ぐだぐだダンジョンダイアリー

水縹F42

001:日記を書こうと思う

 唐突に日記など書こうと思って、つい上質紙ノートの生産ラインを作ってしまった。私は鉄腕ナンタラではないのだが……パルプから作るのは大変だったよ。まぁ無いもんは作るしか無いよね。それになんだかんだ外部記録に残していかないと、忘れたいときに忘れられないしパンクしてしまう。不老長生ってのは難儀なものだ。


 さて、日記とは書きたいことを書きたいように書くもの。誰がこれを読むとも思えないが、前置きをするとだ。いつかの思い出話を書くこともまぁあるだろうし、愚痴を書くこともあるだろう……つまり支離滅裂な散文なんじゃないかな。


 つまり前後関係は気にするなってこと。


 なので気になって手を付けてしまった酔狂者はそれを理解してほしい。人の日記を漁ろうなんて、まったくデリカシー無いよね。そう、これを読んでいる君みたいなヤツのことだ。でもまぁ、怒りはしないから安心して欲しい。きっと読まれた所で溶かしゃしないよ。たぶんね。


 そんな最初のページに書くべきは、やはり私の存在についてだろうか。


 有り体に言うと私は『転生者』というやつだ。つまり前世の記憶がある。私は元々[日本]という国で生活をしていた[田中与四郎]という人物だった。発音は"ヌィアン"国の"ヤゥスィラウ・タヌァーク"が近い。まぁ過去の話で、そういうことがあったとだけわかればいい。

 そもそも[田中与四郎]はもう私の真名ですらないからな。なのでもう[利休]、[茶坊主]なんてあだ名で呼ばれる謂れは無いのだ。この世界に茶道はないから関係ないけど、前世の私はめっちゃ気にしてたからね。


 ところで真名ってかっこいいよね、心沸き立つ感じ。[中二病]が捗るってもんよ。でもバレると相手に自身のすべてを掌握されかねないから、バレたら危ない危険物なんだよね。意思ある魔物であれば特にそう。


 なので表向きには『ミーディアム』と名乗っている。[媒介]の意味を持つ単語がゆらいで、身体がこうなのだから自分でもふさわしいと思う。


 ちなみに異名であればもっとあるよ。ざっと上げるだけで『粘体の魔女』『スライムの王妃』『悍ましき怪物』『キマイラ』『グチ友』『師匠』『底なしの胃袋』『グルメ』『グラットン』『酒神様』『商いの女神』などと呼ばれている。


 うんまぁ此処まで書けば分かると思うけど、今生は魔物で所謂スライムをやっている。そう、ヌメっとしてダンジョンに這いつくばるアイツだ。天井から忍び寄って対象の頭に降りかかる地味に危険な魔物。


 魔物としては最底辺に位置する? ぶっちゃけ弱い? たしかにコアを一突き傷つければ殺すのは容易い。対処がわかれば四角い会社のアイツと同格と言えるかな。本来ならダンジョンの掃除屋としての機能しか持たない弱い存在なんだよね。


 だが私の場合ちょっとだけ他のスライムと違って賢かった。そりゃそうだ、異世界とは言え人の魂が入ってんだからスペック……は変わらないにしても、他のスライムにない戦略を立てることが出来た。つまりちょっぴり、ほんのちょっぴり強かったのだ。


 此処から先の事を書くととても一日で書ける量ではないし、一大スペクタクルでもう伝記になっちゃうから割愛する。



 あー、、、



 でも書かないのもやっぱ寂しいのでかいつまんで書きたい。なにせ私に勝てるやつはこの世にあんまり居ないからね。


 まず私は同胞を喰いまくってレベリングした。そのうえで他種族を喰いまくって(最終的に竜とか幻獣とかも食べた。美味しいのでまた食べたい)相手の魔石をコアに吸収。するとどうなると思う? コアが多属性多機能を担う21コアに分裂して、かつ並列思考を備えた超高性能な凶悪スライムが出来上がっちゃったのだ。のだのだ。


 どのくらい強いかというと、そうだなぁ……エルダードラゴンならワンパンで殺れる。レジェンダリー当たりだとやや戦いになるかなぁぐらい。誇り高きドラゴンさんは遺憾の意を表明しても良い。だが私の遺憾の意はマジ爆破なので表明の際はお気をつけて。


 うんチートレベルの強さだよね。さっき『最弱』とか言ってたくせに最強じゃねぇか。全くもってそのとおりだよ。本当にそう思う。


 なんで此処までのし上がったかと言えば単純に『死にたくなかったから』だ。死にたくないなら強くなるしか無い。その一心で喰って喰って喰いまくった。たぶんこの時に『悍ましき怪物』と呼ばれてたんじゃないかな。まぁ実際は冒険者からまことしやかに囁かれる伝説だったんだけど。最初は冒険者も喰ってたんだけど、人間食べても効率悪いんだよね。だからエンカウントしても私はスルーしていた。だから噂になっちゃったんだろうね。


 というわけで世界史上に名を残す災厄級スライムが出来上がったわけなんだけど……私はそれでもなお『死にたくない』と思った。此処まで来ると敵なんて数えるほどしか居ないし、スライムに寿命なんてものは無いんだけど、思ってしまったものは仕方ない。


 けれどここで致命的な問題が起こった。私と来たら余りに強力な魔物すぎて、これ以上強くなるのはとっても難しかったのだ。つまり『身体のスペック』はこれ以上あげることはできなかったんだ。いわゆるレベル上限到達状態だね。


 それでも強くなるにはどうしたら良いか。人の魂を持つスライムが導いた答えはごく簡単なものだよ。化物は体というハードウェアを効率的に動かすためのソフトウェアを欲した。


 つまり『理性』だ。この強力な身体を制御する知恵と知識、知性を解として導いたわけ。


 正直ここまでやってた戦術はたった1つで、じっくり這い寄って覆いかぶさり窒息させて溶かし食べる。よわっちいスライムのときと全く変わらない。だからこそ災厄級になっても臆病で、強さをまるで理解せず、『自分はスライムだから容易に死ぬ』と信じ続けていたんだろう。


 で、知識を得るために何をしたかって言うと、まず今住んでるダンジョンに居座ったんだね。ダンジョンマスターを殺して成り代わり、やって来た冒険者――つまり人間を待つことにした。


 そして出会ったのが近隣領主のお転婆娘、エルフのアイリスちゃんである。


 彼女はそれはもうお転婆を形にしたような娘なんだよ。護衛を雇ってのこのこダンジョンにやって来たあたり、もう破天荒ぶりが知れるよね。どうも最近読んだ英雄譚に憧れてしまったらしいんだ。お転婆此処に極まれりって感じ。今はもう大切な友人なので危ないことも大概にしてほしいんだけど……アイリスちゃんはアイリスちゃんだからなぁ。


 まぁもともとここはEランクというレベルの低いダンジョンだったので、本来であればアイリスちゃんが来ても問題ないはずだったんだ。問題は私が直前にやって来て乗っ取っていたという点に尽きる。


 そんなわけで獲物がやって来たので私は襲いかかった。勿論スペック上そこらの冒険者が太刀打ちできるわけもない。なんせ災厄級のスライムだからね。

 パーティはあっという間に瓦解して逃げ出した。で、一番すっとろかったのは勿論アイリスちゃん。思いっきり転んでたね。顔面から行ったのは流石にちょっと、肌がゾゾゾってなるね。


 逃げ遅れたアイリスちゃんを確保した私は何をしたかと言うと、人間という形を事細かに精査して彼女の形を複製したんだ。どうやって調べたかはアイリスちゃんの威厳と尊厳にかけて黙秘するけど、とにかく調べた。


 つまり人を模倣することで理性を獲得しようとしたんだね。人の魂を持つが故の発想だ。そのうえで出来上がったのはアイリスちゃんと瓜二つの美少女粘液端末……いまこの日記を書いている『私』だ。


『ア、ア~……ア゛ア゛オ゛ッ?!』


 この時点で理性を獲得した私は、漸く『ワイ転生者?!』と気づいたんだ。遅すぎるにも程があるよね。まぁ粘体じゃあしかたないんだけども。


 また困ったことに人型の姿も固定化して余り変えられないときた。私、魂は男なんですけど? 粘体とはいえ見た目女の子はどうなのよ。


 でもそのときは本能だけのスライムだったので、理性が獲得できれば何でも良かったんだよ。たまたまコピー相手が女の子ってだけで……まぁ別にスライムに性別ないし、自我の獲得には必要な措置だった。今も特に困っちゃいないから別にかまやしないのだけど……いや困ってることも有るけどな。実生活には一応問題ない。細かい作業も出来るしね。


 そんなわけで理性を獲得した私がとったのは、怯える彼女(ほんとごめんねアイリスちゃん)へのコミュニケーションだ。


 彼女は私にねっとり精査されたから悲鳴をあげて泣きじゃくっていて(しにたい)最初はどうしようもなかった。ぶっちゃけ私が分かるのは[日本語]ぐらい……でも理性があれば、そしてお互いにコミュニケーションを取ろうと努力するなら疎通は可能だ。


 私は根気よく彼女に尽くした。


 お腹がくぅとなったら(かわいい)多少貧相かもしれないがご飯(申し訳ないが魔物肉の炙り、調味料なし)を用意したし、寝づらそうなときはスライム体を生かしてベッドになったり(寝顔かわいい)した。ご不浄も多少抵抗(恥ずかしがってかわいい)あったが、疫病疾病の元なので吸収分解してあげた。ご褒美とかそういう感情はないのであしからず。


 ちなみにダンジョンが綺麗なのはゴミやチリをスライムが食ってるからなんだね。汚いダンジョンはスライムが住んでないか、絶滅させてしまったケース。めったにないことだけど、たまーにあるらしい。臭いので冒険者も来なくなり、魔力元の回収もできなくなるのでジリ貧となり、ヒッソリと暖簾をたたむ事になる。なのでダンジョン的には超重要ポジなんですよ、スライムっていうのはね。


