第十三話~中庭の悪夢~

 中庭にたどり着くと、とんでもないものが目に映った。


「…………お父様、一体何をしているのですか?」


「……いやなに、これから絞首台に立たされるかもしれないお前に祈りを捧げているのだ」


 まるで悪夢のような光景だ。こんな光景、見なくなかった。

 ……それが祈りをささげる人の姿ですか? アホすぎる。あ、ここはバカゲーの世界だった。


 お父様はなんと、地面に埋まっていた。ほかの人が聞いたら「こいつ何言ってんの?」と言われてしまうかもしれないが、目の前の光景はそうとしか言えなかった。

 頭から下が地面にすっぽりと埋まっていて、目を閉じて祈りをささげるお父様。

 なんてシュールな光景なんだろう。

 あまりの光景に頭を抱えていると、庭師のポルチオが現れる。


「またですか、旦那様。いい加減庭に埋まる癖を直してください。後処理するのはワシなんですよ」


 と言いながら、興奮気味に息を荒げてニタニタするポルチオ。どっからどう見ても変態にしか見えない。

 事件についてよりも、この家の人間が頭のネジが外れすぎている人ばっかりで集中できない。そっちの謎のほうが気になるんですけどっ!


 っと、そんなことは言っていられない。人形をバラバラにした犯人を見つけ出さなければ、本当に絞首台に立たされるのだ。

 それだけは嫌だ。私はまだ死にたくない。

 というか、6歳児が絞首台に立たされる世界っていろんな意味でやばいよね。さすがバカゲーの世界だ。あれ、乙女ゲーだったっけ?


 関係ないことに頭を悩ませていると、ポルチオがどこからともなくシャベルのような何かを取り出して、お父様に土をかけ始めた。

 お父様はお父様で「うっぷ」とか「うげぇ」という声を漏らしながらもやめろとは言わなかった。ひたすらに目を閉じて祈りを捧げている。

 口元が埋まってきて、ちょっとヤバいんじゃないのと思えるぐらいになった時、中庭にゼバスがやってきた。

 ゼバスは無言でお父様に近づいて、首根っこを引っ張って、地面から引っこ抜く。


「旦那さま。家族会議まで時間がありません。そろそろ着替えてきてください」


「っむ、もうそんな時間か。仕方がない、戻るか」


 え、もうそんな時間? 慌てて空を見上げると、日が傾いてきていた。もうすぐ日が落ちる。すると家族会議が始まってしまう。私はまだ証拠を集めきれていない。なんとしてもここで情報を手に入れないと。


「お父様、ゼバス、ポルチオっ!」


 声を張って三人に声をかける。

 無視された。


 なんで無視するのよ。意味が分からないんですけどっ! あれか、私がもうすぐ絞首台に立たされるからか。そうなのかっ!


「ワシは何も見ていませんぞ」


「お嬢様、私は昨日、厨房にて後片付けをしていました」


「俺はいつも通り朝まで仕事してたぞ」


「私何も言ってないんですけどっ! というか、なんで私が聞きたいことが分かっているのっ!」


 ちょっとどころかかなり驚いた。なんなのこの人たち。エスパー?


