トンネル帝国
アメリカのマンホールに巨大ワニが棲みついている、といううわさをご存知でしょうか。
これは実際にアメリカで流れていた有名な都市伝説で、ペットとして飼育されていたワニが湖に捨てられて下水道に入り込み、ネズミや生ゴミを食べて巨大化していったという内容です。
この逸話は、なにも動物ばかりにとどまっていません。
モンゴルではマンホールのなかで生活をする孤児たち……マンホールチルドレンが社会問題と化していますし、ルーマニアの首都ではホームレスたちによってマンホールタウンという第二の都市が地下に建設されており、そこで麻薬売買などがおこなわれているそうです。どちらも生活環境は劣悪なのは間違いないでしょう。
では、日本はどうなのでしょう? マンホールで暮らしている人間はいないのでしょうか?
答えはノーです。
そもそもなぜ海外のホームレスたちがマンホールのなかで暮らしているのかといいますと、雨風を凌ぐためや、強盗から身を護るためなどの理由があります。その一方で日本は治安がよく、雨風を凌ぐのであれば橋の下や空き家など、ほかにいくらでもあてがあるからです。そもそも人間がマンホールに住み着くことなど行政が許さないでしょう。
しかし、橋の下にせよ空き家にせよ、定住するには相応しくない場所です。いずれは追い出されてしまう可能性がありますからね。
となると、彼らは最終的にどこへいくのか。
……あるんですよね、雨風を凌げて、冬に暖かく夏に涼しく、なにより行政から追い出されることのないちょうどいい場所が、日本にも。
現在の日本は、東京一極集中という状況にあります。これは首都である東京に行政や文化の流れが集中してしまい、地方からの人口流入が盛んになっている現象です。これにより首都である東京の人口は加速的に増えていっていますが、一方で地方からはどんどん若い世代が流出していってしまっているそうです。この現象と少子高齢化が重なった結果、あちこちの集落が廃村となり、捨てられていっているそうです。行政も空き家対策に頭を痛めているらしいですね。
さて、ここからは人づてにきいたうわさですが……。
とある県に、例外に漏れずひとつの集落が廃村となったそうです。その集落はA村と呼称されていました。
すべての家屋が空き家と化し、もはや朽ちていくのみというA村へと接続する村道の一画が、なんとホームレスの集団に占拠されているらしいのです。
彼らは徒党を組んで、A村へと続く唯一のトンネルにダンボールやビール箱を敷いて住居に作り変えてしまったのです。A村は山奥にあり、周辺にはまったくひとが住んでいなかったため、行政にはそのホームレスたちがいったいいつからそこに居着いているのか見当もつきませんでした。
トンネルは雨風を凌ぐことが可能ですし、野生動物から身を護ることもできます。灯りが不足していることと湿気とカビを我慢すれば、そこそこ過ごしやすい環境だそうです。空気がこもるマンホールよりはましな住居といえるかもしれませんね。
彼らは村道のそばの畦を開梱して畑を作り、自給自足の生活を送っているそうです。どうやら狩猟免許を持っているホームレスもいるらしく、タヌキやシカ、イノシシなどの野生動物を狩ってみんなで分け合い、剥いでなめした毛皮は大切に保存しておいて、最寄りの駅のバザーで販売しているとか。
自治体はホームレスたちの扱いについて、頭を悩ませたそうです……が、最終的に、役所の職員たちは、彼らを放置することに決めたそうです。
A村は完全に廃村となっているため、そのトンネルの利用者が皆無であること。
ホームレスたちは犯罪を犯しているわけではなく、放置しても害がないと判断されたこと。
なによりホームレスたちが紳士的な態度で話し合いの席に座ってくれるため、役所の人間たちの胸中に同情の念が生まれたことなどが、その理由としてあげられました。
全国からうわさをききつけたホームレスたちの数はさらに膨れ上がり、現在では20名ほどがそのトンネルで暮らしているそうです。畑の面積は年々広がりを見せていて、いまでは収穫物の何割かは駅前で露店販売されているそうです。こうなると、もはやひとつの自治体ですよね。
あなたが駅前で野菜や果物を販売しているみすぼらしい風体のひとを見かけたら、もしかしたらそのひとはトンネル帝国からやってきた行商人なのかもしれませんよ。
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