第21話・アキは血を吐きながら母を呼ぶ

 


 宮殿の三十七階が私の私的な空間だった。


 夜になった。


 広い寝室の中央に天蓋がついた大きすぎる豪華なベッドが置かれている。


 ひとりで身を横たえながら私は眠れずにいた。


 三十九階がアキのプライベートなエリアであり、アキはそこで暮らす。


 褥(しとね)は別にしている。


 万に一つでも過ちがあってはいけないからだ。


 私は飛翔を裏切りつつも、初めての体を飛翔以外に許したくはなかった。


 深く傷つけておきながら、心の底では飛翔に甘え、彼しか愛せないと思っていた。


 それゆえ、“万に一つ”を警戒していたが、それも杞憂だと知った。


 実際には飛翔どころか、女として誰にも愛されることのない体になっている。


 それは強い魔力を維持するために処女でいなくてはならないこととは別の十字架だ。


 私は処女でありながら清らかな女ではない。


 おかしくて笑った。


 笑みを消す。


 そんな体と心でありながら、分けているアキの褥の中も気にしていた。


 アキが他の女を招くことはない。


 勝手なもので、形だけの結婚でも、他の女を召していたのなら心穏やかではなかった。


 アキはそれを見越して私を上手く使うためにあえて誰も抱かずにいるのかもしれない。


 絡まった気持ちをリセットするために、ベッドサイドへ置かれた水入れに手を伸ばしたが、水はもう残っていなかった。


 ベッド脇の紐を引けば誰かが用を聞きに来ると分かっていたが使わなかった。


 ベッドを降り、足音のしない布製の靴を履いて空の水入れを持つ。


 ひとつ上の階にはリネン室がある。清潔なタオルとともに飲み水も置かれている。


 寝室の扉を開け、ホールに出る。

 階段を上り、そこへ水を取りに行った。


 廊下に面した窓から入る光がぼんやりとした影を作る。

 ネイチュで月を見ることはなかったが、その分、星が明るい。


 導かれ進むと、誰もいないはずの部屋のドアが開いていた。

 あやしんで中を覗く。


 アキがいた。


 こちらに半ば背を向けながら、リネンの入った棚が両側に並ぶ二十畳の部屋の奥で四つんばいになっている。


 息を大きくし、冷たい大理石の床に、突然、大量の血を吐いた。


「母上様……。私を許してください」


 血濡れた床に震える手を揃え、その内側に強く額をこすりつける。


「どうか、許してください……」


 繰り返し涙声で詫びる。


 吐く息がまた血になり口から大量にあふれた。



 その姿に言葉を失った。



 機械なようなひとだと思っていた。


 血も涙もなく、傷つくこともない。


 町を破壊し、ドームを潰し、何百人、何千人、殺したところで苦しんだリはしない。


 まして、隠れて血を吐くほど自分を責め、涙ながらに母親に謝る姿など想像したこともなかった。


 そっと、部屋から離れた。


 アキとは互いを利用する冷たい関係にある。


 見なかったことにすればいい。


 何度も自分に強く言い聞かせたが、こみ上げる悲しい気持ちをごまかすことは出来なかった。





 〈続く〉

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