第5夜 帝都ヒザーナにご到着!
第1話 ごはんおいしい
何の困難もなく二日半で帝都ヒザーナについてしまった。
まだジーライルをいぶかしんでいたギョクハンだったが、こうして事件事故もなくヒザーナに案内してもらうと、警戒して緊張しているのが間違いのような気がしてくる。
騙されてはいけない。まだほだされるには早い。
しかし、ヒザーナの一番大きな
絨毯の上に並べられた豪勢な料理――焼きたての香ばしい匂いが漂う
ギョクハンは食べた。とにかく食べた。胃を満たすまでひたすら食べ続けた。喉をひよこ豆で潤しほうれん草で潤し肉汁で潤した。食べるというより飲んだ。次から次へと口に入っていった。
隣のファルザードも、だ。その細い体のどこに入っていくのか黙々と肉を食べ続けた。
「……君たち、よく食べるねぇ」
いつもへらへら笑っていたジーライルが、初めて苦虫を噛み潰したような顔をした。
うまい。
「あの……、ギョクくんで三人前、ファルちゃんで二人前――」
「ごちそうさまでした!」
「お腹いっぱいになった……? よ、よかった……ね……」
ジーライルが蒼い顔で「そんなに飢えてたの……」と呟く。
「ひとの金で食う飯はうまいなあ」
「僕、羊、だいすきー!」
「うっそーん……僕めちゃくちゃ軽率なこと言った……」
それでも支払う気はあるらしい。震える手で食後のお茶を飲みつつ、「まあ……いいけど……」と言う。
「こんなことなら五万
「ここまで来てシャジャラには戻れないな」
「ヒザーナの宿楽しみだなぁ!」
あぐらをかいたまま、後ろの床に左手をついた。伸びをするように背中をのけぞらせつつ、右手で腹を叩く。満腹だ。だが鍛えられたギョクハンの腹筋はさほど大きく膨れるということはない。
ファルザードも両手を後ろについて背筋を伸ばしていた。その表情は満足そうな笑顔だ。シャジャラを出た時の暗い雰囲気はなかった。
シャジャラを後にした直後は重い沈黙が漂っていた。ギョクハンも口を利く気になれなかったし、ファルザードもおとなしくしていた。
だが、目的地につき、腹いっぱいおいしい料理を食べると、人間は気が緩んでしまうものである。
「で、今後のことなんだけどさぁ」
ジーライルが言う。
「
ギョクハンもファルザードも上半身を起こした。
「とりあえず、まずは、僕の出資者、最初に言っていた
ファルザードが「待ってました」と手を叩いた。
「このお方もちょっと気まぐれなところがあって今具体的にどこにいらっしゃるのかわからないんだけど、シャジャラにいる間に伝書鳩で連絡を取り合った時にはヒザーナで僕の帰りを待っていてくれると言っていた。すぐに居場所を確認して段取りをつけようと思う。できるだけ急いで、明日か、遅くても明後日にでも二人と面会できるようにする」
「なんだ、待たなきゃいけないのか。ジーライルほどデキる商人だったら僕らが知らない間にとっとと約束取り付けてくれてると思ってた」
「いやね、僕は確かに優秀で有能で完璧で完全な人間だけどね、君たち二人を抱えて砂漠を越えている間に君たち二人にわからないような行動をとることはできないの。君たち二人は自分たちが案外すごいことを理解したほうがいいよ、とても十四、五だとは思えない」
「そうか? ごくごくふつーのその辺にいる
「そうそう、まあ僕は百万
「砂漠の盗賊を退治してシャジャラの化け物騒動を解決した二人が何を言うか。ここらの商人の間ではすっかり有名人なんだからね」
「どっちもお前が言いふらした事件じゃねーか!」
ギョクハンは肝を冷やした。自分たちがこうして活動していることがナハルのムハッラムに知られたらどうしようと思ったのだ。
一応ワルダを出た直後に襲われて以来追っ手には会っていないので、ギョクハンとファルザードの姿を見たナハル兵はすべて始末できたのだろう。しかしそもそもの脱出した段階、城門付近で多くのナハル兵が二人の人間がワルダ城を出ていったところを見ている。いつギョクハンとファルザードが特定されるかわからない。
ギョクハンは誰にも自分たちがザイナブの遣いであることを明かしていない。ファルザードも、ワルダから来たことは言ってもワルダ城から来たことまでは話していないようだ。
シャジャラの化け物騒動以来、ギョクハンはファルザードを信用するようになっていた。ファルザードは決して愚かではない。むしろそこそこ――少なくとも脳味噌まで筋肉のギョクハンよりは――賢いとみた。ギョクハンやザイナブを不利にすることは言わないだろう。
「で、そのお方から
そして、「何の話だか知らないけど」の部分を繰り返した。
「ねぇ」
ジーライルが身を乗り出す。
「君たち、どうして
ギョクハンは息を呑んだ。隣でファルザードも緊張しているのが伝わってきた。
「ワルダとナハルの騒動と、何か関係があるのかい?」
ジーライルの瞳がいたずらそうに光った。よく見ると、ほんのり緑のまざった琥珀色をしている。
「――そうだよ」
ファルザードがそう答えたので一瞬ひやりとしたが――
「今のワルダは危ないから、逃げてきた。
ギョクハンは頷いた。
「ジーライルはそれを知ったところでどうするんだ? やめるのか?」
ジーライルが肩をすくめた。
「シャジャラで化け物退治をしたら僕の出資者に会わせると約束した。商人は信用第一だからね、僕は嘘はつかない。その約束だけは守る」
そして「ただし」と続ける。
「僕の出資者がその後どうするかはわからない。かのお方が君たちをどう思うかはわからないんだ。
その声はいつになく真剣だ。
「かのお方には、ちゃんとお話しするんだよ」
いずれにせよ、その出資者というのは帝国の立場ある人間だ。もしかしたら、
「ね、ジーライル」
ファルザードが問いかける。
「その偉い人って、何してる人?」
ジーライルは笑った。
「ナイショ」
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