第39話 母は嬉しい!

「いいわよ!もちろんじゃないの!母は嬉しい!」

「あの、…オヤジに相談しなくてもいいワケ?」

「相談する必要がどこにあるのよ?ダメなんて言わせるワケないじゃない!」

母・時絵は大はしゃぎだ。


ことの発端は成人式のこと。瑠奈が「振袖を着ようかな。」とポロッと言ったためだ。時絵としても、瑠奈は振袖を着ないだろうと諦めていたので、思いがけない一言に大はしゃぎしているのだ。


…ややこしいことになったな。


昨日、学に言われたので、どうしようかと、母の前で言ってみたのだ。却下されることを期待して。そうすれば、学にも「無理」と言ってしまえるから。しかし、時絵の反応は意外だった。


「あら!いいじゃない!きっと似合うわよ!ねえ、みんな!」

「そうよ。瑠奈は着ないともったいないよ!」

「でしょでしょ!」


学校で春奈に話してみたら、春奈どころか、近くに座っていた同級生にも賛成されてしまった。


…誰か、反対して〜。あとは親父だな。浩司も反対してくれるかも。


「振袖だぁ?自分から言いだしたのか?」

「そうよ。せっかくだから、いいでしょ?お父さんったら。」

「何かの間違いじゃないのか?」

父・雄一郎は新聞から目を離すこともなく、取り合う様子もない。瑠奈はそれをしめしめと物陰から伺っている。


…親父、いいぞ!頑張れ!

「熱でもあったんじゃないのか?」

…よっしゃ!もう一声!


ガッツポーズの準備をして“却下”の声を待つ。

「姉貴の振袖?」

…浩司!「もったいない」とでも言うんだ!

「いいんじゃない?着せたら、少しは女らしくすると思うよ。」

「そう思うわよね〜、浩司。ほら、いいでしょ、お父さん。」

…浩司〜。反対しろよー!

「サルには要らんだろう。七五三の着物を着て木登りした娘だぞ。」

「もう、そんな昔のこと言って。少なくとも、ここ三年は登ってないはずよ。」

…コラ待て!

「買ってやれよ。きっともうバーコードなんて言わなくなるだろうから。」

「何〜?」

…買ったら、ずっとバーコードと呼び続けてやる!


「瑠奈。立ち聴きしてないで、出てらっしゃいな。」

時絵の声が急に耳に飛び込んできた。階段の途中で会話が聞こえたので、そのまま様子を伺っていたのだが、バレていたのだ。


バツが悪そうにリビングに入っていくと、3人が一斉に瑠奈を見る。

「なんだよ。何ジロジロ見てんだよ。」

「こんな言葉遣いする娘には振袖など要らん!」

「お父さん。またそんなこと言って。ホラ、瑠奈からもお願いしなさいな。」

雄一郎は、瑠奈を見る。

…要らない物をお願いしたくない。

「やっぱり、要らない。」

くるりと踵を返して部屋に戻る。

「お父さんがおかしなこと言うから、意地になっちゃったじゃないの!」

背後で時絵の怒る声が聞こえていた。

…欲しくなかったけど、あんな言い方しなくても。

瑠菜は傷ついた気持ちで部屋に入る。


「瑠奈が着たいと自分で言ってくれたらOKしたのに。」

ポツリと雄一郎が呟いたが、熱くなっている時絵の耳には届かなかった。

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