第81話・裏切る者

 皇帝に許され、アキとともに顔を上げた。


 アキが述べる。


「神官のイシュリンを倒しました。ネイチュを覆う深い森はそのまま拡大させ、者どもを脅かすものとして残すこともできましたが、レジスタンスのように潜まれると厄介ですので草むら程度に整えました」


 私はアキの役に立てたことが誇らしかった。

 アキも少し私に笑む。

 そしてまた皇帝に直る。


「私は皇帝陛下の願いであったアルマの完全支配がかなったからには、それぞれの町に者どもを住まわせるのではなく、アルマの都市と奴隷都市に分けるべきだと考えています。今後は、新帝都の建設に専念し、これからも魔力でもって忠実にお仕えしたいと考えています」


 続けられた言葉が私を地獄へ引き戻す。

 体が震え、アキに目を動かした。


「アキ、何を言っているの……?」


 皇帝は満足する。


「いいだろう。今後もわしのために働け」


「心より感謝を申し上げます」


 アキは皇帝から顎で呼ばれ、赤いカーペットの階段をあがった。

 そして膝をつき、両手をついて皇帝の足にまた口づけた。


 その姿に、ぼう然とした。


「お前も陛下の情けを受けるように」


 体を起こし、両手の指を胸に当てたアキから顔を向けられる。


「……譲位は?」


 アキは鼻で笑う。


「譲位? 寝ぼけたことを。私はこれからも陛下の一番の臣下としてお役にたたねばならない」


「お前はいい皇太子だ、アキ」


 皇帝は喜んだ。


 アキは思い出したかのように、口にする。


「アルマがネイチュを完全支配したからには、憂理の魔力は不要です。陛下は、異世界からきた処女を所望しておられた……」


 顔を皇帝に向ける。


「今こそ“処女の妃”をご堪能ください」


「アキ……!」


 衝撃のあまり、言葉を失った。

 いますぐこの場を逃れなければと思ったが、体の力が抜けて腰が立たず動けなかった。


「それはいい」


 皇帝が着飾った私をまた視線で舐め回した。


「その代わりと言っては失礼ですが、私は陛下から愛流を賜りたい。愛流を妃にしたいのです」


 皇帝の後ろの赤いベルベットのカーテンを分け、愛流が姿を現す。並んだ高位の貴族たちを押しのけ玉座の横に立った。


 体の線がはっきりとわかるワインカラーのレースのドレス一枚を身につけ、首に金の鎖をかけて、アキにキスをせがむそぶりをみせる。

 玉座の背に両手をのせると、もたれかかって私を見くだし勝ち誇った。


 皇帝は私から目を離さず、愛流に手を伸ばし喉を撫でた。


「この女はお前にやろう」


 と、アキに許した。


「この上ない幸せでございます」


 安堵した表情のアキは合図をされ腰を上げる。

 愛流と逆の位置で玉座を守り、私を冷たく見おろした。


「ラセン、その女を陛下の寝所へ連れて行け」


 命じるのに顔を向けると、五メートル後ろで膝をつき控えていたラセンが立ち上がった。


「ラセン……」


 アキと同じ凍るような目をしていた。

 こうなることを初めから知っていたのだ。 


 後ろから両腕をつかまれ、強引に立たされる。

 そのまま抱えられ、玉座の間の出口のひとつに向かい引きずられるようにして歩かされる。


 幕のような赤いカーテンが開かれた。


 振り返ると、見送るアキは眉ひとつ動かさない。


 私の頭からティアラとともに薄く透ける白いベールが落ちた。




<続く>

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