ムエン様の縁結び

言無人夢

第1話

 それは昼休み。いつも通り、薫子と机を合わせてお弁当を食べている時のことだった。

「綾香さぁ、好きな人でもできた?」

「…………」息が止まるかと思った。「え、何でそんなこと急に?」

「何でって……、今日のあんた結構変よ。自覚ないの?」

 自覚はなかった。けれど図星ではあった。

「……で、もしかしてその相手って有川?」

「……ま、」図星二回目。「まさかぁ――」

「まぁ、そうだよねぇ……あの有川は流石にないですわな」

「……」

「なんせあいつってブサイクで根暗だし、みんなからイジメられてるし……それに、ほら知ってる? 中学の頃、あいつプールの時間に女子更衣室を盗撮してたらしいよ」

「……たかが噂でしょ」

 そう、あくまで噂。もし仮に本当だったとしても、そんなの、私が有川くんを好きなこととは何の関係もない。

 叫び出したいほどだった。それほどまでに、私は有川くんが好きなのだった。

「でもそっかぁ、高嶺の花な綾香にもついに恋の季節が」

「高嶺……って何よ」

「だって綾香って、ずっとモテてたじゃない。小学校でも中学校でも……だからまぁ、あんたが告白すれば男子なんて即オーケイするんじゃないの」

「……」

 そんなわけないじゃんと思った。

 高嶺のなんたらは知らないけれど、確かに私は顔が良い。そのくらいの自覚はある。

 でもだからこそ、向こうから釣り合わないと思い込まれてしまったら、それだけで私の恋はオシマイなのに。

「しっかし本当、親友として不覚ですわ……綾香が恋してること、全然気付かなかったんだもの……」

「だから別に――」

「ってか、いつからなの?」

「いつからって――」

 言葉に詰まってしまう。いつからだろう……特にきっかけとかの記憶はなかった。

「大体おかしいんだよね……今朝から妙に挙動不審だなとは思ったけど、昨日は全然だったし……ひょっとして。突然、恋の魔法にかけられちゃったとか?」

「まさか」

 会話が気まずく途切れる。

「うーん」と勿体ぶって。「……でも綾香がマジ悩みなら、教えてもいいかな」

「……何を?」

「ムエン様の縁結びって、知ってる?」

 薫子の話してくれたところによれば、ムエン様というのは、街外れの寺のかなり古い墓石のことらしい。

「いくつかの石が組み合わされてできてて、微妙な隙間がたくさんあるのね。そこに、」

 好きな人の名前を書いた紙を挟み込むのだ、と。

「……」私は呆れ混じりに。「何それ、恋のおまじない?」

「まじないなんてレベルじゃないのよ。もはや都市伝説。なんてったって百パー、確実に、効くんだから。ほとんど洗脳だよ」

「効くって?」

「相手が自分のことを、ほとんどストーカーレベルで好きになってくれるんだってさ」

「……」

 内心バカにしてたつもりだったけど、少しだけ興味が出てきた。しかしそんな私の沈黙をどう捉えたのか。

「あ、やっぱ怖い?」、と。「自分で言っといてナンだけど、やっぱりこの話、実際に試すには少し怖過ぎるよね」

「……え」

「だってさ。好きな人に好きになってもらえるって、言葉にしてみればキレイだけど。他人の気持ちを捻じ曲げて無理やり両想いにしちゃうんだよ?」

 そういうのってレイプみたいなもんじゃん、と。

「……」

 それのどこが悪いんだろう、と思った。

 両想いなんて現実にはまずあり得ない奇跡みたいなもので、それこそ呪いじみた都市伝説にでも頼らなくちゃ、ハッピーエンドなんかどこにも用意されてないんじゃない、って気がする。

 そんなことを考えて、黙り込んでしまった私を前に。

「まぁでも、綾香が本気で――魂を売ってでもその人と結ばれたいって思ってるなら。試してみなよ」

「……そこまで脅されたら、流石にやんないよ」


 そんな話をした翌日。しかし居ても立ってもいられず、私は『ムエン様の縁結び』とやらを試してみた。

 本当の本気で、私は有川くんと結ばれたかったのだ。

 彼の名前を書いて深夜のお寺に一人で行き、コケまみれの生臭い墓石に紙を挟み込んでくる。

 冷静に考えてみれば馬鹿馬鹿しいそんな行為を、妙な熱心さで、私は執り行った。

 そして、


 驚くべきことに、結果は大成功だった。

 週末にはまさかの有川くん本人から告られ、そのまま付き合うことになった。

 有川くんは私に優しくしてくれた。

 有川くんがイジメられていたのも、私と付き合い始めたことで何となく立ち消えになった。

 出来事は、すべてが順調に思えた。

 そうしておよそ一年ほどが経つ頃。


「そういえばムエン様、先週取り壊されちゃったらしいよ」

 と、今年も同じクラスだった薫子が教えてくれた。

「……え」私は驚いて。「お墓って取り壊しとかあるの? 遺族とか怒るんじゃない」

「あるよ。そもそもムエン様って、本当は『無縁仏』って言って、身寄りのない人とか犯罪者とかをまとめて供養するお墓らしいのよ。だから抗議もなくあっさり」

「……」

 念のため。自身の書いた紙を隠しに行ったほうが良いのかな、と思った。

 他人の気持ちを勝手にいじくった後ろめたさが、未だ私の中に残っていた。

 早速その日の放課後。夕暮れのお寺へと忍び込み、私はムエン様の残骸たる瓦礫を漁った。

 存外、ムエン様の都市伝説は有名だったらしく、誰かの名前が書かれた紙がそこら中に散らばっていた。

 それらすべてが他人の気持ちを無理やり変えた記録だと思うと、少し寒気がした。

 一枚、一枚開いて。自身の書いた有川くんの名前を探す。

 そして、


 森倉 綾香

 

 と、自分の名前が書かれた紙を見つけてしまう。

「……」

 その意味を考える。見覚えのある筆跡。

 ムエン様も百発百中じゃないのかな、と思った。

 次の瞬間、そうじゃないのだと気付いた。

「……いつから、」

 いつから私は、有川を好きになったんだっけ。

 きっかけも理由もなく……どうして、あんな最低な奴のことなんか。


『突然、恋の魔法にかけられちゃったとか?』


 夕陽が沈み。仄かに震え始めた私の四肢は暗い沈黙に包まれる。

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