第31話 どうして人を好きになるの?

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子。

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。



サヤカ「ウサ、どうして人は人のことを好きになるんだろう」


ウサ「サヤカちゃん、誰か好きな人ができたの?」


サヤカ「ううん、わたしじゃないんだけど、友だちが好きな人ができて、わたしに相談してきたんだ。それで、どうして人は人のことを好きになるのかなあって思って」


ウサ「人が人のことを好きになる理由については、いくつか言われていることがあるの。たとえばね、子孫を残すための人間の本能だから、っていう考え方があるわ」


サヤカ「子孫を残すための人間の本能?」


ウサ「うん、子孫を残すために、好きっていう感情が生まれるんだって」


サヤカ「……でも、ウサ、女の子が女の子のこと好きになったり、男の子が男の子のことを好きになったりすることもあるよね? それって、子孫を残すこととは関係ないと思うけど」


ウサ「そうね。それに、もしも子孫を残すためだとしたら、好きになるのは、異性であれば誰でもいいっていうことになるけど、そういうことにはなっていないよね。サヤカちゃんのそのお友達がAくんのことが好きだったとして、『Aくんじゃなくて、Bくんでもいいんじゃない?』なんて言ったら、怒られちゃうよね」


サヤカ「うん。他にはどんな考え方があるの?」


ウサ「自分に足りないところを持っているからっていう考え方もあるよ」


サヤカ「自分に足りないところを持っている?」


ウサ「サヤカちゃんは虫が苦手でしょ?」


サヤカ「うん」


ウサ「もしも虫が苦手じゃない人がいたら、頼もしく思わない? それが好きっていう感情につながるの」


サヤカ「……クラスに虫が好きな男子がいるんだけど、わたし、その子のこと、別に好きじゃないよ。平気で虫に触っているから、どっちかって言うと、ちょっと苦手かも」


ウサ「ふふっ、じゃあ、同じように虫が苦手な人はどうかな? 自分と似ているから、その人のことを好きになるっていう考え方もあるのよ。同じ趣味とか性格とかに、共通点がある人のことがね」


サヤカ「あっ、それは本当かも。同じ趣味を持っている人だと話も弾むし、安心するから…………うーん、でも、お父さんとお母さんって、別に同じような趣味を持っているわけじゃないみたいだけどなあ、性格も似てないし」


ウサ「相手が自分のことを好きになったからっていう考え方もあるわ。人間には、好意を受けたら好意を返したいっていう気持ちがあって、相手が自分のことを好きになってくれたから、こっちも好きになるっていう考え方ね」


サヤカ「でも、ウサ、『相手が自分のことを好きになったから』って言うけど、今はそもそも、どうして好きになるかっていうことを考えているわけだから、それが分からないと、そんなこと言ってもしょうがないんじゃないかな」


ウサ「うん、その通りね。自分のことを助けてくれたから好きになるっていう考え方もあるけど、じゃあ、どうして助けてくれたのかと言うと、その人が自分のことが好きだったからってことになったら、結局は同じことだよね」


サヤカ「じゃあ、いったい、どうして人は人のことを好きになるんだろう?」


ウサ「きっと、その人の中に、自分より優れた部分を見つけるからじゃないかな。そうして、その人に近づきたいと思う。その気持ちが好きにつながるんじゃないかな」


サヤカ「自分より優れた部分? ……自分より頭がいいとか、性格がいいとか、顔がいいとかってこと?」


ウサ「うん、そうよ」


サヤカ「……でも、ウサ、もしもそうだとして、わたしがわたしより優れた部分を持っている人のことを好きになったとしたら、相手はわたしのことを自分より劣っている部分を持っている人だって思うだろうから、わたしのこと絶対に好きになってくれないんじゃない?」


ウサ「そうとも限らないよ。優れている部分っていうのは、さっきサヤカちゃんが挙げてくれたように一つだけじゃないし、それにそのうちで何を重要に考えるのかは、人それぞれだからね。頭の良さを重要だと考えるCくんが頭がいいDさんのことを好きになって、性格がいいことを重要だと考えるDさんが頭は良くなくても性格がいいCくんのことを好きになることはあるんじゃないかな?」


サヤカ「うーん……でも、それって本当かな……お母さんが前に、お父さんと話していたのをちょっと聞いたことがあるんだけど、お母さんの友だちに、ダメダメな男の人ばかりを好きになっちゃう人がいるんだって。この場合は、どうなるの?」


ウサ「その場合は、そのお友だちにとっては、ダメなことが、優れている部分だっていうことになるんじゃないかな?」


サヤカ「ええっ!? ダメなことが優れていることだったら、それってダメなことにならない気がするけどなあ……」

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