第4話 部活が強制的に決まってしまった悲しみに

放課後HRにて

「そういえば、田中は部活申請がまだだな?」

柳生先生が俺の机の上に入部届を置く。

「へ?」

そう言われてみれば、

部活は考えたことがなかったな。

「ちなみにこの学校は部活は強制でな。

何らかの部活に入らない場合は」

「場合は?」

「私専属のサンドバッグになってもらうことにしている。」

柳生先生はヒュッと軽く腕を振る。

その瞬間、ビュッ!!

激しい風圧がほほを撫でる。

「えっと、それは断りたいと言うか。」

「だが、締切は今日の16:00までだったのだがな。」

入部届を見ると、

受け取り締切X月Y日16:00まで、

それ以降は強制的に柳生部に入部したものとみなす。

そして前の時計を見ると

「あと3秒じゃないかっ!!!」

筆箱からボールペンを取り出すまでもなく、

時間切れ。

「というわけで、柳生剣術部、

もとい私のサンドバッグになってもらうからな。」

意味が分からんが、まぁこれは俺の不注意と言うべきか。

「マリアは?」

「私も同様です。」

隣の席のマリアは白紙の入部届をピラピラと見せる。

「ふぅ。良かった。」

「言っておくが、マリアは殴る方だぞ?」

「へ?」

「当たり前だろ、

マリアは既に卒業生程度の力を持ってる。

私が一々指図するようなものでもないさ。歳も」

「柳生?」

マリアがペン回しをしていたペンをヒュッと

見えない速度で柳生先生の脳天めがけて投げ飛ばす。

「っと。」

軌跡は全く見えなかったが

マリアが投げたペンは柳生先生の人差し指と中指に挟まれていた。

「年齢の話はNGです。

私はJK! 女子高生なのです。」

「あー、そうだったなー。」

柳生先生がニヤニヤしながら再びペンを投げ返す。

速いせいで全く見えないが再びマリアの両手にすっぽりとペンが収まっている。

「それでは早速今日から部活を始めるとしようか。」


「き、キツい。」

ドッと体から力を抜けて床に膝がつく。

「全く。スサノオの刀を使ってもこの程度か。」

「刀の力を全く引き出せていないので

将来性はあるかと。」

マリアがさりげなくフォローを入れてくれるが、

確かにそのとおりだ。

刀の重さに振り回されるだけで

全く使いこなせている感じがしない。

「まずは基礎体力の強化が先か。」

かくして柳生先生との楽しい楽しい部活がはじまるのだった。


2週間後 

何時も通り武道場に向かい、

部活、と言っても柳生先生のシゴキなわけだが

「それじゃあ、私と試合してみるか。」

などと言ってきた。

人の慣れとは恐ろしいもので、

土日関係なくしごかれつ続けた結果、

打たれ強くなっていた。

自分でも不思議なぐらいだ。

スサノオの力ってやつなのかもな。

「マリア、囮役を頼むぞ。」

「私に助けを求めないでください。無理ですから。」

「いや、別にお前が一緒でも構わないぞ。

というか、お前も参加しろ。

これは強制だ。」

「仕方がありませんね。」

マリアが今度は柳生先生に合わせてか

赤色に輝く西洋風の剣を取り出す。

「当然、この刀を使わせてもらうが。」

「この戦闘狂。」

「それは私に取っては褒め言葉だ。」

柳生が太刀と脇差を取り出す。

それと同時に赤色のまばゆい光が柳生先生の体を包む。

「柳生真陽流皆伝、柳生斬繪 参る!!」

「突っ込んで来ませんね。

狂ってる割には冷静なのがまた厄介な。」

「当然だろう、光剣のマリア。

お前相手にそう簡単に取れるとは思ってないさ。」

「光剣?」

「あぁ、マリアは昔は」

「やめてください。」

ヒュッ!

