第45話・私は飛翔の口づけを拒む
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朝日が障子ごしに部屋へ射し込む。
温かい布団から手を出した。
指が畳に触れた。
「お母さん、私、変な夢を見てた」
隣の襖に声をかける。
「どんな夢を見てた?」
逆にある縁側から飛翔の声が返ってくる。
私は寝間着の綿の浴衣を着ている。
「憂理、出てこいよ」
「……待って」
起きて立ち、へだてる障子を開けた。
「朝食を持ってきた」
トレーを手にして立つ飛翔は、ネイチュでよく見る素朴な長いTシャツと膝下まである幅の広いズボン、その下に細いものをくるぶしを見せて履き、足の指がのぞくサンダルだったので、悲しくなった。
悪夢から覚めてはいなかった。
「イシュリンは、まだおれだけが憂理に接した方がいいって。ここには来ない。ワイクも」
飛翔はトレーを縁側に置く。
「オーヤはいない。ここにいる誰も憂理を傷つけたりしない」
安心させようと笑顔を作る。
「おれも一緒に食べるよ」
トレーの右側に座ったので、その隣に並んで足をおろした。
巻き寿司が三つのった皿を渡される。体の右側に置き、ひとつ手に取った。
見上げると、高い場所から包み込む薄い膜が青空を透かしている。
鳥も飛んでいる。
破壊したはずのドームは元に戻っていた。
視線をななめ左に移すと、木製の大きな神殿が近くにあった。
威圧感はなく、深呼吸をしていた。
私はリバティーにいたときと同じ、神殿のそばにある小さな和風の家にいた。
高台にある神殿を中心にして家々はまた渦を広げて建ち並び、さまざまな素材でできた屋根を弧にしている。
そこから朝の香りが生け垣を超え、ここへのぼってくる。
パンの匂い、ナンの匂い、パスタの匂い、ご飯の匂い……。
朝食の匂いともにそれを取る人々の笑い声が聞こえた。
私は食欲をなくし、持った巻き寿司を皿においた。
「飛翔、私、ここでまた魔力を使うかもしれない。ここを破壊するかもしれない」
声を低くして、庭に射すまぶしい朝の光とそれがつくる影の境を見つめる。
「憂理は二度とそんなことはしない。アルマに利用された被害者なんだ」
かばう飛翔に首を振る。
「そんなことない。私、確信犯だもの」
影に目をこらす。
「飛翔、私は愛琉に復讐するためならなんでもする」
顔を向けると、飛翔をにらんだ。
「なんでもする」
あのおぞましい皇帝にへつらった。
あれはある種の契約だった。
「……ドームで暮らすことで、そういう気持ちが和らいだらいい」
飛翔は私を誤解している。
復讐しないという選択肢を選ぶと思っている。
「大丈夫だ」
私の指輪のはまった左手に右手をかさねて握ってきた。
「おれがずっとそばにいて憂理を守るよ」
その手に力を込めると身を乗りだして、顔を近づけてくる。
キスをするつもりだとわかり、目をそらし拒んだ。
もう、あの世界で口づけを交わしていたときの美しい私ではない。
沈黙がそれを伝える。
飛翔は目をふせる。
落胆を隠しながら体をはなした。
「……イシュリンも。徐々にドームでの生活に慣れていくといいって」
取りつくろい、左側に置いたトレーに向かい、体をねじる。
小さなポットから懐かしい香りをそそぎ、マグカップを渡してくる。
熱い緑茶が入っていた。
「……ありがとう」
私はそれでまた気持ちが冷えた。
かなりの物資がこのドームにも提供されている。
多くの町がイシュリンに加担し、レジスタンスを支えている。
叩かねばなるまいとアルマの体がうずいたが、アキはここを“別のことで使う”と言った。
それを信じ、冷たい唇でカップに口づけた。
<続く>
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