第49話・復讐に燃えるオーヤはアキを呼び出す

 そこでオーヤは動きを止めた。


 何度も大きく息をした。


 抵抗できずに涙する娘を穢すことで、自分の中の何かが壊れる。

 それを恐れている気がした。


 何度も奮い立たせようとしたが、どうしても乗り越えられずに苦しんでいた。


 虐(しいた)げるつもりでいたが、逆に自分を追いつめているようにみえた。


「畜生!」


 私の顔のとなりを拳でなぐった。


「アキを呼べ」


 押さえつけたままで体を離した。


「形だけの結婚でも脳波で繋がっているはずだ。ここへアキを呼べ」


 魔力が効かない砂漠へおびき出し、アキを殺そうとしている。


「断る」


「呼ばなければお前を穢す」


「勝手に穢せばいい。でも、ここにアキは呼ばない」


 私は卑劣な男に屈したくはなかった。

 例え穢されたとしても。


 オーヤが私を睨みつける。


 今度こそ、それを行うつもりで服に手をかけてきた。


 その時、外の誰かが叫んだ。


「来たぞ!」


 オーヤはそちらへ顔を向け、私の腕をつかみ腰を上げる。

 強引に立たせ、引きずるようにテントの外へ出た。


 確かにアキだった。

 長い砂の坂をこちらへ徒歩で上ってくる。


 イシュリンが守る“安全”なドームを出た私が “危険”な砂漠に入ってしまったことを察知し、ただちに確保に動いたのだ。


 砂漠がどういう場所なのかを知っている。


 それでも、周囲にいた者たちは恐れて道を開けた。


 アキは十五メートルまで私に近づき、そこで足を止めた。


 手錠をかけて自由を奪い捕らえているオーヤに視線を移し、卑しんだ。


 光る目を使わない。

 本当に魔力が使えないのだとわかった。


「私の妃を返せ」


 怒りを抑えている。


「ただ渡すために呼ばせたとでも思っているのか」


 オーヤが顎で仲間に合図する。

 両手で扱う重い剣が二本出された。


 私を仲間に渡すと剣を手に取り、一本をアキの前へ投げた。


「無防備な男を寄ってたかって殺すほと落ちぶれちゃいねぇ。お前も剣を取れ」


 挑発しながら付け足す。


「言っておくが、おれは魔力が弱かった頃はこれで商売していた」


 アキは子供の頃から強い魔力の持ち主だ。


 宮殿内に剣は置いておらず、まして扱ったところなど見たことがない。


「卑怯者!」


 私はなじった。

 オーヤは意に返さない。


「なんとでも言え」


 アキはオーヤから目をそらさぬまま、左胸に手をやり、アルマの大きな紋章をはぎ取って遠くへ投げた。

 胸元で巻いていたカナリア色の布も取り去り風に流す。


 シャツのボタンを上から三つ外す。

 体を締めていた海色のベストに手をかけ、ボタンを引きちぎって脱ぐ。

 砂地で踏ん張るために靴もやめて素足になった。


 そこで初めて剣に目を落とし、右手で拾い上げる。


 裾の長い服の膝の間を刺し、切り下げると、両手をかけ、布を左右に裂く。

 一周分破り、いらないものを後へ投げた。


 そして、左手を首の後ろへ伸ばし、長い髪をつかむと、ねじって引く。

 剣を目の高さにし、映った自分を確認すると、腕を肩越しに後ろへ回して束になったものの根元に刃を当てる。

 一気に切り離し、髪を背後へ捨てた。


 皇子の見た目をかなぐり捨て、金の指輪をはめた若者になった。


 十歩、前へ進む。


 剣を構えて、腰をおとす。

 顎を引き、敵をにらみつけた。


「面白れぇ」


 オーヤも進み出た。




<続く>

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