リスノワール

高良あおい

プロローグ

 ふと振り返れば、眼下には白い墓石がいくつも並んでいた。


 真っ白な霊園を通り過ぎ、小さな丘を登り切って少し歩いたところで、私は足を止める。木の陰に隠すように、膝の高さに届くか届かないかという大きさの黒い石が置かれていた。その前に膝をついて、抱えていた百合の花束をそっと横たえる。

 両親は、この白い花がとても好きだった。もっとも、父の故郷の国では古くから死者に手向ける花でもあるのだと、苦笑交じりに語ってもいたけれど。


 この国では、死者は王家が管理する共同墓地に眠る。あの白い石はそれほど高価ではないけれど平民には手に入らないもので、故人が確かにこの国の民であったと、それを王が認めた証なのだという。

 ゆえに、国に逆らった罪人に墓石は与えられず、国民として墓地に埋葬することも許されてはいなかった。だから目の前の黒い石には何も、二人の名前すらも刻まれていない。六年前にはまだ子供だった私でも、それがどれほど危険な真似なのかは、嫌というほどよく分かっていたから。


「お父さん、お母さん。私、十八歳になったのよ」


 石をそっと撫でて、ぽつりと呟いたその声が、二人に届くわけもない。そもそもこの墓の中には、何も眠ってはいないのだ。


 六年前、私の両親は無実の罪で捕らえられ、反逆者として処刑された。

 だから、彼らの遺体がその後どうなったのかは、今も分からない。

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