるこの状況では、まったく無力なものだった。月夜は俺にままごとの相手も要求してきたが、俺は断固拒否した。
「むーっ。そんなわがまま言ったら他の子で遊んじゃうよ!」
「うっ……」
それは……ずっと動けなくしたまま玩具箱に入れるってことか!?……それだけは……。いや。一瞬屈しそうになった俺だが、発想を逆転させた。これは交渉カードになるんじゃないか。
「わかった。もし俺を元に戻してくれたら、一緒に遊んでやる」
「だめだよー、翼ちゃんでおままごとするの!」
「待て待て、このままじゃ俺だけとしか遊べないだろ?ちゃんと他の人形たちも遊んであげないと悲しがっちゃうぞ?」
「んー……」
「俺が一緒にままごと付き合ってやるから、そしたら他の人形たちも交えて、みんなで一緒に遊べるぞ?きっとそっちの方が楽しいし、他の人形たちもみんな嬉しいんじゃないかな~?」
「む~……」
どうだ?
「わかった。じゃあ人間になれるようにしてあげるねっ」
よしっ!
月夜は俺を持ち上げて顔に人差し指を当てて、グリグリと撫でまわした。
(うぉっ……おぉ……)
顔面を覆い尽くすほどの巨大な指でグリングリン首を回されるのは結構な恐怖だった。
「はい、できたー」
そう言って彼女は俺を下した。俺は自分の手のひらを見つめたが、特に何も変わっているようには見えなかった。
「とってもかわいくなれたら、ご褒美に人間になれるようにしてあげたよ!」
「え?」
条件付きか……。でもチャンスだ。
「”かわいく”って?」
彼女はクローゼットを指さして言った。
「ほらー、好きなお洋服着ていいよー」
ど、どういうことだ?……つまり、俺は自分で自分をかわいくなるような格好をしないといけないってことか?
俺は恐る恐るクローゼットに近づき、中の服を確認したが、案の定フリルやリボン一杯の衣装ばかりで、まともな服はない。自分で選んで着ないといけないのか。これまではこいつに無理やり着せ替えられていたから、それでなんとか自分を納得させていた。「逆らえないから仕方なかった」と。自分でかわいい女物の服を着て女装させられるとは……。きつい。できればあんまり女女していない服がいいけど、かわいくないと駄目なんだっけか。でもかわいいコーデとかわかんねえし……既に一式揃っているやつがいいか?
上から下までそろっているセットは二種類。女児向けアニメのピンクの魔法少女コスプレ衣装と、スカートがフリルで彩られた、青と白のエプロンドレスだ。不思議の国のアリスの服だ。どっちもカチューシャから靴まで一式揃っている。どっちも着たくない。男として。でもグダグダ迷って月夜の気分が変わってもまずいか。この二択なら……アリスがマシ……かな?あのコスプレは流石にちょっとな……。
「これで……いいのか?」
青いリボンつきのカチューシャに、長袖のエプロンドレス、縞模様の二―ハイソックス、茶色の靴。状況的に仕方ないとはいえ、自分の意思で女物の服、それも小さい女の子向けのような衣装をここまでしっかりと着こまされる羽目になるなんて……。この屈辱は忘れられそうにない。
「わー、かわいい!」
月夜は拍手して俺を褒めた。俺は鏡で自分の姿を確認した。長い栗色の髪を広げた、とてもかわいらしいアリスの人形が呆けた表情で映っている。……ってかわいらしいってなんだ!俺だぞこれは!……確かになんか似合ってるけど……いや似合ってない似合ってない!こんな格好させられて満更でもないなんて変態か俺は!俺は頭を抱えてのたうち回った。
「合格だねー」
ボワン!という音とともに、俺は煙に包まれた。煙が晴れると、俺は子供部屋にちょこんと座り込んでいた。目線が……こいつと合う!てことはもう人形サイズじゃない!元に戻れた!?
俺は勢いよく立ち上がったが、俺の視界にはエプロンドレスが波打った。げっ。もしかして今女装状態か?腕で胸を確認しようとしたところ、背中を流れる髪に触れた。まさか……胸がある。固いフィギュアの突起ではなく、柔らかい人間の……女の胸だった。
「えっ……あっ」
俺は真っ赤になって自分の胸から手を離した。座り込んで、スカートの中に手を入れ、股間をまさぐった。ない!だがフィギュアの滑らかな曲面でもない!アレが……女性器がある!
「女になってるーっ!?」
俺の口から飛び出た絶叫は、高くて甘い、かわらしい少女の声だった。
月夜はなんだかあきれたような眼差しで俺を見ていた。「元から女になってただろ」とでも言いたげだ。元に戻る……って思ってたのに。いや、確かこいつは、「人間になれる」というおかしな表現をしていたな。「元に戻る」んじゃなくて、人形の時の姿で人間に変身するってことか!?
「じゃあ、あたしがママねー」
月夜は玩具箱から人形を取りだして言った。ああそうか、ままごとするって約束してたっけ……。とにかく落ち着け俺、まずはここから逃げ出すことだ。後のことはそれからゆっくり考えればいい。
「……月夜ちゃん、喉乾いてない?」
「んー……別に」
「俺、ちょっと何か飲みたいから……ジュース入れてきてもいいかな?」
恐る恐る、内心を悟られないよう祈りながら、たずねた。
「いーよー」
よしっ!
俺は心臓が鼓動を早めてバクバクいっていたが、冷静に、ゆっくりと部屋から出た。落ち着け……まだあせるな……。階段を下りると、右手に玄関がある。親は今いないみたいだ。俺は足音を立てないよう、ゆっくり慎重に、一歩ずつ玄関へ向かった。ふー……。
扉の鍵を、音を立てないようにそっと回した。カチン、と音が鳴り、俺はビックリして全身に怖気が走った。
(大丈夫……上まで聞こえてない……はず)
チェーンをゆっくりと慎重に外し、ついに扉を開いた。目の前に世界が広がった。夕暮れ時で空は赤く染まり、人通りはない。
(……よしっ!)
俺は大きく息を吸って、一気にダッシュしてこの家を飛び出した。ここがどこかはわからなかったが、遠くに見える建物の影から、同じ市内なのは間違いない。今はとにかくこの家から離れることだ。俺はあらん限りの体力を振り絞り、走り続けた。
息切れして俺は立ち止まった。
「はあ……はぁ……ふう……」
後ろを振り返ったが、追手の気配はない。やった!やったぞ!逃げ出せた!ざまーみろ!
あとは、家に帰るだけだ。でももしあの子が追ってきてて出くわすとまずいな。遠回りになるが、大きく迂回していこう。俺はまた走り出した。
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