琴瑟相和
私の通っている高校には四つの不思議な噂がある。よくある「学校の七不思議」のようなものだ。
旧校舎の花子さん。トイレの花子さんではなく、旧校舎の花子さんだ。高校の敷地の隅には十数年前まで使われていた旧校舎がある。その旧校舎の窓際に時折赤いワンピースの少女が現れるという話だ。そして、その少女と目が合うと「あちらの世界」に連れていかれてしまうとか、何とか。
数年前まで映画研究会が旧校舎を撮影場所に使っていたというのが噂の真相だろう。確か映画研究会の持っている衣装の中に赤いワンピースがあったはずだ。
屋上の黒い影。夜遅くに学校を訪れ、校舎の屋上を見上げるとじっとこちらを見ている人影があるらしい。屋上から身投げした生徒の霊だという話もある。
これにも同じように噂の真相だと思われるものがある。私の高校の屋上には小さな田んぼがある。どこかの部活、生物部か園芸部だったかの田んぼだ。そこには案山子がある。今は新しいものに変わってしまったが、去年の夏ごろに見たときは黒いビニールをベースにしたものがあった。きっとそれが黒い影の正体だ。夜に見たのなら、見間違えるのも仕方がない。ちなみに、うちの高校で自殺者が出たことはない。
音楽室の赤いしみ。音楽室のグレーのカーペットをめくると、赤黒いしみがあるのだ。ここで人が死んだだとか、この土地は昔人が多く死んだ場所だからその怨霊がどうのこうのだとかの噂がある。
これに関しては、私も友人に連れられて見に行ったことがある。残念ながら、その時にはもう誰かが漂白剤でも使ったのか、そこだけ不自然に白くなってそのしみは見られなかった。まあ、部活の先輩から教えてもらった地域のオカルト掲示板に漂白される前のしみの写真があったので、「実物ではないが見たことはある」と言ってもいいかもしれない。
これに関しては、前の二つのように真相に関する話はない。しかし、この新校舎ができてからの十数年間で音楽室での流血沙汰は聞いたことはない。人の口には戸が立てられないとも言うし、何も話を聞いたことがないということは、ほんとうに何もなかったのだろう。そもそも、噂の中では大げさに言われているが、写真で見た限りだと血だとしても数滴程度の小さいものだった。
最後の噂に関しては少し毛色が違う。旧校舎のさらに奥にあるお稲荷様の小さな社に、誰かと二人で自分たちの名前を台座の裏に書いた一対の小さなお稲荷様をお供えすると、その二人の縁は死んでもなくならないらしいというものだ。
前の三つのように真相だとかそういう話をだせるようなものではない。前の三つはあくまでもあるものを見るという受動的ともいえるものだったが、これは「おまじない」だ。しかも、このおまじないを実行しようとしたという話自体は聞いたことはあるが、実際に実行したという話は聞いたことがない。
私が高校に入学してから、もう三年経とうとしていた。進学先も決まり、三月末からはこの田舎町を離れ、新幹線で数駅先の街で一人暮らしする予定だ。
ほとんどの人はまだ大学受験が終わっていないようだが、私は特にすることがなく暇を持て余していた。何かと早め早めに行動する性格で、一人暮らしの準備ももう終えてしまっていた。仲の良い友人たちは受験が終わっていないようなので、当然遊びに誘うこともできない。卒業旅行の予定もあるが、それはまだ先のことだ。
惰眠とネットサーフィンを繰り返す数日だったが、ある日、メッセージアプリに新着の通知があった。近くに住む、幼馴染みからのものだった。
「もうすぐ卒業だし、あの噂試してみない?」
あの噂とはきっとお稲荷様のおまじないのことだろう。どうせ暇だろうから今から家に向かう、とも続いていたので、パジャマから着替え、幼馴染みの到着を待つことにした。
一時間もたたずに、私の家のインターフォンが鳴った。
「おじゃましまーす。」
コンビニの袋を持った幼馴染みを迎え入れ、自分の部屋へ通した。
「で、噂の話だけど。」
我が物顔でベッドに腰掛けると早速口を開く。
「やるのは別に構わないんだけどさ、お稲荷様の像はどうするのよ?」
したり顔で幼馴染みは袋の中から木箱を二つ取り出した。中には小さな陶器のお稲荷様がある。
「縁じゃなくて、永遠に結ばれるっていうバージョンもあるんだけど。」
幼馴染みは少し考えるそぶりを見せた後、にこりと笑った。
「瑞希なら、いいよ。」
幼馴染みに連れられ、夕方の校庭に向かう。部活も大体のところは終わったようで、下校途中の生徒たちとすれ違った。
「早いものだねぇ。」
家を出てから途切れていた会話が再開される。
「三年なんてあっという間だったね。」
「少し寂しいかな。」
校庭の隅を歩き、旧校舎へと向かう。
「でも、静香って私と同じ大学でしょ?」
「学部は違うし。」
今は使われなくなった焼却炉を通り過ぎると、旧校舎を囲う簡易的なフェンスが見える。
「キャンパスは同じだよ。」
「瑞希のアパート遊びに行っていいでしょ?」
静香は立ち止まって振り返る。明るい彼女には珍しく、少し不安そうだった。
「私も静香のとこ行っていいんでしょ?」
笑って答えると、静香も嬉しそうに笑った。
お稲荷様の社は一応の手入れがされているのか、雑草が生い茂る、というほど荒れ放題というわけではなかった。それ以上に目につくのは、社の外に大量に置かれた小さなお稲荷様の像。そのどれもが赤いひもやテープで二つを結び付けられていた。
「初めて見るけど、結構すごいね。」
新しいものも多い。
「瑞希、ペン。」
私はカバンから油性ペンを取り出し、静香に渡す。静香は木箱の入った袋を私に渡すと、台座の裏に自分の名前を書いた。私もそれに倣ってもう一つの方に名前を書く。
「そういえば、紐なんて持って来てないよね。」
噂には紐のことなんて一切なかった。
静香は何かを見つけたような顔をして、私の頭の後ろに手を伸ばした。
「これ、もらっていい?」
ハーフアップがほどかれ、顔に髪がかかる。
結論から言おう。何も変わらなかった。
私と静香は相変わらず仲がいい。
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