バイク乗りと少女による夏物語。
@siosio2002
動き出す時間
蝉時雨をかき消す様に爆音が流れていった。初夏の風で制服のスカートと長い黒髪がなびく七月のある日、昼前のこと。
朝起きて、朝食を食べ、歯を磨き、制服を着て、いつもの様に家を出た。今日こそは学校に行こう、そう決めていたはずなのにまたサボってしまった。今日で三日目だ。
このままじゃダメだと勿論わかっている、でもその不安に押しつぶされそうになって、その不安から目を背けるように遊びふける。そして今日は町の外れまで歩いていた。そろそろ引き返そうと思ったとき、車庫の前にさっき横を駆け抜けていったバイクが停まっていた。
特に興味も無いつもりだった、それがいつの間にか足を止めてバイクに見入っていた。
「興味でもあるのかい」
声の方向を向くと車庫から男が覗いていた。
「そ、そんな訳では……」
「それにしては随分と長い間見ていた様だったけど」
男はニヤケながら言い返した、そしてこう続けた。
「まあ、もし興味があるならまた来てみなよ、なんか面白いことでもあるかもな、俺はいつでもここにいるから」
言い終えると再び車庫の奥に戻り何かをいじり始めた。何かモヤモヤしたものが残りながら今日はその場所を後にした。
そして夜、ベットの上で何となく考えた。バイクに乗っている自分のことを。マンネリ化の続くモノクロな日々、飽きた日常、不安で真っ暗な未来。バイクに乗れば彼らは何か変わるだろうか。そうして寝れずに日が昇る頃にようやく眠りについた。
次の日、また学校をサボり早くに床屋へ行った。そして今まで伸ばしていた長い黒髪をバッサリと切り落とした。店から出るとすぐに昨日の場所へ向かった。
「随分とさっぱりしたな」
昨日と変わらずまた汗を流しながらバイクをいじっていた。顔や腕、つなぎには所々オイルか何かのシミがついている。
「えっと、あの……」
なかなか話を切り出せない私を男は何も言わずに笑いながら見つめていた。その笑い顔、いやニヤケた顔を見ていると何となく落ち着いて来た。
「バ、バイクに乗ってみたい……です……」
男はニッコリと笑い「そうか」と明るく言ってバイクのキャリアにシートを取り付け始めた。
「そういえば名前はなんて言うんだ」
「
「なあ弥生ちゃん、このバイクの名前わかる?」
唐突な質問でまた焦ってしまった、でも焦らず考えてもわかるわけのない質問だ。
「わ、わかりません」
シートを付け終わり立ち上がると男は語り始めた。
「初めて乗るバイクの名前は覚えておいた方がいいぞ、いい思い出になる」
そしてシートに手を置いてさらにこう続けた。
「これはSUZUKIのK125。初めて乗ったバイク、初めて運転したバイク、色々あるが初めては覚えて置いたほうがいいぞ」
そう言ってヘルメットと手袋を投げて来た。男もヘルメットを被り始めたので見よう見まねで同じくヘルメット被り手袋を履いた。
男が跨ったバイクの後ろに何とか足を上げて座ることが出来た。
「しっかり掴まっててね」
そう言ってゆっくり道路に出た。車と比べて音がうるさい割にはなかなかスピードには乗っていなかった。
少し残念だと思ったその時、直線に出た瞬間、甲高い音と共に体が持っていかれそうになった。メーターを覗き込むと一気に針が跳ね上がる。
「も、もっとスピード落として!」
叫んだところでスピードは落ちるどころかさらに上がり始めた。そして少し先で道が曲がってるのが見えた。そして怖くて目を瞑った。
少しだけ瞼を上げると、そこには別世界が広がっていた。右を向けば地面スレスレ、そして左を向けば自然と畑の緑と、青い空が見えた。
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