第4話 終わりにして始まり
その夜、空に大きな満月が輝いた。その光輝の美しさはまるで少年たちの活躍を祝し前途の多幸を祈念するかのようだ。
アズィーズは
その向こう側、円城の中の高級住宅街に燈る暮らしの火が見える。
さらにその先、城壁の向こう側、市井の民が宿した市場の火が見える。
ヒザーナの夜は一見明るく豊かだが、その足元には虐げられた人々の暗澹たる生がある。彼らを虐げているのは悪逆の君主ではなく社会全体の空気だ。
「しかし、社会全体の空気を変えられない君主は悪逆とみなしてもいいだろう」
一人呟く。そして遠く街の火を眺める。
「アズィーズ様」
アズィーズが振り向くと、部屋の中の暗い影から立ちのぼるようにジーライルが姿を現した。
「二人はおとなしく寝たかい?」
「ええ。二人とも安心したのかすぐ眠りに落ちたようです。今は熟睡していますよ。このまま朝まで穏やかに眠り続けてくれるといいのですが」
ジーライルがアズィーズの隣に立つ。そして
「やっと、ここまで来ましたね」
その声には万感の思いが込められている。
「すまなかった。待たせているね」
「待ちましたよ。ええ待ちました。僕はアズィーズ様がウスマーンを倒して
「もう少し待ってくれ、ワルダ城のお姫様を救い出さなければならない。
「はいはい、もう少しですね。ここまで来たら最後まで待ちます、だーいじょうぶ、だーいじょうぶですよ」
「最後じゃない。最初だ」
アズィーズは、断言した。
「私の時代は、私が
ジーライルは、頷いた。
アズィーズが、前を向く。
「あの子たちには可哀想なことをした。あやうく私の時代の犠牲にするところだった。私はもう苦しむ者をなくしたいと思っていたのにな。間一髪のところで助けられたが、あの二人のがんばりがなかったら今頃何がどうなっていたかわからない」
「そうですね。ウスマーンは面倒臭い敵でした」
「ウスマーンの件だけではない、ワルダ城の件も、だ。あの二人は
「問題ないですよ、結果的に二人とも生きて元気で食べて寝てるんですから」
苦笑して続ける。
「それに。あの子たちは、ワルダを助けてくれれば、満足なんです」
「そうかな」
「ずっと。最初に砂漠で出会った時から。あの二人は、ずっと、そればかりで。一切ぶれていませんよ」
アズィーズは「強いな」と呟いた。
「その義は何物にも代えがたい。『
ジーライルが黙ると、アズィーズは「おおっと!」と言いながら手を伸ばし、ジーライルの後頭部を撫でた。
「私も幸せ者だよ! 私にはお前がいるじゃないか、ジーライル!」
「なんだ、お忘れかと思いましたよ」
「お前のことを思いながら言ったに決まっているだろう。私にとってのお前が『
「僕は、あなた様にとって、何よりもの宝ですか」
「当たり前だ」
アズィーズが断言すると、ジーライルは安心したのか、肩から力を抜いた。
「結局のところ、正直者が生き残るし、そうでない社会は是正されるべきなんだ」
「おっしゃるとおりで」
「そして是正する務めを神より授けられしはこの私アズィーズときた。いいね、最高の気分だ」
「はいはい、それもおっしゃるとおりですよ」
二人とも、どちらからというのでもなく、
「百万
ジーライルが「本当にね」と相槌を打つ。
「ちなみに僕、いくらだったんです?」
「聞いて驚け、三百
「やっす! 僕めちゃくちゃ安いですね!? ジョルファ人だからですか? それとも僕自身が人気なさすぎて?」
「まあ、過去の話だ。今なら三百万
「せめて三百
「三百
顔を見合わせる。
「それ、『
「これから口説く予定の女性とはそもそも金の話をしない」
「賢明ですね! さすがアズィーズ様!」
二人とも声を上げて笑った。
月は
「さて、我々も寝ようか。明日からは砂漠を行軍だぞ」
「えっ、待ってくださいよ。それ僕も行くんですか?」
「もちろん」
「ワルダまで?」
「もちろん」
「三千のナハル兵が囲んでいるところですよね?」
「もちろん!」
「……本気で支度します」
「よろしく頼む!」
二人連れ立って部屋の中へ入っていく。
「案ずることはない。帰った時の祝賀会で何を食べたいかだけ考えていなさい。私に任せておけば全部丸く収まる!」
「とかなんとか言っちゃって、またどこかに潜入しろとか言うんでしょー! 僕はもう騙されないんですからねー!」
「頼りにしているよ!」
「もう、しょうがないですね。――すべて、おおせのままに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます