第12話 鎮火
轟々、轟々と鉄の塊から炎が上がる。
バチン、バチンと火花が爆ぜる。
ゴムの匂い、プラスチックの匂い、何らかの樹脂の匂い。
石油製品が、
それらの刺激臭に交じり『 』が燃える匂いが、薄らと、だが強烈な主張を行う。
「パパ!ママ!」
幼い私の叫び声は、炎の猛る音と、爆発音にかき消される。
「―――――!!」
「いや!離して!パパが!ママが!」
「―――――!!」
「パパが!ママが!」
ガバリと私は跳ね起きる。
全身は汗でびっしょり、呼吸は荒く、心臓は早鐘をうち、皮膚は熱いんだか寒いんだか分からないぐらい泡立っている。
夢、夢を見た。
幼いころの夢、事故で炎上する車の夢。
久しぶりにこの夢を見た。幼いころは毎日の様に見ていた夢だが、放火をし出してからはあまり見なくなっていた夢だ。
「……はぁ……最悪」
私は全身にこびり付いた匂いを振りほどく様に、枕に顔をうずめながらそう呟いた。あの時の事は、正直よく覚えていない。事故のショックで記憶が曖昧なのだ。それに加えて月日が経つにつれ、おぼろげになってきている。人間の記憶と言うのはなんていい加減な事だろうと我ながらそう思う。
覚えているのは強烈な熱さと、凶悪な匂い。それに包まれながら助けを……助けに?助けて?
ヤバイ、本格的に記憶が曖昧になってきている。大炎上している車内に取り残された父と母を目に私は……私は……?
ともかく、病院で目が覚めた私が聞いた話によると、私は事故現場から少し離れた所で
気絶していたらしい。逞しいんだが、情けないんだが分からないが、私は無事生還してしまったと言う訳だ、右手に宿る薔薇を残して。
ガラリと教室のドアを開ける。周囲がザワザワと静かに五月蠅いが気にしない。私は日課となった座席のチェックを終えてから、何事も無かった事に運の良さを感じつつ着席する。
いや運が良かったわけではないだろう。ちらりと遥の席を眺めるそこには誰の姿も無かった、イジメが始まってからは何時も遅刻ギリギリで登校している私が、空席を確認したと言う事は、遅刻あるいは欠席と言う事だ。
そう言う訳で、司令塔の不在に、指示待ち人間達は、どうしていいか分からずに保留と言う事になったのだろう。
ふぅむ。少しやり過ぎてしまったのかと私は思う。いや、火力的には少し派手なキャンプファイア程度だったのだが、彼女には刺激が大きすぎたようだ。まぁ私としては鬱陶しいイジメが無くなりさえすれば後このとは知った事じゃない。
人を呪わば穴二つとなるのか、溺れる犬の顔面シュートとなるのか多少の見ものではあるが、基本的に関係ないし興味も無い。
イジメが終わったら平和が訪れるのではない。次のイジメへの準備期間が待っているだけだ。叩いても叩いても次々出てくるモグラ叩き、それが泥炭地火災と言うものだ。
そんな些事よりも私の関心事は小泉の事だ。一昨日はついつい辛抱たまらず放火してしまったが、抜け目のない奴の事だ、その事はしっかりとチェックされているだろう。今の所奴からの接触はないが、か弱い私の柔肌は奴の毒牙の上と言っても過言ではない。いつ何時、奴の魔の手が私の首を締めに来ても可笑しくはないのは確かだ。
放火に関して反省はしても後悔はしない事をモットーとしている私は、イジメの最中よりも尚、神経をとがらせながらその日の授業を乗り越えた。あんな男に負けてたまるか。
「おっちゃーん!来たよー!」
正直どの面下げてと思わなくもないが、そこは私のプリチーな顔で勘弁してもらおう。
自分の顔なんぞにそこまで自信がある訳ではないが、おっちゃんがいつもつるんでる
「おう、元気そうだな嬢ちゃん」
どこか呑気な、元殺し屋。私はおっちゃんの顔を見るだけで、透き通る風が心を抜けるような気がする。
おっちゃんは風だ。爽やかな秋風だ。誰にも縛られず自由で気ままで気まぐれだ。風は火にとって無くてはならないもの。火は風と共にあって、大きく大きく育つことが出来る。
あの胡散臭い小泉とは大違い。奴は水だ、火の天敵である水。誰もを魅了する
「へへへー。今日は報告に来たよ」
私はそう言ってVサインをする。
「イジメ終わりましたー!」
「おおそうか!よかったな!」
全部がまるっと解決した訳じゃないが、今日の所は大丈夫だったのだ。
遥の気が変わったり、首謀者が変わった場合、またキャンプファイアに連れていけばいいだろうと言う事も分かった、取りあえず現時点ではそれでOKだ。
未来の事でくよくよと後悔するなんざ、私には似合わない。為せば成る、為さねば燃やせ何事も。いざとなったら全部丸ごと燃やしてしまえ、それが
取りあえず不安事を心の焼却炉にぶち込んだ私は、おっちゃんと他愛のない世間話に花を咲かせたのだった。
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