胡乱語彙職人の朝は早い

@taku1531

開局80周年ドキュメンタリー 胡乱語彙職人に迫る

 当時の自分?

 ドキュメンタリーの撮影を中心に任されるようになり、もう10年といったところだっただろうか。


「おい、止めろ! カメラ止めろ! 止めろつってんだよこの野郎、なにが落ち着いてくださいだ、お高く止まりやがって、テレビ屋風情がよ!」


 別にこの仕事に強く夢を抱いていたわけではない。だが、退職したり他の部門に移る同期を尻目に見ながら仕事を続けるうちにいつのまにかある程度社内での独自の立ち位置のようなものを確立できていたように思う。

 こうやって、そこそこ長く続けているとトラブルにも多く見舞われるわけで。

 例えばヤクザの日常生活に密着したときなんかは警察の立ち入りに見舞われたし、逆に警察側の日常にカメラを入れたこともある。放送できないものも山ほど撮れた。

 まあ、そういう仕事を続けていると勘というか、この現場ヤマはヤバい、なんてのがわかるようになってくる。

 先にあげたヤクザや警察なんてのはむしろ楽な方で、習慣を覚え文化を覚え顔を覚えられ、といったところまで行けば相手の意図というのは読みやすいほうだ。

 いわゆる刑事部なんかは対外的な自らの立ち位置の見せ方にも慣れているようで、踏み込みが不要な仕事であればその表面だけ映していればいい。

 逆に言ってしまえばヤバい現場ヤマというのは――異質な習慣と異質な文化、異質な対人感覚を持つ相手。

 例えば子供。

 例えば動物。

 例えば――


「この部屋には誰も入れねえって決めてんだよ! わかるか? 俺の師匠のそのまた師匠も、そうして来たんだよ! 顔出しただけのテレビ屋が覗けると思ってるのか、てめえ! おい!」

 

 昔気質の乱暴な職人。



 当時は地上デジタル放送開始直後、うちもよそのローカル局と同様、制度の刷新にあわせて「データ放送を利用しよう」だの「高画質に合わせてお色気番組を」だの、きっかけに新規視聴者を増やす策を練っていた。

 その一環として、人間国宝、胡乱語彙職人である大楠法道氏に局のキャッチコピーを依頼する運びとなったのだ。

 せっかくということで(なにがせっかくなのか、冷静になってみるとまったくわからない)、あわせてその作成の工程にカメラを入れ、番組を一本作ろう――そうした思惑のもと自分は大楠法道の氏が住まいにもしている、淡路島の工房に取材に向かうことになった。


 そうした自分を出迎えたのは、いかにも昔ながらの職人の、いかにもな罵倒からだったわけだ。

 取材初日、あっさりと工房から追い出された自分だが、まったく映像が撮れていない現状ですごすごと帰るわけにもいかない。

 仕方なしに、後で撮れ高が足りない際に使えるかもしれないと工房と私邸の外観など撮影する。

 大楠氏の怒りが収まるのを一端待つしかない、これは長丁場になるかもしれない――と思っていた矢先のことだった。


「いやあ、主人がご迷惑をおかけしたようで。本当にすみませんねえ……」

「ああ、いえ。とんでもない、こちらに不手際があったもので」


 外で立ち尽くす数人の取材クルーを見かねて現れたのは大楠氏の奥様だ。


「どうやらそちらから頂いたお仕事があまり捗ってないみたいでねえ、気が立ってるのよ」

「えっ、そうなんですか。既に数多くの実績がある方ですから、テレビ局のキャッチコピーなんてそれほど気負わないのかと思っていました」

「普段やらないタイプの依頼でもあるからねえ。それに、どこから受けたとか誰から受けた、で手を抜いたりするタイプの人でもないから……あら、あなた。初対面のかたにあんな怒鳴られたら失礼でしょう」


 軒先に集まっていた自分たちを奥様が相手していることについてなにか思うところがあったのか、大楠氏も工房のほうから現れた。


「うるせえな……おう、お前らまだ居たのか。とっと帰りな。ここに撮るもんなんかねえよ」

「いえ、とんでもないです。胡乱語彙を作る一挙一動が我々にとっては貴重で……」

「その手足が今日は店じまいだっていってんだ。悪いがなにも思いつかないんでな」


 意外な言葉だった。

 この仕事を受けるにあたってもちろん、大楠氏のことは下調べしてきている。

 ほとんど廃れかかっていた胡乱語彙を半ば独学で立て直し、若い頃から職人としての立場のみならず文学界、美術界にも小さくない影響を与え続けた一人のアーティスト。

 幅広い分野の仕事を立て続けに受け続け、文化として胡乱語彙を再確立し、国宝として認定される――それをほぼ一人で成し遂げた大天才。

 そういった過去の実績を山ほど積み上げてきた大楠氏がまさかそんな弱音を吐くとは思っていなかったのだ。


「お前……そう、カメラ持ったお前」

「自分ですか?」

「ああ。胡乱語彙の四分類ってのは知ってるか?」

「ええ、一応は調べてきています」


 昔から庶民に親しまれてきた胡乱語彙であるから、分類法は数多くあるのだがその中でももっとも代表的な分類として『胡乱語彙の四分類』というものがある。これは、大楠氏の祖父師にもあたる枝園高氏による分類法だ。


