第二十四話「*倉敷涼の事情1」
月明かりと電灯だけの薄暗い公園。
ボクは一人、ブランコに乗って黄昏ていた。
理由は単純、一年ぶりに父が帰ってきたからだ。
ボクは父さんが嫌いだ。
理由は単純。
女性を道具か何かとしか思ってないからだ。
うちはとある理由で離婚した。
母は酷く後悔しているようで、数ヶ月から一年くらいに一度来るこの日をいつも楽しみにしている。
倉敷という姓は母方の姓だ。
つまりボクは片親。
だから育ててくれた恩には感謝している。
けど――。
「お、リョウじゃないか。元気にしてたか?」
目の前に現れたのは――。
金に染め上げた髪をワックスでオシャレに整えた奥襟長めの髪に、長身で引き締まった筋肉質の体躯を、着くずした派手な赤紫色のワイシャツと、白いズボンにワニ皮めいた金色系の派手な靴で飾った、いかにもソッチ系の男。
そう、ボクの実の父さんだった。
「お前は本当に母さん似だなぁ。本当は女の子なんじゃないか?」
「違うよ、ボクは男の子だよ」
ボクが握っているブランコの鎖のすぐ上を握り、顔を近づけて囁く。
「普通。男はな、男の子、なんて言わないんだぜ?」
近い。顔が近すぎるから。嫌な壁ドン状態だ。
「いや、何ナチュラルに口説こうとしてるのさ……実の息子を」
「おっと、お前を見てるとつい若い頃の母さんを思い出しちまう」
父さんはナチュラルなジゴロだ。
何をやっても何故か女受けは良い。
「あのねぇ……ボクにそっちのケは無いから」
「そうか? 俺は、お前ならいける気がしなくもないぜ?」
だらしなくはだけた胸元。無駄なく鍛え抜かれた胸板。品のいいコロンの匂い。
アゴ髭だけを伸ばした、無精髭気味の整った顔立ち。
ここまで来ると、ややタレ目気味の眼もセクシーに映ってくる。
女の子ならイチコロなのかもしれないけどね。
うぶな乙女なら落ちかねない状況なんだろうけど……。
……だけどさぁ。
「いや、本当やめてくれる……? 気持ち悪いから」
というか息がちょっとお酒臭い。
もしかして酔ってるのか?
見ての通り、父さんの職業はヒモだ。
もともと父さんは、霧島家というかつてここら一帯を治めていた武家だか落ちぶれた富豪の血を引く家系の長男だったらしい。
まぁ、遊び放題しすぎたせいで、そこからさえ勘当されてるらしいんだけどね。
ちなみに、別れた母親にわざわざ会いに来た理由は当然、また金をせびりにきた、それだけだ。
で、嫌なことに、母さんも実はまんざらでもないみたい、って事だ。
別れた理由は当時遊んでいた新しい女が色々騒いで面倒な事になりかけたせいらしいからね。
母さんは甘いから。
多分だけど「こんな事になってしまったけど、俺が本当に愛してるのはお前だけだ」みたいな言葉を未だに信じているのかもしれない。
……今日は一晩泊まるつもりかもしれない。
実の両親の情事とか想像するだけで気持ちが悪いんですけど……。
やがて、隣のブランコに乗りだす父さん。
無邪気にはしゃいで全力でこぎはじめるし。
こんな時間に、いい大人がだ。
まぁ、そんな純粋っぽい行動がどこかしら愛される原因なのかもしれない。
……だけどさぁ。
「お~い、我が息子よ~ぅ」
「何?」
「女なんぞにうつつを抜かすなよ~」
は?
「勉強しろよ~勉強~」
その年でブランコ楽しみながら何言ってるんだか。
「いい大学に入っていい仕事について、金をたんまり儲ければなぁ、女なんざ星の数だ~!」
とんでもない教訓を語る。
「向こうから尻を振って近寄ってくる。俺の時だってそうだったー!」
間違いない。酔ってるなこれ。
「やつらは子種やち○ぽが欲しいんじゃねぇ。自分が楽するためだとか、金、見せびらかすためのアクセサリーが欲しいんだよー!」
いや、そんな事を大声で語らないで欲しい。恥ずかしいし近所迷惑だし!
「男でさえなぁ、自分(てめぇ)を飾るための道具の一つでしかねぇんだー!
いいか、覚えとけよ、リョウ。
奴らにとっちゃなぁ、男なんざ、いつでも取替えの利く道具の一つでしかねぇんだよぉ!
奴らが捨てられる側になったらピィピィ泣いてこっちを悪者扱いにする癖に、
こっちが捨てられたら奴らの目はなぁ、養豚場の豚を見るようなゴミを見つめる眼に変わるんだよ。
それが現実だ!!
お前が今、どんなメスにいれこんでんのかしらねぇがなぁ。あんなもん。綺麗なのは今だけだ!
でかい乳はしぼんで垂れる、くびれたウエストは膨れてたわむ、綺麗な顔はしわくちゃになる。
未来を見据えろ! 欲に負けるな! 今、女に負けたら人生失うぞ~!! っと」
叫んでから、父さんはブランコから飛んだ。
「ちょ!?」
山なりに弧を描いて、やがて頭から地面に……。
「父さん!?」
両手を着いて肘を曲げ、頭を打たないよう内側にまるめ、肩から落ち、クルンと背中に衝撃を流しつつ回転。
実に見事な前回り受身でした……。
「って、危ないでしょ!」
「いやぁ、死ぬかと思った」
「本当だよ! 頭冷やそうね!」
「やばい時って、マジで時間がゆっくりになるのな」
それ、ならなかったら死んでる奴!
「もう、水、買ってくるから!」
慌てて近くの自販機でミネラルウォーターを購入してくる。
「やめてよね。本当に……」
「おう、悪ぃ悪ぃ」
グビグビと一息で飲み干して。
「リョウ、お前」
「何さ」
「良い子に育ったなぁ。母さん似だなぁ」
「うるさいよっ」
頭をクシャクシャと撫でられる。
「さて、そろそろ母さんに会いにいかねぇとな。遅れると心配かけちまう」
「今自分がやった愚かな行為の方こそ心配してよね。死んじゃうよ?」
「はっはっは……いやぁ、若い頃はできたからいけるかなぁーって」
「も~、馬鹿なんだからっ」
「たははっ」
久々に、父さんと笑いあった気がした。
もしかして、これを狙っていたのか?
だとしたら、策士だ。
いや、それでも馬鹿でしかないけどさ。
「さてリョウ。気付いたか? さっきの話」
「ん?」
「一つだけ矛盾点があるはずだ」
「何?」
「俺は今、金が無い。水を買う金さえ実は無かった程にだ」
胸を張って言うなし。
「だが、俺はモテてる。つまり、どうしてこんな金の無い俺がモテるのかって話よ」
「……何それ、自慢?」
「半分はな」
にやりとほくそ笑む父。
笑顔が無邪気すぎるっ。
「……で、答えは?」
「答えは、俺様が今モテてる、いい男だ、ってだけで“ブランド”だからだよ~。ちゃんちゃん」
「……何それ」
「つまり、お前も男なら、お前だけのブランドを持て、って事さ」
そう言い残し、父さんは去っていった。
向かう先は我が家だ。
これからしっぽりむふふとお楽しむのだろう。
嫌だ。そんなとこ帰りたくない。
悩んだ末、ボクは。
「しょうがない。アキラ先輩のとこにでも行こーっと」
団地にある、無電源ゲーム部の二次会たまり場こと、長谷川家へと向かうのだった。
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