第20話・私たちは互いの復讐心で結ばれた“偽りの夫婦”

 エレベーターが最上階に到着する。


 ラセンが扉を開けておさえ、私はその小さな箱から外へ出た。


 ホールはエレベーターを中心にした一辺が三メートルの八角形の“部屋”になっている。


 足元はロビーと同じ赤い絨毯だが、取り囲む壁は分厚いマホガニーで出来ており、二・五メートルの高さで三角形の天井をつくりエレベーターの真上で頂点を合わせている。


 その天井のやや下の壁際には直径三十センチの円形の磨りガラスが二メートル間隔で並びながら少し壁から浮いて光を放っている。


 もちろん、アキが灯している明かりだ。


 とはいえ、十分な明かりとはいえない。


 この空間が少し重くて暗いのには理由がある。


 エレベーターの正面には両扉がありアルマの金の紋章がそれぞれについていた。


 ここが“外へ入る”出入口になっている。


 あとからエレベーターを降りたラセンが、先に扉の前に立ち、二回、ノックする。


「アキさま、憂理さまが戻りました」


 と、伝えた。


「入っていい」


 許され、ラセンが私に扉を片方ずつ押して開けた。


 途端に、まぶしい光に包まれた。


 エレベーター・ホールの外へ出ると、空中に立っているような錯覚にとらわれた。


 磨かれた大理石の床も光を反射しており、エレベーター・ホールの“部屋”以外には空しかない。


 実際は、ガラスに覆われており、部屋の一辺は三十メートルもある正方形だ。


 ガラスの壁は五メートルの高さがあり、その上は巨大な正三角形を組み合わせたガラスのピラミッドになっていた。


 エレベーター・ホールが薄暗かったのは、この、まるで空中に浮かんでいるかのような光の空間を際立たせるためだった。


 この空間は、アキが魔力を充填し、また放出するための場所であって、家具は何ひとつ置いていない。


 そのアキは、こちらに背を向けてガラスの壁際に立っていた。


 アルマの男の普段の格好はこうだ。


 白い襟付きのシルクの長袖シャツを着る。下にストレートスカートのような足首まである帆布のボトムを合わせる。


 靴は白く、つま先から足の甲までをかっちりとフォーマルに見せたサンダルになっている。


 シャツの裾を見せながらベストを着てボタンを全部とめる。


 体のラインが締まると同時に緊張感がみなぎった。


 ベストの色は人によって違ったが、アキは深い海のような青色を身につけていた。


 薄くて長いカナリア色の布を右肩の後ろから胸元を覆い一周半めぐらせ左の肩の後ろで下ろす。


 その上から左胸に身分で素材や大きさの異なるアルマの紋章をピンでつける。


 アキは皇太子であることを表す直径八センチの金でできた紋章をつけている。


 その左手の薬指には私と同じ金の指輪がはまっている。


 皇子(おうじ)の風格と品があり、唇の形がきれいで、とても美しい顔をしていたが、眼差しはどこまでも冷ややかで鋭く、人を寄せつけない雰囲気があった。


 今は、ガラス越しに見えないはずの帝都を見すえている。


 私の護衛がすんだラセンは、入り口を一歩入ったところに留まり、それ以上は踏み込まない。


 私は同じ指輪をはめるアキの側へ行く。


「遅くなってごめんなさい」


 少し離れた位置で一旦止まって、待たせたことを謝る。

 アキは肩越しに私の気配を確認し、視線はラセンに向けた。


 またガラスに直る。


「すべて我々の計画どおりに運んだ。拠点(ドーム)を破壊されたレジスタンスのダメージは大きい。行き場を失って消えるのみだ」


 彼方にある帝都を右手で大きく撫でた。


「上手くいってよかった」


 私はふたたび歩を進めてアキの隣りに並ぶ。


 目を向けたガラスの中には、自分とは思えない鉄のような女がいた。


 そらさずにつぶやく。


「あの女に復讐するために、私はあなたを利用しているのだから」


「それでいい。復讐する気持ちなら私にも強くある。私自身が復讐で出来ていると言っても過言ではない」


 アキは窓から離れてラセンを連れ、分厚い扉の向こうに消えて私を置き去りにした。


 私は目を閉じる。


 私たちは利害関係で結ばれた“偽りの夫婦”だ。





 〈続く〉

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