第九話 宴
青儁は大勢を引き連れた俺達を厚くもてなした。勿論、善意だけではない。戦時でありながら、義勇兵の劉星達に三日間、歓迎の宴を開いた。
豪勢に用意された肉や魚。酒が振舞われた。特に林沖は専属の世話役がつけられ、丁寧に扱われた。
「さ、もう一献どうぞ」
「いや。もう酒はいい」
世話役の女の酌を断る林沖。
俺は水杯に口をつけ、舌に残る肉の味を洗い流す。こんがりと焼いた牛のもも肉に濃厚なタレを塗ってさらに焼く。そして食べるときにもタレをかける。
実に濃厚、濃厚すぎて胃もたれがおきる。正に南部の味付けだ。
劉星やハミルカルは雑談をしつつ、食事を楽しんでいる。不比等は豪快な飲みっぷりで、酒樽を空にしていった。
「劉星殿、わしはファビウスを討つつもりだ」
「なるほど。しかし、マクシムスはどう対処するおつもりですか?。大敗したとはいえ、曲陽にいる六万はとてもあなどれません」
「無用な心配となる。書状が届き、皇甫援殿が十一万の兵を率いてマクシムス討伐に出た。その中には、あの悪童も加わっていると書いてあった」
「悪童とは?」
「知らぬか? ヴィルヘルム・ラインハルトだ」
「⁉」
俺は水杯を落としかけて林沖の顔を見た。
平静を装っている。しかし、内心は青筋をたてて怒っているように見えた。名前を出すだけでも林沖は男を嫌っていた。
「汝南には許徳(シュ・デェア)という人物眼に優れた者がいる。ラインハルトはわざわざ彼を訪ねて聞いてみたことがあるそだ。許徳は口ごもり、一度目の質問は答えず、二度目も口を開いただけで答えなかった。すると、ラインハルトは自分の口を開いて舌を出して指差した。そして言ったそうだ。
『人物を見るのに両目は必要だ。だが、それを教えぬ口ならば舌は必要ないだろう』と」
「………………………………」
「許徳は静かに答えた。『あぁ。貴方は治世の能臣。乱世の奸雄だ』だとな。ラインハルトはいたく喜んだそうだ」
あいつの数ある逸話でよく聞く話だ。
二十歳の時に、ニルバーに推挙され出仕し、王都の北部尉に任じられた。
着任早々、県役所の四方の門において七色の棍棒、数十本を立て連ねた。禁を犯す者があれば貴人豪族、挙句の果てに皇族の外戚であっても容赦なく処罰した。
十常寺の蹇碩の叔父が夜間に帯刀して力づくで通行しようとしていたのを、巡察中のラインハルトはひっ捕らえて罰棒、打擲百打を喰らわせた。蹇碩の叔父はシッョクで死に至った。
それにより城の内外であえて禁を犯す者はいなくなり、威名がすこぶる轟いた。
後に頓丘の県令となった。紅布の賊が起きると騎都尉に任じられた。歩騎五千を率いて潁川へ加勢に馳せつけた。
おりしも、敗走してきたマクシムス、ファビウスと鉢合わせ、退路を遮って縦横無尽に斬りたてた。挙げた首級は一万余。旗印・銅鑼太鼓・馬などをおびただしい数を奪い取った。
ラインハルトは皇甫援と合流して、辛くも落ち延びたマクシムスを追っているという。
「曲陽はマクシムスにとって最後の決戦の場となるだろう。負ければ逃げ道はない」
「ファビウスに援軍を出させないためにも、攻めるべきだと青儁殿はおっしゃるのですね」
「皇甫援殿やラインハルトに手柄を独り占めにされたくない。マクシムスを討てば取って返してファビウスを討伐しにかかるだろう」
「慧眼です。我ら三兄弟、青儁殿に協力しましょう」
「おお! ありがたい!」
青儁は立ち上がって、酒杯を頭上に掲げて叫んだ。
「若き英雄が共に戦ってくれるぞ! 大帝國に栄光あれ! 皇帝陛下に勝利を捧げるのだ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」」」」」
出席者達が盛大に呼応して酒杯を上げた。
「なぁ、兄貴。どっちが敵を多くぶった斬るか勝負しねえか?」
「賊相手に名誉はないぞ」
「褒賞は出るだろ」
「……ふむ。ならば兄上に勝利を捧げることにしよう」
「皇帝はいいのかよ?」
「私が尊ぶものは天と地と兄上だけだ」
ハミルカルが聞き捨てならない事を言っているが、黙殺することにした。
「あいつも、出てきたか………」
「冷静になれ」
「冷静になれ、だと?。なれるものか。私だけでなく小倩にまで魔の手を伸ばした金髪の女狂いめ。次に会ったら、首を刎ねる前に股のものを突き刺してやる」
「不快な目にあったのは俺も知ってる。ただ、時と場所は選んでくれ」
「できるものか」
「未然に防いだ」
「また狙ってくる」
「なんで分かるんだ」
「小倩は良い女だからだ」
「それは林沖も同じだ」
「世辞はいい」
やれやれ。無自覚にも程がある。
俺は話を切り替えることにした。
「避難民は青儁殿が引き受けてくれることになった。俺達はどうする?。ファビウス討伐に加わるのか?」
「青儁殿から助力を乞われた。まだ返事をしていないが、気になることがある。父上の事は心配なのだが」
「気になること?それはいったい」
「.............『冬器』だ」
予想外の言葉に俺は首を傾げた。
『冬器』とは『命を奪う道具又は武器』の総称である。いわゆる、剣や槍、弓に斧がそれにあたる。
この世は天が創った。天は人間に四つの『呪い』を授けた。『冬器』『夏器』『春器』『秋器』である。
この世界では何かを殺すには『冬器』でなければ殺せない。刃先鋭い農具であろうと、冬器でなければ骨は折れ、肉は裂けても命までは奪えない。致命傷は決して与えられないのだ。
質の悪い冬器は無数に出回っているが、上質の冬器は大半が国によって管理されている。
「紅布賊の剣や槍、銘こそ刻まれていなかったが、質は悪くないものだ。それをあれだけ集めた。全土に何十万という信徒がいるとしても、平民だけで集められると思うか?」
「.................それは無理だ。集められるとしても下っ端の兵士にまで回すほどの数は不可能だろう」
「にも関わらず、末端の兵の剣や槍は、それなりのものだった」
「横流し、もしくは密売を行った奴がいる。それも、官軍側の人間」
「それを見極めたい」
「なら、そうしよう」
林沖が焦りを振り切り始めていることに、俺は喜んだのだった。
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