第28話・アキの過去を求めてマンゲールへ
私はその後も二週間、アキと同じ部屋でノートを開きネイチュの文字を練習していたが、ほとほと嫌になり鉛筆を投げ出した。
「気晴らしがしたい。宮殿(ここ)のすぐ下にある、あなたが直接統治する都市シャビエルへお忍びで行きたい」
机に突っ伏した。
アキも間違いだらけの私のノートをチェックしては突き返すことにうんざりしていたようで、
「ラセン、護衛しろ」
と、側で精査に加わっていたラセンに命じた。
私は首を横にふる。
「ひとりで行きたい。ラセンもサジンも要らない。ふたりとも背が高くて目立つし、私は魔力があるから自分で身は守れる。ひとりで気ままに街をぶらぶらしたい」
足をバタバタさせ、子供っぽく駄々をこねる。
サジンはまた笑いをこらえ、口元を右手で隠した。
ラセンは黙ってアキの指示を仰ぐ。
アキは小さく息をつき、眼下の都市をしばらく眺める。
シャビエルはアルマが統治する模範的な都市として手厚く保護しており、栄えているが治安はいい。
万が一、“何か”があったとしてもすぐにラセンかサジンをつかわすことができる場所だ。
「いいだろう」
と、許可した。
「ありがとう!」
私が体を起こして喜ぶと、窓に映ったアキはかすかに笑ったので、切なくなり涙をこらえた。
ひとりで宮殿を出る。
計画通りただちに転移し、都市シャビエルではなく三百キロメートル離れた場所にある古い都市マンゲールへ向かった。
アキは顔色が悪い。
昼間はおくびに出さないが、夜中にひとりで血を吐き、自分を責めている。
手をついて詫びる母親との関係がどうしても知りたかった。
マンゲールにはアキに縁(ゆかり)のある者がいるといつか聞いたことがあり、そこで情報をつかむつもりでいた。
宮殿では貴族の子女を女官にしており、妃として恥ずかしからぬ装いでいたが、ひとりでの外出を許されて部屋に戻ったあとは、くだけた服装を精一杯選び、なんとか大商人の娘に見える程度のものに着替えていた。
その格好でも十分に目立ったので、マンゲールのすぐ側にある湖のほとりで、薪にする枯れ枝を集めていた歳の近い少女と服を交換してもらった。
さらに変装するため、いつもと違うヘアスタイルにする。
宮殿では、おくれ毛を残しロープ編みにした毛先をまとめシニヨンを作っていたが、華やかにみえるそれを解く。
長い髪を三つに分け、真ん中を結ぶと片方を巻きつけピンで留め、もう片方も同様にしたあとでほぐしただけのシンプルなものに変えた。
日射しの元でそれを行うと左手の薬指が輝いた。
髪を整えたあとで、指にはまった金の指輪をしばらく見つめる。
なんとなく、それを外して革紐に通し、首からかけて服の中に隠した。
マンゲールを囲む壁は切りだした石を高く積んで作られており頑丈だったが、正門に人影はなく鉄格子の扉は壊れていた。
隙間をくぐり、中に入った。
街の雰囲気は私のような小娘が来る場所ではない気がした。
立ち並ぶ石造りの建物は三階建てだったが、どれも黒ずんで汚れている。
石畳はところどころではがれ、土がむき出しになっており、紙くずや壊れた器、折れた魔法の杖などのゴミがそこかしこに捨てられていた。
人影もなく息が詰まったが、私には特別に強い魔力がある、と自分に言い聞かせた。
とはいえ、なぜか浮遊しての移動ができなかったので、徒歩で街の中心へ向かった。
緩やかな坂道をしばらく行くと、空き家になって天井や壁が崩れた家も多いなか、道の中ほどまで錆びた庇(ひさし)を張り出して破れた布をかけ、丸いテーブルを表に出している建物があった。
汚れた上半身をあらわにした三人の男が椅子に掛けて何かを食べている。
食堂だとわかった。
近づくと男たちが私に気づき、とても下品な視線を投げてきた。
こんな町に皇子であるアキに縁の者がいるとは思えなかったが、勇気を出して中に入った。
〈続く〉
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