アラ還で現地妻と純愛です
蟹江 薫
第1話 出会い系サイト
2年前の4月2日。
あの日は朝早くに登録していた出会い系サイトから受信通知メールが飛んできた。
3月26日に俺が送ったメールに返信がついたのだ。浮き足立っている自分の気持ちを抑えながら、URLをクリックすると課金が始まる。残念な内容でないことを祈ろう。
「メールをありがとうございます。夫は三交替勤務なので、夜も出かけられます。今日なら空いています。飲み友、飯友、気が合えばその先もありです。」
ハナと名乗る女性からのいきなりの大胆なメールに少したじろいだ。
せっかちな女性かもしれないと感じながら、ベッドの中で返信する。
まず、プロフィールを再確認。48歳既婚、大津市在住。俺は当時56歳だが、サイトのプロフィールは48歳にしていた。以前は真面目に年齢を記載していたが、この手のサイトは50歳を超えると極端に返信率が下がるようである。
「今日はいいお天気ですね。桜が綺麗な季節です。まずは昼間にお食事でもいかがですか。」クリックして送信完了。
ベッドから出て、コーヒーを沸かしながら返事を待った。時計を見るとまだ7時過ぎだ。
しばらく待ってみたが返事はなく、パンとコーヒーで朝食を済ませた。
単身赴任はもう10年目となり、休日の朝は洗濯、掃除を済ませると、何もすることがない。
去年55歳の役職定年を迎え、東京支社から最後の勤務地となる京都本社に帰ってきた。
妻の麻里子からは、「近くになったから頻繁に来れるね。」と言われたものの、実際に麻里子が来たのは引越しの時と、買い物目的の1回のみ。
俺は携帯を胸ポケットに入れたまま家事を済ませたが、メールの返信はなかった。
いつものようにウォーキングに出ると、春の柔らかな日差しが心地よい日だった。まだ三分咲きの桜並木が続く鴨川沿いを歩き、北に向かって一時間歩いた。出町柳を過ぎた頃、胸の携帯のバイブが鳴る。ダイレクトメールにがっかりする。時間はすでに11時半を回っていた。
(この時間だし今日の昼食はないな。)
鴨川の河川敷から川端通へ出て、社宅マンションのある東山五条に向かって折り返した。
途中で1000円カットの散髪屋を見つけ、カットをしてもらった。
散髪を終えて、胸の携帯が光っているのに気づく。ハナからのメール受信通知だ。
「今はお昼休みです。私は今日は休日出勤なので、19時くらいなら大丈夫です。車で私が近くまで行きます。携帯のメールアドレス交換できますか?私のメールはhanamizuki@…、電話番号は080-…です。」
早速、ハナのアドレスに返信した。
「お仕事お疲れ様です。今日は散髪に行き、スッキリしました。私が19時に大津駅まで行きますよ。何かありましたらお電話ください。私の携帯は090-…です。」
18時55分頃、大津駅に着いたほどなく、ハナから電話が鳴った。
「初めまして。私はまだ京都市内です。仕事が遅くなってしまって、待たせてごめんなさい。」
初めて聞いたハナの声は、明るくて子どものように疳高く、小柄な女性のイメージを膨らませた。お互いに写真も見ずに出逢うのだから、胸の高鳴りはひとしおだ。
「初めまして。電話ありがとう。大丈夫ですよ。俺も早めに着いただけ。京都で働いてるの?」
「はい、そうなんですよ。でも、大原だから車の方が早いんです。」
「それなら、京都で待ち合わせにしたらよかったね。」
「いえ、帰りが楽なのでありがたいです。今日は休日出勤で…」
それから、ハナはハンズフリーなのか、時々雑音がする電話で自分の仕事の話をしながら運転し、俺は30分近く駅のベンチで待った。
初めて話すと思えないくらい、ごく自然な会話だったのを覚えている。
駅近くのコンビニの駐車場で待ち合わせをして、俺の前に車で現れたハナこと薫は、電話の声から想像した通りの、丸顔で大きな目が特徴的な愛嬌のある顔立ちの女性だった。
48歳には見えない若々しさだが、どこか疲れているような印象を持った。
この時の俺は、まさかこの薫との出逢いが
還暦を前にした俺の人生をかけた
純愛になるとは想像すらしなかった。
むしろ、出会い系サイトでいきなり飲み友、飯友、気が合えばその先もありです、とメールをしてきた大胆さに少し警戒しながら
人間ウォッチングをしていたくらいだ。
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