第57話・地獄から這い上がるために

 

 翌日、ドルグルはテントを巻くと仲間たちと共に山に挟まれた荒野を歩いて移動した。

 女と子供はいなかった。


 飛翔はカマをかける。


「昨夜、子供の声が聞こえた気がした」

「気のせいだろ。風の音かな」


 ドルグルは近くの木に食べられる果実を見つけ、近づくとナイフを手で取り出す。ヘタを切り、熟した果実を背負っていた袋にいくつか入れた。

 魔力が使えないふりをした。


 飛翔はそれを眺めた。


 思えば、貧弱な武器で凶暴なライオンに立ち向かっていたのも不自然であり、本当は助けるまでもなく、はじめから魔力で倒すために誘い出したのではないか。


 そして今は自分が“味方”になるかどうかを見極めている。


「なあ」

 呼びかける。


「何かすることがあるのなら、おれも、ちからになりたい」


 列に戻ったドルグルの横に並んだ。

「どうすればいいんだ?」


 ドルグルは迷っていたが、


「では、お前の魔力を借りる」

 と話してきた。


「右にある山の向こうの谷底に女と子供がいる。それを使っておびき出す」


「……なんの話だ?」


「“破壊の妃”だ。女と子供の嘆きを感じて転移してくるはずだ。そこを取り囲み殺す。指輪を奪って証拠にする」


 口元をゆがめる。


「ノマドだけでは暮らしていけない。おれたちはアルマを殺すために町に雇われているのさ」


 飛翔の足が止まる。

 ドルグルは続けた。


「“破壊の妃”は保護すると称し、町からはみ出した女や子供を集めている。アルマにするためだ。それを阻止するという正義もある」


 飛翔は怒りのあまり拳を強く握った。


 ドルグルが振り返る。


「何が不満なんだ? お前はアルマなのか?」


「違う! 言っていることは立派だが、やっていることは下衆だ!」


 ドルグルはそのまま後退し、間合いを取る。

 仲間たちもそれを合図として、ドルグルの左右に開き、飛翔を中心にした半円を作った。


 ドルグルが手首を合わせると腕を上げる。

 飛翔に向かって振り下ろすと手のひらを開いた。


 飛翔は盾を斜めに作って攻撃をいなした。


 他の男たちが同様に攻撃してきたが盾を多面にして防いた。


「こいつは強い。全力で倒せ!」


 ドルグルが最大級の魔力をぶつけてきた。

 地面が深くえぐれる。


 飛翔は避けるために百メートルの高さまで上がった。

 ドルグルたちも続いた。

 強い魔力をもつ集団だった。


 飛翔は六人から上下左右より噴射される魔力に圧される。

 盾を作りつつも切り立った山肌に背中から押しつけられた。

 そのまま、潰されそうになる。


 正面のドルグルを睨みつけ、額から光の矢を放った。


 ドルグルの盾を突き抜けその額を貫き、魔力を減退させる。

 攻撃が弱まった。


 手首を合わさず、両手を外に開く。

 手のひらを岩盤につけ魔力を集中させると、亀裂が生じて山肌を高く上り、頂きまで届いた。


 轟音とともに岩盤が大きく崩れ、ドルグルたちを跳ね飛ばす。


 強い盾を作った飛翔を避け、何十メートルもの巨大な破片が次々と地面に深く突き刺さった。



 ーーーーー



 助けを求める弱々しい意識を感じた私はシャビエルから百五十キロメートルほど離れた場所へ転移した。


 そこは、三百メートル級のとがった岩山に挟まれた細長い盆地で、幅は約二百メートル。

 地面は砂利でできている。


 前方には岩場があり、山に沿って亀裂を走らせている。


 近づいて端から割れ目を覗いた。


 十メートル下の平らな底から見上げてくる女と子供がいた。


 何らかの理由でこの盆地へ迷い込んでしまい落とし穴のように落ちてしまったのだろう。

 怪我のない状態を不審に思ったが、運が良かったのだ。


 ともあれ魔力で救出することにした。


 アキはあれ以来、私をひとりで外出させない。

 右隣に立つ護衛のラセンに呼びかけようとしたが、彼は左側に迫る切り立った山に体を向け、頂きをずっと見上げていた。


 私もつられてそちらへ目を移した。


 山の向こう側の崖が最近大きく崩れたようだ。


 空に浮いた飛翔がその頂きの裏に隠れていたことを知らなかった。



 ーーーーー



 飛翔はこちらの様子を覗き見て、また岩肌に背を押しつけ、接触すべきか否か、心を決めかねていた。


 次の瞬間、右の手首がポキリと音をたて、折られた。


「小僧、ここで何をしている?」


 ラセンはあえて盾を作らず転移し、飛翔に反発でできる盾を与えなかった。


 光る目で見る。


 飛翔は押さえこまれた手首から視線をラセンに移しかけたが、とっさに黒い盾を左手で作り、目を守った。


 ラセンは感心したが、両手の自由を奪い、攻撃できない状態においている。


 飛翔は額から光の矢を放つ。

 それを軽く避(よ)け、鼻で笑った。


 左手は折った手首を離さず、強大な魔力で転移を封じている。


 貧弱な黒い盾を突きやぶり長い右腕でその喉をつかんだ。


 力をこめ、魔力におごった愚か者に腕力で殺されるという当たり前の事実を教えようとした。


「憂理……」



 ーーーーー



 飛翔の声を魔力で聞きつけ、私はラセンが隣にいないことに気づいた。


「ラセン、やめて!」


 瞬時に崩れた頂きの後ろへ転移し、今まさに飛翔の首をへし折ろうとしていた彼を止めた。


「離してやって」


 ラセンは無言で手をひき、私のかたわらに下がる。


「飛翔、行って。ドームへ戻って」


 飛翔は折られた右の手首を左手で支え、転移した。


 ラセンは足の下の大崩した岩盤に目を落とす。


「あの者に同じ異世界からきた憂理さまと同程度の魔力があるとすれば厄介です」


「かまわない。飛翔は私にまだ気持ちを残している。そこを利用する」


 私が飛翔を助けたのは道具にするためだ。

 だが、ラセンはなぜか私に失望していた。


 それに首を振る。


「もう地獄へ落ちていると言った」


「違います」


 オレンジ色の強い瞳を、真っ直ぐ向けてきた。


「その地獄から這い上がるために、アキさまとともに戦っているのです」





 〈続く〉

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