第27話 葛藤と決意と
終業のチャイムが鳴って、今日も学校生活のノルマが終わりを告げた。
教室をダッシュで飛び出す子もいれば、いつ終わるとも知れない楽しいお喋りを続ける子たちもいる……いつも通りの、当たり前の放課後。
けれど、そんな当たり前の日々もあとわずか。ぼく達六年生はもうあと半月もしないうちに卒業してしまうのだ。
中学校での生活がどんなものになるかはわからないけど、それは今この時とは似て非なるものになる……と思う。
今現在の生活が……思い出の中だけのものになる。
まだ12歳のぼくにはいまいち実感がわかないけれど、今この一瞬を懐かしく思う日がきっと来るのだろう。
……まぁ、結局寝不足のせいで今日一日の出来事はほとんど頭に残ってないんだけどね。
「じゃあね~」「月代君バイバイ!」「灯夜ちゃんまたね~」
とりあえず荷物をまとめて席を立つ。特に急ぐ用があるわけじゃないけど、置いてきたしるふが気になるっちゃなる。
……流石にもう起きてると思うけど、起きたら起きたで心配だ。何かやらかしてなきゃいいけど。
「おーい、灯夜ー!」
スポーツバッグを背負った女の子が駆け寄ってくる。見慣れた帽子を被った、ボーイッシュな女の子。
「一緒に帰ろうぜ!」
――果南ちか。人見知りしがちなぼくにとって数少ない友達だ。彼女と一緒に下校するのは半ば日課になっている……といっても、校門を出て坂を下ればすぐに道が分かれてしまうので、一緒の距離は大してないのだけども。
教室を離れ、廊下を進み、階段を降りる。道中話すのは……専ら魔法少女関連の話題だ。
彼女にとって今最もアツいムーブ(彼女談)であるところの魔法少女。しかし残念なことに、これはクラスの女子にあまり受けが良くない話題らしい。
確かに、これから中学に進学する年頃の女子の話題といえばオシャレやファッション、芸能人関係が主である。魔法少女なんていういわゆる“子供っぽい”話題は好まれないのだ。
それでもなお、彼女は魔法少女への想いを暴走気味に熱く語り続けていたわけだが……
ある時たまたまアニメの魔法少女の話になった時、唯一話を合わせる事ができたのがきっかけだったのだろう。彼女が、ぼくに頻繫に話しかけてくるようになったのは。
同じ話題で盛り上がれる友達がいると――――それがマイナーな話題であればあるほど、嬉しい。
そんなわけで、ぼくはクラスの人気者であるちかちゃんと友達になれた。それ自体すごく幸運な事だと思うし、感謝もしている。
けれどそれ以上に……ぼくの前で魔法少女について語る彼女がとても楽しそうなのが、ぼくは嬉しいのだ。
「――目撃情報をまとめると、なんか巫女コスっぽい感じで……うおっ!」
話しながら何気なく階段を降りようとしたちかちゃんの顔前に、にゅっと大きなダンボール箱が現れたのはそんな時だった。
危ない、ぶつかる――――と思いきや、華麗なステップを踏んで回避に成功するちかちゃん。ぼくだったら確実に激突していただろう。
「おいコラ! あぶねーだろーが!」
それでも流石に肝を冷やしたのか、ダンボール箱に……正確にはダンボール箱を抱えた女生徒に食って掛かる。
「……失礼。けれど、あなたの方もよそ見をしていたみたいだけど?」
箱を抱えたまま歩みを止め、言い返す女生徒。くるりと揺れるポニーテールが、ぼくの既視感を急激に呼び覚ます。
自らの非を半分は認めつつも、もう半分を追求する事を恐れない。そういう小学生離れした物言いをする人物に、ぼくは心当たりがあった。
――そう、綾乃浦静流。ぼくの事を……嫌っている女の子だ。
「う……まぁ確かにそうか。悪りぃな」
過失を指摘され、あっさり勢いを削がれてしまうちかちゃん。一見して粗暴な印象のある彼女だけど、こういう時に逆ギレするような子ではない。
弱気でも臆病でもなく、自分に非があるときは素直にそれを認める勇気を持っているからだ。
「ぶつかった訳じゃないのだから、気にしなくていいわ」
そう言い残すと、静流ちゃんは再び階段を上り始める。結局、彼女が視界から消えるまで、ぼくは動くことができなかった。
