語彙占いは当たらない。「今は夜?」太陽による。明かり先は波切咲。

読者

命あっての物種。よって僕のものだね

「語彙占いを自動化した?」

ギリギリの時刻に登校してきた友人の言葉に、波切咲はオウム返しをしてしまう。これではまるで物語の冒頭で最初は主役に喋って欲しいという意図で行われるあれのようだ。物語の登場人物にはなりたくないので、次からは気をつけよう。

「うん。カスタマイズできるAIが発売されたって言えば分かりやすいと思うけど、大事件だったんだよね。私みたいな一般人でも自然に会話できるAIが作れるようになったんだから」

友人の言葉がわかりにくいのは波切の理解力を信用しているのだろう。たぶんAIと会話をする中で自然に出た語彙を分析することでより普段使いの語彙で占うことができるのだろう。あとお前は一般人じゃない。

「では出向こうかな?」

「買い出しの間に侵入するから遅めでよいぞ。六時だ」

「五分前に着いたらどうなるかな?」

「母が高めの声で外出している、と言うからきっとあそこだな、と聞こえるように呟いて裏口から侵入する準備をしろ。監視の目があったら二階の窓から直接入ってくるのがよい」

「なるほど?やれたらやるかな」



VRの中だということがわかりやすい空間だった。相手もいかにも現実の人間ではない。

「こんにちは。波切咲(なみきりさき)さん。私は神庫愛(じんこあい)と言います」

「こんにちは愛ちゃん。波切(なきり)だよ」

下の名前は秘密だけど、咲って言うらしい。

「今日はいいお天気ですね?」

自然な会話の導入としてどうなんだそれは。ここ背景に空無いし。

「そうだね。明日は槍かな?」

そう言うと彼女は少し間を開けて発言する。意味の薄いジョークは駄目なのかな?

「明日もいいお天気ですね?」

「うーん。波切は外出したくないなぁ」

波切は、初対面の人間に対しては名字を一人称にして喋る。読み間違えられた場合は特に。これを作った友人にもそうしなければいけないかもしれない。

というか、ジョークにはちゃんとジョークで対応できるのか、自然かはわからないけど。

「私がコンビニ強盗をやるので、あなたは降ってくる槍をやってください」

コント?なんかいきなりコントが始まったけど?これコンビニ大好きの庶民みたいな判定が出ちゃうんじゃないの?

「人間がいいな。良家のお嬢様だともっといいですわ」

「では私はコンビニの店員をしましょう」

「あら、庶民があくせくはたらいいてますわ。まあ私には関係ないことですわ。……それ以来、二人は二度と会うことはなかった……。完」

愛は波切の発言には答えない。

「今のところ、あなたの結果はよくありません」

いきなり中間発表を聞かされてしまった。

「ご趣味は?」

さて、きたぞ。これは重要な質問だな。 なるべく正確な答えをしないと、ゆくゆくは愛を波切とそっくりの性格にして擬似的な永遠の命を実現させるのだから……。


「この心理テストの結果から、あなたの寿命がわかります」

愛との会話が終わると、友人が話しかけてくる。

波切はヘッドセットを外す。少し変な感覚だ。ワープでもしたような感じ。装いは非現実だが、それが現実であるように感じるほど、物理法則がリアルだったのだろうか。

「さて、ここに私の占い結果があります」

「どうやって結果出してるの?」

「うーんとね。実は今のはAIの標準機能であれで話し相手のような性格に設定するんだけど……」

「初耳だぜ」

波切のアプローチは正しかったのでは?やっぱりみんな自分の可能性を信じているのだろう。

「うん。つまりAIどうしで本音の会話をしてもらってそれがどの程度噛み合うかで判定するの」

「私が本能を剥き出しにしたら君のAIの精神は崩壊するがね」

「ほう?面白い。我が下僕がお前の分身を喰らい尽くすであろう」

そういうことになった。


解像度の荒いモブになった波切はAIたちの会話を聞きながら、あることを思い出していた。

波切がマジカルバナナですべてを人間に帰着させるマンチプレイした時のことだ。それを見事に捌ききった友人は的確に捉えどころのない言葉を下家に投げつけていた。あれ以来、波切は友人を只者じゃないと思うようになった。しかし、このエピソードにこそ弱点へのヒントがある。難しすぎるとか反則だとかしりとりでは二回同じ単語を出してはいけないとか騒ぎ立てたほうが勝ちやすかった。つまりプライドか友情か、彼女には枷がある。加えて愛には波切の奥義を一つ教えてある。ふふ、勝ったら何を強請ろうか……。

そんなことを考えていると愛が名前から自分がAIだということを指摘され自己肯定感を下げられ反撃の暇もなく葬られた。命名権を奪われた時点で勝敗は決していたのだ。

波切は持てる限りの語彙を使って必死に抗議した。

「ずるーい!ずるいずるい!」

名前も知らないAIのトドメの一言が愛に刺さる。

「波切咲はお前を利用して永遠の命を得ようとしている。親しげにしたのはそう言う人間になりたかったからだ」

うーん。たしかに会話の間は自分の良い部分をどう保存するかしか考えてなかったけどさ……。

友人の1ドットの目が波切の方を見る。

「お前の弱点はこれが語彙占いだと聞いて自分のフィールドだと思ったことだ」

?……どういうこと……??……まあいいか。てきとうにノっとけ。

「やっぱり、人間を語彙で判断してはいけないんだな……」

「?……まあそうだね……?」

脱線した物語を無理やり元に戻すようなセリフを言って友人を困惑させてしまった。今度から気をつけないといけないかも。

波切は物語が終わる時のような発言をしないよう気をつけた。


私は愛という名前を捨てることにした。完。


こうして第一回精神セキュリティバトルは幕を閉じた……。

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