第2話 連れション
最初は面倒臭そうな顔をしていたファルザードだったが、話を聞いているうちにだんだんほだされてきたらしい。ギョクハンは今でもジーライルが鬱陶しくてまったく相手にしていないが、ファルザードはジーライルにあれこれと質問を始めた。
「ジーライルはどこの出身なの」
「僕はジョルファ人だよぉ。でもいろいろあって故郷を出てもう何年も経つ。今の拠点はヒザーナだからどこに帰るのかと聞かれたらヒザーナと答えるけど」
「ジョルファ人かあ、なるほどねー! ジョルファ商人なんだね」
「そういうことさ。まあ任せておくれよ、僕はジョルファ語カリーム語アシュラフ語ユーナーン語ができる、これだけできれば世界のどこに行っても商売ができるよね」
トゥラン語ができないのでは、と思ったが何も言わなかった。ギョクハンの故郷の草原は見渡す限り何にもない辺境だ。ジーライルの言うとおり、この大陸で商売をするならカリーム語とアシュラフ語ができれば十分だった。
ジョルファ人とは、予想どおり、北方の山岳部に住む異教の民族のことだ。しかしギョクハンの知り合いには一人もいないので、民族名と大雑把な本拠地以外のことは知らない。ファルザードは何かに納得したようだったが、ギョクハンは何もぴんと来なかった。
ギョクハンは会話にまったく参加していない。同じ
外は快晴の午後だ。殺人的な日光が砂を焼いている。
「ファルちゃんはアシュラフ系かな?」
「そう、北アシュラフの湖のほうの出だよ。って言っても、もうワルダに連れてこられて三年になるんだけどね」
「やっぱりアシュラフ系は美人が多いよねぇ、ファルちゃんもこりゃまた絶世の美少年で」
「どうもー! そう、僕本当に可愛いからぁ。もっと言って!」
今朝はおとなしかったファルザードがもとに戻ってしまった。これを連れて歩くのだと思うと憂鬱だ。
「僕は両親ともアシュラフ人だよ。お父さんが拝火教の
「ってことは本物の純血種なんだねぇ。血統書付きのアシュラフ猫、お高かったんでしょー」
「そりゃあもう。僕は百万
「どれだけ稼げば買えるんだろ? まあ僕は旅が多いし一人旅が好きだから奴隷は一生買わないと思うけど」
「ジーライルは? ジーライルはやっぱりジョルファ正教?」
「ご明察!」
「このご時世でジョルファ正教は苦労するなあ」
「へっへっへーん! まあ僕は超有能な商人だから
「異教徒ってだけで税金増えるのほんとしんどいよねー。僕は奴隷だから払ってないけどさ」
「真面目な話、ジョルファ正教も一神教で聖典の民だからそれほどヤバい感じじゃないよ。税金払えば文句はないみたいだ、棄教しろって言われたことはないね」
「ふうん……」
そこでギョクハンは体を起こした。
「ギョク?」
「どこ行くの?」
「ションベン」
ファルザードも立ち上がり、「僕も行く」と言った。ジーライルが「行ってらっしゃい」と手を振る。
「ね、ギョク」
ファルザードは用を足す気配がない。斜め後ろからギョクハンを眺めている。
「なんだよ。お前はジーライルとおしゃべりしてろよ」
「ううん、もう二人で出ない?」
「二人で?」
水気を切りながら振り向いた。ファルザードは真剣な目でギョクハンを見つめていた。
「
「あの人たち、僕、あんまり信用できない」
ギョクハンは顔をしかめた。
「らくだに積んでいる荷物が少ない。港で買い付けをした帰りにしてはちょっと身軽すぎる」
「港で売ってからシャジャラに帰るところなのかもしれないだろ」
「見ず知らずの人間に水と食料を譲るなんてさ」
「ひとの善意を踏みにじること言うな」
「
「
袴を直し、帯を締める。しゃがみ込み、砂で手を洗う。
「お前みたいな足手まといと二人きりは俺だってしんどい、ジーライルがお前の相手をしてくれるんなら万々歳だ」
「そんな言い方――」
言いかけてから、ファルザードはうつむいた。
「そうかもね。本当に盗賊に襲われた時戦うのは結局ギョクなんだし、ギョクが楽なほうでいいよ……」
話しているうちに声が小さくなっていく。そんな姿を見ていると少し心が痛む。いじめている気分になってしまうのだ。
だが、ギョクハンも自分自身の身の安全、ひいてはザイナブの身の安全がかかっている。ここでファルザードに負けるわけにはいかない。
「ジーライルこそ怪しいだろ、あんなべらべらしゃべってて胡散臭いこと無限大。ついでにジョルファ人って何なんだ? ワルダ城にはいなかったよな」
「うーん、僕もジーライルのこと全面的に信用してるわけじゃないけど。ジョルファ人っていうのはね――」
言葉が切れた。
ファルザードの目がギョクハンから離れて少し遠くを見やった。
「……ギョク」
「何だ?」
「あれ、何してるんだろ」
ファルザードの視線の先をたどった。
ギョクハンは目を丸くした。
砂丘の向こうで、
馬たちは抵抗しているが、細かな砂の上では踏ん張りがきかないのか、ずるずると引きずられて少しずつ動いている。
男のうちの一人が何かを振り上げた。
鞭だ。
鞭で黒馬を叩いた。
黒馬が甲高くいなないた。
「カラ!!」
「待ってよ!」
ギョクハンは駆け出した。ファルザードもついてきた。
「何しやがる!」
ギョクハンが近づいてきたことに気づいたらしく、男たちが振り向く。
「バレたか」
男たちが一斉に長剣を抜く。
「お宝を持って歩いてる君が悪いんだよ。君にはもったいない」
馬たちが暴れ出す。男たちが鞭で馬たちを叩く。黒馬の尻に血がにじんだ。
「上等なカリーム馬だ。黙って譲ってくれたら命まではとらない」
「お前ら、まさか、盗賊団か。
男たちは笑った。
「俺たちは昔から商品をこうして調達してきたんだ。俺たちはそういう
ギョクハンは腰の刀に手を掛けた。
「カラに手を出すな。殺す」
「やれるもんならやってみな」
刀を抜いた。
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