濁った写し鏡

 その子どもは、何でもよく真似する子でした。

 近所の子がしたナイフ投げも、一輪車を使ったバック中も、ピエロの曲芸も、何でも見たらすぐに身につけ、自分のものにする子でした。


 声色も、顔真似も、それらと同じように何でもできるその子のことを、最初はみんな凄い凄いともてはやしました。

 けれど。


『お前っていつも人真似ばかり』

『自分ひとりじゃ何もできやしない』


 たちまち向けられたのは、嫉妬混じりの罵詈雑言。皆、あんなに楽しく笑っていたのにどうしてそんなに怒鳴るの? 何がいけないの?

 悲しい気持ちになったその子に、黒い女が囁きました。


『あなたの才能は、いけないものなんかじゃないわ。それを活かすすべを教えてあげる、それから、あなたをここまで虐めた人たちへのお返しも、ね?』


 そうして、その子は誰よりも人の真似が上手になりました。声も、顔も、仕草も、姿形まで、思いのままです。そして、その子を虐める人もいなくなりました。

 真似をすると、とても気味悪がられます。怯えて泣き出す人までいます。そんな人たちなんて、要りません。どうして一緒に遊んでくれないのでしょう?


 そうやって、生きていた頃散々禁止されていた人真似を続けるうち、思ったのです。

 ぼくに新しい命をくれたあの女性ひとを真似してみたい。

 そうしたら、あのひとは笑ってくれるかな?


 けれど、どれだけ試しても、彼女の真似だけはできません。それどころか、大変なことに気付きました。

 真似しようとすればするほど、の気持ちが溢れてしまうのです。そのとき、気付いてしまったのです。

 あの人の真似をしようとしているは、何者なんだ?


 真似のできなくなったドッペルゲンガーは、消えてしまいました。その様子を物陰から見ていた黒いドレスの婦人は、たおやかに笑います。


「『あなたが深淵を覗こうとするとき、深淵もあなたを覗いている』、それ、本当なのよ?」


 愉しそうに、とても愉しそうに笑う声だけ残して、そこにはただ暗闇だけが広がっていました。

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