【小説】『〔少女庭国〕』を読みました。そうかそうか、なるほど……そうきたか!?
2019年8月9日
早川書房の百合フェアのときに関連作品をまとめて買い、そして早速積読してしまった小説を、猛暑の中消化しました。いやまあ、仕事の行き帰りくらいでしか小説読めないのですけど、この時期に屋外での読書は自殺行為ですね。フツーにアカンですわ……。そんな熱中症寸前になってまで読んでいたのが、『〔少女庭国〕』です。
書籍情報
著者:矢部 嵩
『〔少女庭国〕』
早川書房、ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2019/06/20
あらすじ(Amazonより転載)
卒業式会場に向かっていた中3の羊歯子は、気づくと暗い部屋で目覚めた。隣に続くドアには貼り紙が。“下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ"。ドアを開けると同じく寝ていた女生徒が目覚め、やがて人数は13人に。不条理な試験に、彼女たちは…。中3女子は無限に目覚め、中3女子は無限に増えてゆく。これは、女子だけの果てしない物語。
設定だけを見ればよくある閉鎖空間系のデスゲームです。しかしこの『〔少女庭国〕』は一味違います。まず普通のデスゲームものであれば、おそらく一回だけしか描かれていないと思います。その一回の中でクローズドサークル内にいる人物を掘り下げて、理不尽な状況と自身の葛藤を描き、サスペンス的に高度な頭脳戦が行われ、過酷であるものの究極的に最後の一人が決まっていきエンディングを迎える、といったものになるかと思います。
ですが『〔少女庭国〕』では、無限に広がる部屋の中での殺し合いが終わり一人の卒業生が決まると、新規として次の部屋の少女が目覚め二回目が始まるのです。つまりデスゲームが行われた数だけ卒業生が決まりますが、デスゲーム自体はメンバーを変えて延々と続いていくといったものです。そこには人物の掘り下げなどなく、使い捨て感覚でどんどん登場人物を投入しては消費していくものであり、人物の葛藤を描いたりサスペンス的な頭脳戦を描いたりすることはなく、ただひたすらにデスゲームのパターンを追求していく内容です。ある種思考実験的な作品です。
なのでこの作品は一つの長編小説というよりは、様々なパターンを描いた掌編短編集といったところでしょうか。最短で二行程度で終わるパターンもあります。というよりこの設定であれば、最短で決着がつくのは扉一つ開けて向こうの部屋の少女を一人殺すパターンです。あらすじでは十三人目覚めていて、クリアするには十二人殺害する必要がありますが、扉一回なら一人殺せば即クリアですので、扉を開ければ開けただけ条件が悪くなっていくのです。
一方で人数が増えていくとそれはそれで様々なドラマが発生します。本当に殺し合うパターンもあれば、心中として集団自殺するパターンもあります。そしてこの『〔少女庭国〕』において最大の特異な点としては、閉鎖空間を開拓して永住する開拓民パターンが描かれているところにあります。
と、ここまでで疑問に思うのが、一体何人の卒業生がいるんだ、ということ。そしてどれだけ部屋が続いているんだ、ということです。
部屋に一人の卒業生がいますが、その卒業生たちは同じ中学校という共通点はあるものの、少女たちはそれぞれ誰も顔見知りがいない状況。同じクラスであっても見たことない人物ばかりなのです。ここがポイントで、この閉じ込められた閉鎖空間は本当に異空間であり、部屋はある意味では量子論的な
で、それによる開拓民パターンですが、まず食料を始めとする物資が必要となるわけです。ですが部屋にはなにもなく、精々自身が身についているものだけで、新しい物資を得るには扉を開けた向こうにいる少女から奪うしかありません。制服にお菓子を忍ばせている少女もいれば、ナイフや火薬といった物騒なものを携行している少女もいますが、それらはレアケース。ほぼガチャに近いレア度です。よって開拓していくには、扉の向こうの少女を殺害して解体することで人肉という食料を得て、骨で道具を作り、学生服を駆使して寝具やテントを作っていく、といった方法で生き延びていくしかないのです。
また開拓していくには労働力が必要となります。よって新規の少女を食料として食べるだけではなく、次第に奴隷として酷使した上で死んだら解体して共食い。その過程で有能な少女が現れたら自分たちの集団に加えていくことにより、少女たちの共同体はどんどん拡大していき、ついには万単位の少女による巨大集団へとなっていきます。時間も数年数十年ではなく数百年レベルで経過していき、普通に老衰で死ぬ少女もいて、新しい世代は新たに扉を開けて確保していくといった、閉鎖空間の中で少女だけによる建国記が描かれていくのです。それこそまさに少女帝国といえるでしょう。
そしてこの少女帝国も衰退があり、主要メンバーの高齢化であったり、食料問題であったり、はたまた奴隷たちの反乱によって国そのものが滅亡していくのです。が、そもそも前提としてたった一人の卒業生を決めるデスゲームなので、全滅寸前の最後の一人の段階になると本来のクリア条件を満たし、何百年を経て本来の目的が達成されるといったパターンとして描かれます。
一つのデスゲームが終わればまた新たなデスゲームが始まるわけですが、そこでもやっぱり開拓民パターンが発生する場合もあって、部屋を遡ってみると過去の卒業生たちによる遺跡を発掘し、遺物をもとにまた新しい少女帝国が建国されていき、そして繁栄して衰退するといったことを繰り返していくのです。最終的に億単位の少女が関わったのではないでしょうか。同じ中学校の同級生が億単位で存在していることになりますけど。
と、ここまで読んでお気づきになられるかと思いますが、この作品はデスゲームの皮を被った人類史の再現ものなのです。「中学三年生の少女」という要素のみで箱庭的に文明の構築を考察されたものであり、箱庭での少女帝国という、密かにタイトルを回収しているといういきなことをしています。
この小説はデスゲームものとして期待して読むと後悔します。なにせ命の重さなど皆無であり、生命が理不尽に奪われることについて思うことがなく、そういった方面でのカタルシスは全くないですから。葛藤も頭脳戦もないですし。
しかし、一見デスゲームと思える設定をこのようなかたちで活用したという、このネタの意外性は類を見ないものであり、アイディア一発勝ちのような気がします。この着想そのものが面白いので一読の価値はあると感じましたね。
あと、百合としての要素は一応あります。というよりオチが百合っぽい感じになります。
様々なパターンで描かれる箱庭的人類史再現ですので、いろんな楽しみ方ができるかと思います。気になった方は是非読んでほしいですね。
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