「なんで不思議そうな顔をするのかわからんが、さっきシルフィーが俺たちのところに教えに来たぞ」


 お母様、私の後ろにいたんだよね。なのになんで私より先に中庭にいるお父様やポルチオ、ゼバス達に情報伝達してんの。

 なんだかお母様が怪しく思えてきた。あの人、実はすごくやばい人なんじゃないだろうか。


「……状況はわかりました。それで何か見ていませんか」


「俺は何も……いや、一つあったな。アンが奇声を上げていた」


「私も何も……そういえば、アンが奇声を上げていましたね」


「ワシは中庭で庭いじりをしていましたが、ディランしか見ておらん……そういえば、屋敷のほうからアンの奇声が聞こえてきましたのう」


「奇声って、あの駄メイドは何をやらかしたのやら」


 奇声を上げる程の出来事でも起こったのだろうか。私はその奇声を聞いていないから、きっと寝た後のことなんだろう。

 これは何かしらの証言になるのだろうか。ならないような気がする。

 まあ、覚えておいて損はないだろう。


「では、俺は行くぞ。ついてこい、ゼバス」


「了解しました、旦那様。ではお嬢様。また後で」


「ワシは旦那様が埋まっていた場所を整備しなければいけませんので」


「ごめんねポルチオ。私もすぐにこの場から離れるわ」


 ポルチオに「ありがとう」と一言お礼を言って、その場を離れた。

 これで一通りの証言を手に入れることが出来たのかな。

 そういえば、半蔵はどうなったのだろう。

 無事にトイレに詰まった何かを回収できたのだろうか。


「むふー。最高でござるっ!」


 中庭から屋敷の中に向かう途中、茂みの奥からそんな声が聞こえてきた。

 半蔵? なんでこんな場所にいるのかしら。

 気になって茂みをかき分けると、見たくない光景が目に映った。

 私の下着に顔を埋めながらスーハーとにおいを嗅ぎ、これまた私のいかがわしい写真を眺めてニヤニヤする半蔵の姿。

 こいつもこいつで頭のネジ外れているな、おい。


「ねぇ半蔵。そんなところで何をしているの?」


「あっひゃい、あああ、主殿っ! こ、これは……」


 私に気が付いた半蔵は慌てて手に持っていた下着やら写真やらを隠そうとする。

 だがそんなことはやらせない。慌てる半蔵を押さえつけて、事情を聴くことにした。


「半蔵、あなたにはアンが捨てたものを回収するように言ったわよね。なのにこれは……。どういうこと」


「こここ、これには事情があるのでござるっ!」


 涙目になりながら、わめく半蔵を見て私は溜息をついた。

 いったいどんな理由があればこんなことになるのだろう。

 ここは主として言い訳ぐらい聞いてから処分してやろう。


「トイレに詰まったものを回収した後、主殿の近くに行ったでござる。そしたら何やら話し込んでいる様子。邪魔しては悪いと、詰まったものについて調べたのでござるよ」


「うん、それで?」


「しっかりと防水加工された箱の中には梱包材と鍵が入っていたでござる」


「いや、ちょっと待て。防水加工された箱って何?」


 そんなもの、トイレに流そうとしたら詰まるどころか流れないだろうに。さすがにアンもそれぐらいわかるだろう。回収したものについて早く教えてほしい。


「やや、説明がおろそかになっていたでござる。トイレに詰まっていたもの、それは防水加工されたちょっとお高めの箱だったでござるよ」


 はい、あいつは馬鹿確定だ。んなもの、トイレに流そうとする奴の気が知れない。

 ところで中にあった鍵ってもしかして……。


「何やら察してくれたご様子。入っていた鍵は主殿が気になっていた黒い何かのカギだったでござる」


「よくやったわ半蔵。なでなでしてあげる」


「わっふー、うれしいでござる」


 気持ちよさそうに目を細める半蔵を撫でまわした。まるで犬を撫でている気分になってくる。

 しかしまあ、あの黒い何かの中身を知ることが出来るなんて。


「あの黒い何かの中には、主殿の下着とこんな写真が入っていたでござる」


 そう言って半蔵が見せてきた写真に、私はぎょっとした。

 だって、見せつけられた写真のすべてが寝ている私で、服がはだけている。というか脱がされているよね。

 ヤダ何これ、すごく怖い。


「あのメイドが撮影していた写真でござる。なかなかいい趣味しているでござるよ」


「あいつ、即刻クビにしたいんだけど、どうにかならないかしら」


「あの程度なら犯罪にならないでござるよ」


 この世界の法律はいったいどうなっているのだろうか。日本なら、盗撮とかストーカー的な感じで訴えることが可能だと思う。しかも、寝ている私に悪戯しているんだよね。

 わいせつ罪も付け加えられるんじゃないかしら。素人の考えだから実際にどうなのかわからないけど、これだけ証拠があれば、必ずしょっ引ける気がする。


「あと、こんなものもあったでござる」


 そう言って半蔵が見せてきたものは、小さくて透明な袋に白い粉だった。

 これ、麻薬じゃないの? どっかたどう見てもそうだよね。


 前世の私は、よくテレビを見ていた。たまにやっている警察密着取材的なのは、結構大好物な番組だったりする。

 半蔵が見せてくれたものは、その特集番組で警察に捕まっている犯人が持っていた麻薬によく似ていた。


 あまり考えたくないけど、あいつはもうだめかもしれない。もし、私が助かったならば、あいつを更生させようとひそかに誓った。


 半蔵と話していると、日が落ちて、あたりが暗くなってくる。

 ああ、家族会議の時間が来てしまった。もう情報収集もできない。今持っている情報と証拠だけで、今の状況を打破できなければ、本当に絞首台に立たされてしまう。

 それだけは、なんとしても避けたい。そう思ったら、自然と拳に力が入った。


「主殿、大丈夫でござる」


 半蔵が励ましの声をかけてくれる。その言葉だけで、少しだけ勇気が湧いてきた。


 今回起こったのは私の人形バラバラ事件。一体誰がこんな無残なことをしたのか。

 そしてなぜ、私に罪を擦り付けようとしたのか。まだ不明な点はたくさんある。

 だけど、これを乗り切らなければ私が破滅してしまう。


「よし、やってやるぞっ!」


 悪役令嬢ヘンリー。現在6歳。破滅回避のために頑張りますっ!


 頬をたたいて気合を入れた後、半蔵と共に家族会議が行われる食堂に向かった。

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