 そんなわけで根気よく接触を試みたら、少なくとも殺す気はないと理解してもらえた。これが私達のスタートラインだ。初めはお互いに名前を呼びあうことから。初めて意味が通じる会話ができたときは感動した。人生もとい粘生はじめての会話だもの、一生記憶に残すよね。


 ここからは早かった。私は言葉をみるみるうちに覚えて(ただしですわよ使い)なんとかコミュニケーションが取れるまでに進化した。彼女もお転婆……というより好奇心が旺盛だから、私に知識を教えることに楽しみを見出していたんだ。最終的には、


「私のことは"先生"とお呼びなさい!」

『ハイ、センセイ!』


 なんて指つきつけられたりして。そんな事言われた日には、もうノックダウンだよね。可愛いはほんとうに正義だとおもう。


 こんな愉快な毎日がいつまでも続いたら良いな、と私は思ったんだけどそうは問屋がおろさない。ある日ダンジョンの入り口からなーんか物々しい音が聞こえてきたんだ。なんだなんだとおもったら領軍が押し寄せてきてるの。


 五十名の騎士が息巻いてやって来たときは流石に『やっべ』と思ったよね。アイリスちゃんもさっと青ざめて『やっべ』ってなっていた。一応アイリスちゃんは貴族の娘、いわゆるお嬢様ってやつだ。つまり私がやってるのは令嬢の拉致監禁。心理的に『やあっちまったァい!』感がすごかった。


 立ちふさがる騎士たちを前に、アイリスちゃんは身を挺して守ってくれた。


「ま、まって! わたくしは無事よ!」

『ゴメン! アイリス ワルイ ナイデスワー!!』


 そりゃもう一緒になって鼻息荒い軍に一生懸命説得したよね。思えばこの時点で5日くらい経ってたし……娘の命が絶望的なところで敵討ちみたいなノリだったんだろう。


 だからアイリスちゃんのお父さんも居た。名前はゴディバというチョコレートみたいな人だ。眼を丸くしてこちらを見て、無事を知って涙をほろり……いいお父さんだ。後にその幻想は打ち砕かれるんだけど。


 そんなわけで感動の再会を果たしたアイリスちゃんとゴディバさん。でもこのままじゃあアイリスちゃんは箱入り娘よろしく軟禁されて、もう二度と会うことは出来ないだろう。それは困るので一計を案じた。


 私は触手を伸ばしてアイリスちゃんとゴディバさんを一時的に引き離した。


「貴様何をする!!」

『アナタ タタカウ スルワ! ワタシ カッタ アイリス お友達ヨ! ワタシ マケ ヤメルデスワ』


 つまり私はゴディバさんと五十人の勇士に決闘を挑んだ。もし私が勝ったらアイリスちゃんとお友達。そうじゃなければ縁を切る。


 このときはまだカタコトだったけど、アイリスちゃんが上手く通訳してくれてどうにか理解してくれた。そして条件に困惑したけれど、ゴディバさんは勝てると踏んだのだろう、その挑戦を飲んだ。


 まぁ見た目はただのでかいスライムだし、向こうは練達の騎士が五十も居る。勝算は十分にあると見たんだろう。実際は皆無なんだが……ぶっちゃけ私が勝つだけなら一秒もかからない。皆殺しにすればいいからだ。


 だけど相手はお友達の職場の人。絶対殺しちゃダメ、と心に決めて私達は争った。いや間違った、争ってない。何故なら私が一方的に勝ったから。


『イヤッーー!!』


 戦法はごく単純、スライムの原則どおり這い寄り引っ付き……ここからが理性を獲得した私ならではなのだが、五十人に組み付いた私は鎧の隙間に潜り込み、体中をくすぐりまくった。


 洞窟にこだまするおっさんたちの笑い声。もはや武器など持ってはおれず、やめろ、やめてアッヒャオッフェエエッフォと転がるばかりだ。ゴディバさんは一瞬で無力化された軍に唖然として立ち尽くしていた。


 そらそうだ、此処に居るのは精鋭中の精鋭だろうし……それがこうも弄ばれては唖然ともする。信じて送り出した精鋭がアヘってたら泣きたくもなるよね。


『フフフ ワタシ カチヨ! イイデスネ?』

「ま、まだ私が残って……」

『アナタ アイテ スルノデスワ? クスグルヨ! スゴククスルグルヨ!』

「遠慮します」


 にょきっと粘液のばしたら速攻で負けを認めたよね。ここらへんの潔さはあっぱれと言ったところ。


 うなだれたゴディバさんには申し訳なかったが、理性を獲得した私はもっともっと知識が欲しかったのだ。それにせっかく出来た友達が居なくなるなんて悲しいじゃないか。


 なのでごく平和的に勝ちをもぎ取った私と、あまりの惨状にクスクス笑うアイリスちゃんは『いえーい!』とハイタッチして喜び、お互いに一生の友達で有ることを約束したのだ。いやぁ、いい出会いって素晴らしいですよね。



 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る