魔法少女ですが、男子です! ~最強カワイイ男の娘魔法少女は妖怪退治をがんばります!?~

六篠壱岐

第一部 ぼくと妖精と魔法少女

第0話 プロローグ・魔法少女と少女のような少年

 ――――みんな、「魔法少女」って知ってる?


 それは、魔法の国の妖精に不思議な力をもらった女の子が、その力で可愛く変身した姿。

 ご近所のトラブルから悪者退治まで何でも解決してくれる、正義のスーパーヒロイン。


 そんな魔法少女になれたら、毎日がすっごく楽しくなるって思ってた。


 けれどすぐに……そんな事は無理なんだって分かってしまった。


 「魔法少女になれるのは、女の子に決まってる」


 うん……残念ながら、ぼくは男の子だったんだ。小さい頃はそれがすごくショックで、よくお母さんに泣きついてたっけ。


 お母さんは「魔法少女の他にも、人の役に立つ仕事はいっぱいあるよ」と言っていたけど……


 ――――ぼくはやっぱり、魔法少女がよかった。ぼくは魔法少女になりたかったんだ。



 それからしばらくして、ぼくにもフィクションと現実の区別がつくようになった。


 魔法少女なんて、本当はいないって……アニメや本の中、人の想像の中にしか、存在しないものなんだって事も、理解できるようになった。


 それでもぼくは、魔法少女が好きだった。今でも魔法少女は、ぼくにとって憧れの存在。

 自分ではなれないとしても、空想の中だけの存在だろうと、その気持ちは変わらない。


 ぼくは、どこにでもいる……とは言えないけれど、ただ魔法少女が好きな男の子。

 きっとそれは、これからも変わらない。そう思っていた。


 そう。あの夜、あの出逢いがあるまでは……ずっとそう思っていたんだ。




 その日、ぼくは塾の帰りに遠出して、ふたつ隣の駅までライトノベルの新刊を買いに行っていた。


 ぼくが読んでいるようなライトノベルは、近くの本屋さんでは置いていない。通販で頼むとお祖父じいちゃんがあまり良い顔をしないのもあって、こうして大きな駅近くの専門店まで買いに行くのだ。店舗特典もつくしね!


 そこでお目当ての本と……もう一冊、少女漫画の雑誌を手に取る。こっちは別に地元の本屋でも買えるのだけど、小学生の男子がレジに持って行くのにはちょっと勇気がいるというか……店員さんもお客さんも“あちら側”の住人であるこういった専門店じゃないと、どうも安心して購入できないのだ。


 本が入った紙袋をカバンに詰め込み、店を後にする。ライトノベルも楽しみだけど、今は少女漫画雑誌の方がすごく気になる。

 今アニメが放送中の魔法少女モノの漫画が、巻頭カラー&大特集! 別冊付録まで付くとなっては、もう買うしかないじゃないかっ!


 ぼくはこのようにして、定期購読してない雑誌を衝動買いしてしまう事が割とよくある。本当は毎月買いたいけど、おこずかいの都合もあるし……何より男の子の部屋にそういった本がずらずらと並んでるのは世間体的によろしくないのだ。


 ……「こういう趣味です!」と胸を張って言えないぼくが、ちょっと情けない。



 というわけで、ミッションを達成したぼくは電車に乗って帰途についた……のだけど、そこで小さなハプニングがあった。

 電車が突然、急ブレーキをかけたのだ。


 ぼくは例によってドアの脇の手すりにつかまっていたので事なきを得たんだけど、そばに居たおばあちゃんがバランスを崩し、足をもつれさせ倒れ込んでしまった。


 ――――危ない! ぼくは咄嗟におばあちゃんを支えようと身を乗り出して……そのままべちゃり、と床に押し倒されていた。


 うん。こうなるのはわかってた……自慢じゃないけど、ぼくの腕力は小学六年生の平均を大きく下回る。大人ひとりを支える力など当然ありはしない。


 わかっていても、体が動いてしまったのだ。ぼくはたまにこういうポカをやらかしては「よく考えてから行動しましょう」なんて言われる事がある。

 ……わかってはいるんだけど、いざとなると考える余裕なんてどこかに飛んでいってしまう。困った性分ってやつなのかなぁ?


「あらあら、大丈夫?」


 先に身を起こしたおばあちゃんが心配そうにのぞき込んでくる。良かった、怪我とかはしていないようだ。


「だ、大丈夫! 大丈夫ですっ!」


 ぼくも慌てて起き上がる。おばあちゃんに余計な心配をさせたくないし、実際こっちも特に異常はない。

 おばあちゃんはその様子を見てほっ、とため息をついて……ひと言。


「御免なさいねぇ、お嬢ちゃん」


 その時になって、ぼくは気付いた。倒れた拍子に、被っていたパーカーのフードが脱げていた事に。



 ……そう。今更ながら告白するけど、ぼくの顔は女の子にしか見えない。それも、超がつくほどの美少女というおまけ付きだ。


 こればかりは、そう生まれついたとしか言いようがない。こうやって間違えられるのも、いったい何度目になるだろうか?


 停止した電車の中、周囲の視線がぼくに集中する。フードが脱げたせいであらわになった、銀色の髪……一目で普通じゃない事を主張する、これも生まれつきの特徴が、否が応にも他人の目をきつけてしまう。


 こういった状況を経験するのは、残念ながら一度や二度ではない。だからこういう時、どういう対応をすればいいかも分かっている。

 要は平常心。あとは間違いを訂正しようなどと思わず、周囲の期待する反応に徹するだけ。


 ぼくは、ゆっくり周りを見回すと――――そのまま何事もなかったように、にっこり微笑んで会釈した。




 電車は程なくして動き出し、ぼくは無事に地元の駅に着く事ができた。車内で聞いたアナウンスによると、線路内に人が立ち入ったという事らしいけど……

 それよりも窓から見えた、近くの高速道路で上がる火の手のほうが気になる。事故でもあったんだろうか?

 電車の急ブレーキとは無関係だと思うけど、何だろう? 妙な胸騒ぎがする。


 駅を出た頃にはすでに辺りは夜のとばりに覆われ、雲間から降り注ぐ月灯りがただ静かに街を照らしていた。

 ……あれ、たしか今日は一日中曇りの予報だと思ったのに。そう思って空を見上げると、


「……え?」


 輝く月の中を、ちいさな人影がよぎった。


 月の中に……人が? ぼくが眼鏡をかけ直し再び目を凝らすと、その時すでに月は見えなくなっていた。流れてきた黒く大きな雲に覆われてしまったのだ。


「もしかして……ううん、さすがに無いよね」


 不意に脳裏に浮かんだのは、月をバックに決めポーズを取る魔法少女のイメージ。小さい頃に刷り込まれた、原体験のような映像だ。


「魔法少女なんて、いるわけない……」


 最近になって、魔法少女に関する都市伝説が話題になっているのは知っている。けれど、それだって結局は噂話にすぎない。

 魔法少女の実在を証明するものなんて、なにも無いのだから。


「でも、いたら……いいなぁ」


 人気のない道を急ぎ足で歩きながら、誰にともなくつぶやく。

  

 


 それは、ぼく――――月代灯夜つきしろとうやがウンメイの出逢いを果たす、ほんの少し前の出来事。後にして思えば、この時すでに……


 ――――ぼくの物語は、始まっていたんだ。

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