俺のすぐ横に赤い軌跡が走る。

「ふん。」

柳生先生が脇差で赤いレーザーのようなものを弾く。

いや、剣撃だったのかも.…

多分だけど。

「全く、いずれは分かることだろう。」

「あなたには関係ありません。」

「それもそうだな。」

「ですから柳生はただ見守って居て下さい。」

「分かった。生徒を見守るのも先生の役目だな。

と言っても大きい生徒だけどな。」

「だから年齢のことは言うなっ!!」

バッと何かが横を横切った感覚を感じた瞬間、

この前とは比べ物にならない程の光をはなつ剣が

先生の刀とぶつかったのが分かった。

マリアが一瞬で柳生先生に斬りかかったのだ。

「こうでなくてはな。」

柳生先生の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。

戦闘狂か、的確なたとえだな。

「今です!」

マリアがぐっと柳生先生の刀を抑え込む。

号令にわずかに遅れて飛び出し

「はぁっ!!」

思いっきり刀を突き刺す。

「甘い!」

太刀を一瞬で切り返し、

マリアの光剣を弾くと同時に脇差で俺の刀を受け止めていた。

「だが、息は合っているな。」

「ぐっ。」

片手の脇差で刀を受け止めていた。

すごい膂力だ。

あの夜の女子とは比べ物にならないほど力が強い、

まるで巨大な岩か何かに刀を押し付けているような感覚すらある。

「田中は強くなったとは思う。

私は嬉しいぞ。」

そう言いながらも脇差を払う。

流石に受けきれず床を転がる。

同じく太刀を抑え込んでいたマリアも飛び下がる。

「マリア、大丈夫か?」

「はい。執事ですので。それにあなたの方が満身創痍ですよ。」

そう言うマリアの顔には冷や汗が滲んでいる。

「まぁな。強すぎるだろ。」

「当たり前だ。私は試合には手を抜かないからな。」

「大人げない。」

「何とでも言え。

皆伝者が下手に手を抜いて負けでもしたら流派を汚すことになる。」

「それに」

柳生先生が武道場のいくつかある入口を見る。

「いつの間にこんなに」

集中していて気づかなかったが

いつの間にか生徒が集まっている。

それに.…

あの入学初日に俺を締め上げた奴もいる。

何かすごい先生を応援してる気が、いやしてるな。

「私もこうなっては引けないからな。

暑いし、早めに決着を付けるぞ。」

柳生先生が太刀と脇差を交差させて構える。

柳生先生の剣は速すぎるせいで構えから攻撃が全く予想は出来ないが、

やるしかない。

本当に大人げないけどね、柳生先生は。

「行くぞ。」

いつの間にか一足で踏み込める位置まで間合いを詰めていた、

柳生先生が床を激しく蹴る。

柳生先生の姿が消え

それと同時にミシッと床が割れるような音と共に

俺の背中から体が床に叩きつけられた。

「っ!」

体が床から跳ね上がる瞬間に

柳生先生は既にマリアに斬りかかっている。

「ガッ」

空気が一瞬で肺から抜けていたせいで全く声が出ない。

その一瞬の間に数十、いや数百もの剣戟が交わされ、

マリアの光剣が弾き飛ぶ。

「やはりまだ早かったか。

だがお疲れ様だったな。」

柳生先生が太刀と脇差を収める。

「すいませーん!」

武道場を覗き込んでいた女の一人が声を響かせる。

体育会系の響く声だ。

「どうした?」

「私達、転部希望なんですけど。」

「ほぅ。面白い。

私が顧問を務めると知っていて?」

「はい、柳生先生みたいな素敵なオトナになりたくて。」

「そ、そうか。それなら今サインをして。」

柳生先生が入部届を数枚受け取る。

「この3人分もよろしくお願いします。」

「分かった。」

柳生先生はササッと相変わらず速筆とか言うレベルではなく、

素早く赤ペンを滑らせる。

「よし、それでは今日から君たちは部員だ。

と言いたい所だが、

あと2人はどうしたんだ?」

「多分、退部の挨拶だと思います。

色々規律に厳しい部活もあるって聞きますし。」

「そうか、それでは明日からは来るように言っておいてくれ。」

「了解しました。

それで、私は今から稽古付けてもらっていいですか?」

「良いだろう。」

柳生先生がニヤリと笑うのが見えた。

誰かは知らないがご愁傷さま だな。

って、頭クラクラする。

さっき割と強く頭打ったせいかな。

ここ2週間で体は頑丈になったはずなんだが。

「行くぞ。」

マリアがまだ立ち上がれない俺をずるずる引きずって

場外に引きずり出す。

それと同時に柳生先生と体育会系女が全身から赤い光を放ち始める。

「すごい。」

マリアが女の方を見てつぶやく。