「おい灯夜、なにボーっとしてんだよー」
「え? べ、別に……」
やっぱり出会ってしまうと、駄目だ。ぼくの頭は案の定、静流ちゃんの事でいっぱいになっていた。
隣のちかちゃんに上の空で対応するのを申し訳なく思いつつも、どうしても思考の迷路から抜け出せない。
つい先程のあの場面……ぼくは彼女とまともに目を合わせる事もできなかった。
昔のぼくだったら、彼女と友達だった頃のぼくだったら――――きっとためらわずに声をかけ、手助けしようとしたに違いない。女の子一人で運ぶには大きすぎる荷物だ。ぼくがいかに非力とはいえ、それでも少しは足しになる。
今、それができなかったのは……そう。ぼくがもう、静流ちゃんの友達じゃないからだ。
静流ちゃんは嫌がるだろう。彼女はぼくに助けられる事を、望まないから。
ぼくを見て、曇る彼女の表情。それを想像しただけで、怖い。
ぼくの存在そのものが、彼女にとっては不快でしかない――――それを思い知らされるのが、たまらなく怖い。
彼女に嫌われてから、もう二年近くにもなる。考えてみれば、話しかける機会なんていくらでもあった。
同じ学校に通っているのだ。休み時間でも、放課後でも、いつだってよかったのに。
それなのについ昨日まで、ぼくはずっと彼女と話せなかった。昨日たまたま偶然居合わせるまで、彼女を避けていた。
その昨日だって、大した事を話せたわけじゃない。実際彼女は、何も答えてはくれなかった。
けれど今思えば、あの後……ぼくは安心していた。彼女が何も言わなかった事に。彼女の口から、ぼくを傷つける言葉が出なかった事に安堵し、ほっとしていたのだ。
そうだ。ぼくは彼女を傷つけるのが怖いんじゃない。ただ彼女に、傷つけられるのが怖かったんだ。
ぼくが、ぼく自身が嫌われて、傷つくのが怖い。ただそれだけ。
いつでも、どうしようもなくぼくは弱くて、だから嫌われるのは当たり前。そう自分に言い聞かせて、悔しさを諦めに変えていったのは、いつからだったろうか……
数分もしないうちに、ぼく達は昇降口近くまで来ていた。何度となく通った道だ。考え事をしながらでも迷う事はない。
このまま下駄箱で靴を履き替えて外に出れば、いつも通り家に帰るだけ。いつも通りの……何も変わらない一日。
けれどその日々も、あと半月足らずで終わる。このまま何も変わらないままに、終わってしまう。
気が付くとぼくは、助けを求めるように周囲を見回していた。何から救われたいのかすら、わからないままに。下校していく生徒たち、部活動に向かう体操服の下級生たち、大きな段ボールの箱を持って階段に向かう林先生。
――――林先生! ぼくは、急に頭の中にかかっていた霧が晴れ、クリアーにスッキリしていくのを感じていた。
そういえば昨日も、先生に頼まれて荷物を運んだのだ……視聴覚室から屋上の階段前へ。屋上の階段前は事実上不要物置き場だから、昨日ぼく達はいらない物を運び出した事になる。
それはつまり、近々必要となる物が視聴覚室に運び込まれる為、そのスペースを作る必要があったからだと考えられないだろうか。だとすれば――説明がつく。先生がさっき静流ちゃんが運んでいたのと、同じ段ボール箱を抱えている事にも。
「ごめんちかちゃん、先に帰って!」
「……え、オイ何だよ灯夜ー!」
ぼくはちかちゃんに背を向け、林先生を追って階段を上る。そう、これは――チャンスだ。
何も変えられなかった二年間を変える、たぶん最後のチャンス。
うまくいけば、必ず彼女と……もう一度、静流ちゃんと会うことになる。今度こそ、キッチリ話すんだ。
傷つくのは怖い。けれど、何もわからないまま全てをうやむやにしたくない。ぼくは弱くて、何か理由をつけなけりゃ話しかける事すらできやしない。けれど、こじつけでも……理由があれば。
ちっぽけな勇気を精一杯奮い立たせて。
ぼくは、先生を呼び止めた――――
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