第35話 契約の儀

 すでに人影の無くなった校庭の片隅で、ぼくとしるふは向き合っていた。


「……とーや、わかってて言ってる? 本契約は仮とは違うんだヨ。一度契約したら、それは一生続く……途中で解除とか、できないんだから」


「構わないよ。それよりもしるふの方はどうなの? 相手がぼくじゃ嫌だとか……ないよね?」


「それは、ないケド……とーやは才能あるし、何よりイイ子だからネ」


「それじゃあ早速……」


「いや、だから待ってってば!」


 両手足をぶんぶん振って制止するしるふ。


「一生モノの話なんだヨ。そんなにすぐ決めちゃってイイの? あとで後悔しても遅いんだヨ?」


 いつもはゆるふわなしるふのまっすぐ真面目な表情に、ぼくはこの決断の重大さを再認識していた。

 一度契約してしまえば、もう元の生活には戻れないかもしれない。普通の人間としての、当たり前の人生から大きく外れた道を進むことになるのだ。


「……後悔、するかもしれない。けれど、もう決めた事なんだ」


 そう、決断はもう済んでいる。今ぼくにとって一番大事なのは静流ちゃんを助ける事。その為なら何だってやるつもりだ。ぼくなんかが払える犠牲なら、いくらだって支払ってやる。困るのなんて彼女を助けた後でいい。


「静流ちゃんを助けるには、本契約するしかないんだ。お願い、力を貸して……しるふ!」


「うーーーーん………………」


 ――――難しい顔をしたままふわふわ漂うしるふ。ぼくと契約すれば屋上のウンディーネと戦うことになる。それは当然、しるふ自身も危険にさらされるという事だ。ぼくは無理なお願いをしてしまったのかもしれない……


「……よしっ」


 不意に明るい声が響いて、ぼくの前にはいつもの笑顔をたたえた風の精霊がいた。


「アタシも覚悟、決めたヨ! こうなったらドククワバサラマデだヨ!」


「それじゃあ……」


「するヨ契約! とりあえず、手順を説明するネ」




 ――――ひと通り説明を受けたぼくは、静かに目を閉じて儀式の始まりを待つ。さすがに仮契約とは違って、それなりの儀式が必要なのだ。


「始めるヨ……我ここに宣言す。いにしえよりの定めに従い、契約の儀を施行せん!」


 しるふの手がぼくの額に触れ、文字を記すように複雑な動きを繰り返す。ぼくは目をつぶったまま、言われた通りに深呼吸する……「リラックスするコトが大事!」だそうだ。


「……輝ける風の下、我と汝の契約は成されん。我は“しるふ”、汝は“とーや”。我、汝の名を唱えん。“とーや”」


 しるふがぼくの名を呼んだ途端、ごう、と激しい風が吹き込んできた。思わず目を開けたぼくが見たのは、渦巻く突風。ぼく達の周りを包むように吹き荒れる魔法の風だ。


「汝、我の名を唱えん。」


 ――――手順では、ここでぼくがしるふの名を唱えることになっている。というか、ぼくが儀式に干渉するのはこの部分だけで……あとは全部しるふ任せなんだけど。


「“しるふ”」


 そうぼくが唱えた瞬間、状況は一変した。



 まばゆい光の奔流が風に乗って荒れ狂い、青と緑の閃光が視界を埋め尽くす。ぼくとしるふはあっという間に暴走する輝きの海に飲み込まれていた。


「うわっ……」


 体が、溶けていくような……不思議な感覚。光と、風と、溶け合い混ざっていく……自分が、自分でないモノに変わっていくような違和感に、ぼくは恐怖した。


『とーや! 落ち着いてジブンをしっかり持って!』


 体の内から響くような、しるふの声。そうだ、ぼくはひとりじゃない……しるふが一緒なのだ。そう思うと、心の中にぽっと明るい火がともったような気がした。


『そうそう、そのチョーシ! 落ち着いたら第二段階いくからネ~』


「第二段階?」


『ここからはとーやのセンスが試されるからネ~。しっかりイメージするコト!』


「イメージって、何を?」


 ちょっと、こんなの説明に入ってなかったよ! どうなってるの!?


『そうだネ……あ、とーやの部屋に置いてあった人形! あれをイメージしてみて~』


 人形……? 訳が分からないまま、とりあえずイメージしてみる。最新のドレスを着た、一番お気に入りの人形……お母さんが残した人形だ。


『うんうん、いいネ~。でもちょっとフリフリ感が足りないかな……ちょっと足してみてくれる?』


 フリフリ感って……まぁ、そういう事なら……とフリルを増量してみる。全体のバランスにも修正を加え、よし。これはこれでイイ感じかも?


「こんなので、どう?」


『オッケー! じゃあ、コレでいくネ!』


「いくって、どういう事……」


 言いながら、ぼくは気付いてしまった。これって、もしかして……


『そのとーり! 魔法少女とーやの美しすぎるコスチュームだよ~』


「ちょ! 待っ……」


『大丈夫! とーやなら何着ても絶対似合うヨ~。ハイ5、4、3、2……』


 ヤバい! このままじゃ魔法少女ならぬ魔法女装少年が爆誕してしまう!

ぼくは急いでイメージを修正する。少なくとも、女装に見えない方向へ……昔デザインした中に、確かあったはず……


『……1、ゼロ! そーれ、変身だヨ~!』


 青い光がまたたいたかと思うと、唐突に――――世界が、弾けた。

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