「マリアより光の強さだけなら上か?」

「えぇ。あの感じからして身体能力だけなら私より上でしょう。」

「そうなのか?」

「ですが、あの柳生相手にどこまで出来るか......」

「まぁ な。」

柳生先生は何というか、素人目に見て別格だ。

マリアは確かに超人じみているが、

柳生先生はさらにその数段上な感じがする。

「3年A組 玉城梢恵 行きます。」

玉城と名乗った女がボクサーのように拳を構える。

いつの間にか赤色のグローブ、いや籠手がはめられていた。

「格闘家か。剣とのリーチの差は理解しているのか?」

「勿論です!」

斜めにステップを繰り返しながら高速で柳生先生へと迫る。

「ふっ!」

一息で数十発ほど打ち込まれた金属製の籠手と

刀が衝突する音が響き渡る。

その音が鳴り終える瞬間には既に

玉城は太刀の圏内からは飛び下がっていた。

「これじゃあ、一撃も入れられないか。」

玉城の額に汗がにじむ。

「安心するがいい。

脇差は抜かない。

安心して踏み込んで来い。」

柳生先生が脇差をマリアへと放り投げる。

「そう ですか。」

玉城は若干躊躇しつつも、

思い切りは良いのか一気に踏み込む。

「っ!」

それと同時に柳生先生が刀を返し、

刀の頭での打撃を素早く繰り出す。

「だがこの刀は全て使わせてもらう。」

「グエッ!」

「中々大人げないな。」

玉城の体がまるでバネで弾き飛ばされたかのように

武道場の壁まで吹き飛ぶ。

だが見ると受け身を取ったのか

武道場の端っこで大きな息をしながらも

玉城は既に起き上がっていた。

凄い反射神経だな。

「田中よりは体力があるようだな。」

「流石に一緒にしないでほしいんですけど。」

玉城が少し嫌そうな顔をする。

俺とあいつじゃあ身体能力に差がありすぎる。

「流石にお前ごときでは、私の生徒には及ばないか。」

「挑発のつもりですか?」

「いいや、あいつはまだまだ伸びるぞ。」

「この前まで普通の中学生だったあの子が?」

「当然だ。

玉城、お前も分かっているんだろう?

お前に無くてあいつにあるもの、それが弟みだ。」

「っ!! 意味が分からないけどムカついて来ました。」

「良いぞ。その目だ。」

玉城の全身を纏う赤い光が

赤から真紅へと変化していく。

それと同時にさらに速さが上がったのか、

ビュッという風を切る音と共に

さっきより数段激しい籠手と刀の衝突音が響き渡る。

剣戟も、拳の振るう速度も全く見えない。

だが、衝突の音だけがただ武道場に連続音のように響き渡る。

「マリアもあれぐらい出来るのか?」

「ギリギリ ですね。」

マリアが少し苦い顔をする。

「ですが、柳生はかなり余裕を持ってさばいていますね。」

「俺には全く見えん。」

「そうですか、体だけではなく目も鍛えないといけませんね。」

「お手柔らかに頼むよ。」

あの激しい打ち合いで少し汗ばんで

女性らしい物凄く危険な香りを漂わせてくるマリアから少し離れて立つ。

既に成人しているマリアは、

中学の時の女子共とは違って

鼻孔から脳に直接危険な信号が送られてきやがる。

「どうして私から離れるのです?」

「暑いんだよ。さっきちょっと動いたし。」

「それはそうですが。」

どうやらマリアは全くそんなことに気づかないらしく、

?という顔をした後、

玉城と柳生先生の激しい打ち合いに再び目を戻す。

だが既に決着は着いたな。

柳生先生が全く同じペースで刀を振るうのは変わらないが、

玉城の方は完全にペースが落ちている。

それに数発ほど刀の打撃を受けたのか

体操服らしいがあちこち破れている。

「っ!」

柳生先生がついに玉城の腕を打ち上げる。

「くっ!」

そして玉城の首元に刀が突きつけられる。

「終わり だな。」

「参りました。」

玉城が両手を上げる。

それと同時に柳生先生が

ぽんっと玉城の頭の上に手を置く。

「見事だった。期待しているぞ。」

「っ~~~」

玉城が頬を赤らめる。

本当に柳生先生にほめられて嬉しそうだ。

「それではな。今日はちゃんと休むんだぞ。」

柳生先生が刀を背中に戻して、

マリアから脇差を受け取ると

腰をポンポンと叩きながらさっさと武道場を出ていく。

全く息切れしてないのが恐ろしいな。

何はともあれこうして俺達は新入部員が3人増えた。

新入部員が全員上級生っていう不思議な部活だが

ここで頑張って行きたいと思えるようになっていた。

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