第35話・アキの母親の墓
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私は男に連れ込まれた建物から外へ出た。
教えられたように、通りへ出ると突き当たりを左に進んだ。
そのうち家々の屋根の向こうに見覚えのある山形が見えてきた。
急(せ)き立てられるようにして広場に出た。
ドームで見たイシュリンの神殿と同じ形をした、三角が奥へ伸びた重い屋根を太い柱がぐるりと囲みながら支える大きな神殿があった。
イシュリンの神殿は木造で気に満たされ生き生きとしており、風と光の息遣いのようなものが感じられた。
だが、目の前にある神殿は石造りで、屋根の前面に刻まれているはずの文字ははがれおち、石の柱もところどころでヒビが入り、枯れたつる草に半ば覆われていた。
生気がなく、まるで骨か屍のような神殿だった。
こんなところにアキを知る女がいるとは思えなかったが、正面の五段の階段を上りイシュリンの神殿では足をのせることがなかった神殿内に入った。
中央まで進んで光の帯を作っている屋根の穴を見上げる。
「“処女の妃”さま」
突然、呼びかけられ、心臓が口から飛び出そうになった。
人の気配はなかったが、いつの間にかヴェールをかぶった中年の女が私の隣に立っていた。
「あなたをお待ちしていました。私はヒイラギと申します」
女は胸に指を当て礼をする。
「案内します。どうぞこちらへ」
神殿の奥へといざなった。
ためらいながらもそのあとに続いた。
女が鉄の扉を開ける。
そこには幅、約五メートル、奥行は三メートルほどのちいさな部屋があった。
中に入る。
すでに天井はなく、石の壁は大部分が崩れ落ち、床はところどころでタイルがはがれて草が生えていた。
その中央には文字が刻まれた大理石の板がこちらを向いてななめに置かれており、新しい花束がのせられていた。
「これは誰かのお墓ですか?」
たずねると、女は手で顔をさえぎった。
「アキさまのお母さまのお墓でございます」
「アキのお母さんのお墓?」
オウム返しに聞き返した。
「アキさまは、マンゲールで生まれ六歳までお母さまとともに宮殿で暮らしていました。お母さまはアキさまに強い魔力があることを知り、魔力で人を傷つけてはいけないと教えていました。その後、アキさまはひとりで皇帝の元へ行くことになり、許されてここを訪れたのは十年後、その二週間前にお母さまはこの世を去っていました」
その時、激しい雨に打たれながら立ちつくしたアキの姿が目に浮かんだ。
「アキさまは、それ以来、冷たい心の持ち主になってしまったのです」
とても悲しい気持ちになった。
「この花束は誰がたむけたのですか?」
ヒイラギにたずねると、
「イザヨイさまです。先ほど会われたはず」
「イザヨイ?」
この場所を教えた男の名を知った。
「なぜ彼はこの墓に?」
「それは……」
口ごもり、ヒイラギはそこで煙のように姿を消した。
<続く>
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