第78話・種明かし
私は、アキをふくめ四人で相談して作ったシナリオにもとづく思考を演じていた。
目的は魔力で倒せないことから我々に立ちはだかり、アルマによるネイチュの完全支配を邪魔する神官のイシュリンを封じることだ。
まずはラセンが特別な力を持つ者を封じる“永遠の棺桶”を作りマンゲールの湖に沈める。
五年前の神殿廃止にともないマンゲールの蔵書をすべて焼くことになったとき、偶然それが記された秘伝の書を読んだのだ。
それを“見えない神殿”と称し、皇帝を倒すことのできる聖なる玉なるものが収められていることにする。
イシュリンに信じさせるため、叔父と甥の関係を使ってだます。
一方、私は自分宛に送られた手紙をアキから渡される。
アキは先に目を通したが、日本語で書かれていたため読めなかった。
私が読むと送り主は愛琉で、カタルタの宮殿へ呼び出すものだった。
それをアキに伝える。
愛流は私自身の仇だ。
あの女は処女ではないため魔力を持たない。
ネイチュに来たからには八つ裂きにして復讐する。
アキは私の体が愛流に醜い傷をつけられたものだと知っている。
だが、今の愛流は皇帝の寵姫だとの情報をサジンがつかんでいた。
うかつに手を出せない。
愛流はそのことを利用し、元の世界のように私を下にするため、新しい帝都を作らせるよう皇帝をそそのかし、アキを酷使しているのだと知り、私の腸(はらわた)は煮えくり返った。
我々は皇帝に近い立場にある愛琉を逆に利用することにした。
私のかわりにアキがカタルタの宮殿へ行き、愛琉に偽の指輪を渡し、信用させる。
そして誘いに応じたふりをして眠らせる。
愛琉は皇帝から贈られた金の鎖が魔力を防ぐと信じていたが、皇帝にはそんなものを作れる魔力などない。
アキは卑しい愛琉に指一本触れることなくボタンひとつ外すこともなく、役に立ちそうな情報だけを聞き出し、朝を待って幻惑させたままつなぎとめるための会話をする。
愛流と分かれ、カタルタの海に入る。
真実の指輪を取り出してはめ、決意を新たにして、シャビエルの宮殿へ戻った。
演技とはいえ卑しい女に近づいたことを汚らわしく思い、ただちに自分のフロアへ向かいシャワーを浴びた。
私はキッチンでスープを作りアキのフロアへ上がってプライベートなスペースに入る。
アキが軽食をとる窓辺のテーブルにそれを置き、スペース内の通路に戻る。
アキがシャワーを終え下半身にバスタオルを巻いて通路に出る。短く整えた黒髪を清潔なタオルで拭く。
ラセンがクローゼットから新しいシャツを取り出し、私はそれを受け取る。
髪を拭き終わったアキの後ろにまわり、筋骨の美しい背中からそれを着せた。
もちろん、愛流の名前の爪跡などない。
そしてスープを置いたテーブルの向かいの席に着き、ガラスの壁の外の風景を眺めながら頬杖をつきアキを待つ。
服装を整えたアキが来て向かいに座る。
私が作った温かなスープをスプーンでふたくち飲み、ようやく人心地ついた様子を見せた。
私は笑って首を傾け、指を伸ばしてアキの髪を直す。
アキはその手をつかまえ長く口づける。
そっと手を引くと、金の指輪のはまった左手でまた求め、卓上に下ろして指を組む。
そのままスープを全部飲んだ。
ラセンが食器を下げ、ふたり裂かれる思いで手を離し、席を立った。
戦闘モードに入る。
シニヨンにしていた髪をほどくと左手の薬指にはめていた金の指輪をはずす。
アキに渡すと、今度はアキが後ろにまわり頭の少し下から髪を引き出し、指輪を通すと根元に送って髪でゆわえつける。
私は、ふたたびシニヨンを作り指輪を外からは見えないように隠して身につけた。
アキも指輪をはずすといったん唇で噛む。
離すと輪は浮かび、一回転して口の中に入り、舌の裏に収まった。
作戦が成功するまでは結婚を破棄したように振るまう。
その後、私は自分のフロアに戻ってシャワーで冷水を浴び、氷水をたくさん飲んだ。
十分に体を冷やしたところでスプリングの外へ行き、雨に打たれながらイシュリン、あるいは飛翔が出て来るのを待った。
カタルタの海沿いの町キリアも我々が買収しており、味噌汁をふるまった女もナジも我々が用意した人物でアルマだ。
だが、カタルタの宮殿で皇帝や貴族たちが皇子たちの殺しあいをショウにし、ベッドで楽しみながら賭け事にしていたのは事実だった。
それをアキから聞かされたとき、私は胸につけていたアルマの紋章を床に叩きつけ大声で泣いた。
「あれは過去のことだ。今はもう違う」
と、アキに後ろから抱きしめられ、ぬくもりで慰められたが、涙は止まらなかった。
皇帝を絶対に許さないと思った。
何がなんでもこの計画を成功させ、アキのために皇帝に復讐すると誓った。
私はレジスタンスたちの信頼を得るという名目のもと、みずからが“見えない神殿”に入ることにした。
ラセンが“処女のみ歓迎する”とあらかじめその正面に刻み、ナジも口裏をあわせた。
ネイチュの人であることから文字が読めるワイクたちに確認させたうえで聖なる玉を取りにもぐり、文字を“処女”から“神官”に変える。
私はネイチュの文字の読み書きができる。
レジスタンスたちは、異世界から来た私にはネイチュの文字がわからないはずだとの先入観があり混乱する。
おそらく魔力に溺れたくない飛翔が魔力に気を取られ、その勉強をしてこなかったせいだ。
幼いころから側にいて、飛翔は座学が苦手ということも知っている。
そこにラセンが現れることで、レジスタンスたちは恐慌におちいり冷静さを失う。
そして私がラセンを攻撃し少しづつ傷つけることでイシュリンは心理的に追いつめられ、みずから“見えない神殿”こと、“永遠の棺桶”に入っていった。
その扉が開かれることは永遠にない――。
我々は結束し、連携して、“倒せない”イシュリンを神のチカラごと封じこめた。
<続く>
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