 一つは『どんでん』……これは、聞いた瞬間は「ああ、なるほど……?」と思わせておいて、やはり胡乱というタイプのおかしみを誘う語彙。

 例を上げるならば「嗅覚を頼りにするゾンビの群れ」だろうか。一聴した段階では「ああ、普通のゾンビよりも嗅覚が強くて厄介なのか……」と思わった直後に「いや、ゾンビの嗅覚がすごいとどう怖いんだよ! 曖昧だな!?」と思わせるのがおかしみを誘う。


 二つ目は『謎解き』。一見、明らかに変な言葉ではあるが、何かの引用であったり、ダジャレであるなど「ああ、なるほど」と思わせる要素のある胡乱語彙のこと。

 「寝耳にミミズ」はもちろん「寝耳に水」をもじったダジャレで、ビジュアル的に想像するとすごい嫌なことも相まって広く人々に親しまれている胡乱語彙だ。


 三つ目は『合わせ』。これは一見安定している言葉のはずなのに、くっつけた結果として生じる不安定さから笑いが生じる胡乱語彙だ。

 「ペットのティラノサウルス」は「ペット」も「ティラノサウルス」も一般的で安定した語彙だが、くっつけることでおかしみが生まれている。


 四つ目は『へん』。

 これは『合わせ』と逆に不安定な言葉をくっつけることで、より不安定な語彙を生み出す、というものだ。例えるならば20世紀末の少年漫画でも引用された「美しい魔闘家鈴木」は、全てが不安定で笑いを生む。


「その分類の中で、一番つくるのが難しい胡乱語彙はなんだと思う?」

「それは……いや、皆目見当つきません」

「『へん』なんだ。不安定な言葉というのは他の言葉と繋げるのが難しい。できたところで不安定すぎて笑いを産まないこともあるし、場合によっては逆に安定しまうこともある。その塩梅が難しい」

「なるほど……では、今回難航しているのはその『へん』を目指しているからですか?」

「いや、これは最近の俺の挑戦の一貫なんだが……今回は『へん』と『謎解き』があわさった胡乱語彙を創りたいと思っていてな」


 だが、大楠氏は疲れを露わにしてため息をつく。


「だが、これが難しい。キャッチコピー、という時点で生じる縛りにあわせて『謎解き』を入れるとなるとダジャレに近いものになるのだが……その条件を満たす上でテレビ局向けの『へん』な語彙となると……」

「もしかして、テレビ局向け、という部分が重い足枷になっている感じですか?」

「……プロとしては否定したいのだが、クオリティを最大限追求するとなると大きな制約になるのは事実だな」

「つまり、その枷さえなければ、あるいは軽くなれば問題ないというわけですね?」

「いや、だがそれはそうだが……俺はそれを承知でこの仕事を受けたし、その上で最大限のパフォーマンスができないというのは単なる俺の能力の問題だ。クライアントに迷惑をかけるわけには」

「とんでもない」


 テレビ局のカメラマンといえば、裏方も裏方だ。

 アシスタントカメラマンであればクレジットされることのほうが少ないし、なんなら現場を自分一人で取材してきたような案件でさえも名前が残らないこともある。当然、現場では体力勝負だ。炎天下の中とんでもなく重いカメラを持って羊の群れを数キロ追いかけ回すハメになったこともある。

 取材から帰ってきたら帰ってきたで、職場はとんでもなく厳しい上下関係。何年やってもくだらない下働きはついてくるし、酒癖の悪い上司に飲みの席で絡まれることなどしょっちゅうだ。

 繰り返すが、自分は別にこの仕事に強く夢を抱いていたわけではない。辞めようと思ったことも数知れず。

 だが、同じような仕事を続けてきてやめていった他の人間と違うところがあるとすれば。


 うちの局は、挑戦することを評価してくれたからだ。

 だからこそ。


「とんでもないです。大楠さん、ぜひやりましょう。他のテレビ局じゃできないような語彙をください。うちはお高く止まった基幹局とは違うんです。泥水すすって全国放送じゃ鼻で笑われるような、地元のネタを誇りをもって映してきた局です。放送禁止用語以外でなければ、なんでも構いません。ぜひ大楠さんの挑戦を自分たちも見守らせてください」

「……けっ、そうだな。確かに、あんたらのとこはそういうテレビ局だったな。俺は制作のために越してきた人間だが……それでも淡路に住んでる人間ならそれはわかってて当然のことだった。おう、やってやろうじゃねえか」

「ええ、やりましょう。目に物みせてやりましょう!」


 こうして、大楠氏の理解を得ることができた自分たちは、キャッチコピーが出来るまでの24日間、密着して取材をすることができた。

 これは現在から見ても非常に貴重な機会で、胡乱語彙の制作過程が映像で残る機会というのは今後もそうないだろう。


 残念ながら3年前に大楠氏は亡くなられたが、弟子の司馬氏は現在インドのムンバイに拠点を移し、現地の文化を吸収しながら精力的に活動している。

 今年、一時的に凱旋帰国した司馬氏は京都で展示会を開き、大盛況の賑わいを見せた。かくいう自分も足を運んでおり、大楠氏から受け継いだ部分、司馬氏のオリジナルな部分、どちらの息吹も感じることができるように思う。彼の活動を通して日本の伝統文化、及び大楠氏の思想が世界に広まっていく日を心待ちにしているところだ。


――「おっ!サンテレビ」 開局80周年ドキュメンタリーより

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