第14話 竜

 母が死んだ。

 それを機に壊れてしまったのか、それとも元々そうだったのか、今となってはどうでもいいことだ。

 

 貧乏な暮らしだった。幼い僕を抱えて、母はたった一人、爪に火を点す様な暮らしの中で俺を学校に通わせてくれた。

 小学校、中学校、僕を一人親だとさげすむ奴らには、そいつが最も得意とする分野で叩きのめしてきた。

 それらの行為に苦難は無かった、どうやら僕は天才と呼ばれる部類に入るらしい。勉強でも、運動でも、そして暴力でも遅れを取ったことは無かった。


 勉強、テストなど楽なものだ、板書など七面倒くさい事などせずとも、一度目にすれば理解、記憶できた。

 運動、体育など楽なものだ、体格は普通だったが、体の動かし方を理解していた。最適な手の振り方、足の運び方を意識して動かしている奴などいやしなかった、皆精神論でがむしゃらにバタバタと暴れさせているだけだった。


 暴力、喧嘩はそれらとは少々異なっていた。まず、ルールが無かった。勉強、運動は決められたルールの中で最適な行動を行っていれば結果は出た。だが、喧嘩は違う、そこが少し楽しかった。

 一対一の喧嘩ならば後れを取ることはまず無かった。だが、スポーツと違い喧嘩に階級制もルールも無い。小学生の喧嘩に高校生が出てくる事もあれば、一対一と言っておいて複数人が来ることもある。

 ルールは無い。無ければ作ればいい。相手を騙すことも戦術の1つだ。喧嘩に兵法を取り入れる。戦う前に勝敗が決している様に準備する。負けは無かった。退屈だったが、情報の取り扱いについて学ぶことが出来た。


 喧嘩はした、とは言え不良と言うレッテルは張られなかった。教師が見るのはテストの点数。当たり前だ。人間が人間を客観的に評価するのにそれ以外何がある。目視不能、数値化不可な人格やら人柄やらをどうやって評価すると言うのだ。


 こうして、自分としては最適な行動を送っているつもりだったが、昼間は品性方正な優等生として、夜は周囲の愚連隊を纏めるリーダーとして生活を送っていた。望んでそうなった訳ではない。降りかかる火の粉を効率よく払っていたらそうなってしまったのだ。


 そして、母が死んだ。

 原因は働きすぎだ。元々体の強い人ではなかったのに無理をし過ぎたのだ。通帳にはある程度の金が入っていた。馬鹿な人だ、僕の将来の為に貯めていたのだろう。僕の事など気にせずに自分の病院代に使っていればもっと長生き出来た筈だ。


「この程度の金、僕が幾らでも用意できたよ」


 その頃の僕は自分の愚連隊手足を使って色々な『商売』をやっていた、母に気苦労は掛けまいと、完全に隠していたのが裏目に出たのか。いや、善良なあの人はそんな金は受け取らなかったのかもしれない。


 母が死に、訪れる人の少ない寂しい葬儀が終わりかける頃、1人の訪問者が訪れた。

 太い首、太い眉、眉間に深く刻まれた皺、何もかも太く鋭利な男だった、一目で力の世界で生きて来た人間だと言う事が分かる人物だった。


 それが、小泉源三と言う男だった。


 男は、周囲の騒めきなど気にすることなく分厚い香典をポンと放りながら僕に言った。


「貴様、俺の養子になれ」

「……了解しました、お義父とうさん」


 こうして、僕は金と力の匂いが漂う魔王の子供として引き取られていった。

 母の生前には調べなかった彼女の過去を調べる事で、僕が魔王の血を引く事も分かった。その事は、魔王の生きる世界においては有効な武器となった。





 その世界は、暴力と金の支配する世界だった。つまりだ、今まで暮らしていた世界と何ら変わりのない地続きの世界と言う訳だ。いや、むしろ分かり易くなったと言えるかもしれない。

 僕の様に空気を読むことが苦手な人種にしてみれば、ルールは単純で明確な方が往き易かった。


 その中で、僕は水を得た魚の様に稼ぎ続けた。まぁおそらくは、魔王の狙い通りと言った所だろう。あの人は、僕がやっていた事を総べて調べ上げた上で、声を掛けたのだ。そうでなければ、身寄りのない子供を引き受けるなんて殊勝な真似をする人ではない。


 間近で見る魔王は、正に力と金の権化だった。儲けるためには手段を選ばず、功績を上げたものには褒美を上げて、より高いリターンを要求し、逆らうものには死の鉄槌を惜しげも無く送った。

愛や情などかなぐり捨てて、力と金を利用して、力と金を積み上げて生きていた。


 その生き方はとても分かり易く、好感の持てる生き方であり、羨ましくもあった。

愛や情が欠落しているのは自分も同じ。だが、僕にはあそこまで一心不乱に打ち込めるものが存在しなかった。

 羨望は何時しか敵意に変わった、いや、敵意と言うのは正確ではない、あの力と金の魔王を打ち倒してみるのも面白そうだと、そう言う思いがいつの間にか心の奥底に宿っていたのだ。


 そうして僕は、計画を練り始めた、敵は強大、強力無比。躊躇いなく引き金を引き、金の為には惜しみなく金を使う。





 やりがいがある。





 計画を練り始めてから、生まれて初めての充実感を得られていた。先ずは魔王の情報を詳細に得る。商売の事、暴力の事、生まれの事、育ちの事、ありとあらゆる情報を内密に調べ上げて丸裸にする。


 組の主な収入源は薬と銃器だ、取引相手は国内外に多数存在する。兵糧攻めをするケースも考え詳細に調べ上げる。


 魔王の手足にはPMC上がりの元軍人も多数いる。躊躇なく的確に引き金を引ける達人たちだ。だが最も警戒すべきはボディガード兼専属の殺し屋、比良坂ひらさかだ。

 彼または彼女については情報が無さすぎる。どんな得物を使う所か性別すらも定かではない。名前恐怖だけが独り歩きしている正しく理想の殺し屋だ。人材集めを密かな楽しみとしている自分としては、是非とも手に入れたいところだが、今の所は煙の向うだ。


 生まれ育ちに関しては特に収穫は無かった、平凡な貧乏家庭で生まれ育った天涯孤独の身と言う事。だが落胆は無い、愛や情、過去に縛られないのが魔王の強みだ。そこに弱点となるウエットな部分を見つけていたら、もしかして拍子抜けして反旗を翻すのをやめていたかもしれない程度には期待していなかった。

 魔王にはひたすらに前を向いていてほしい。

 力を求め金を求め、血に飢えた獣の様にひたすらに飢えぬ渇きを抱いて欲しい。その横面を思い切り叩きのめす、これより楽しいことは無いだろう。


 敵を知り、己を知る。自分の武器を磨くことも重要だ。

 こちらの手ごまとしては、虎を筆頭とした武力と蛸を筆頭とした情報分析だ、魔王の持つ力と比較すれば未だ劣るが、全く相手にならないと言う訳ではない。それに、これ以上の力を持てば警戒される、ギリギリのラインと言った所だ。

 相手には嘗められている位でちょうどいい、まぁそれほど甘い男が相手ではないが。


 ワクワクする、楽しい。まるで目の前に超えるべき得物を見つけた登山家のようだ。

 敵を油断させるため、敵に警戒をさせないため、さりとて無能者だと見捨てられないように。功績を重ねつつ、適度に手を抜いていく。焦らず、しっかり、確実に。

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