第25話

第25話

「殺したのはこっちだよ」藤木を指差す。「妹のためなら殺人も厭わないからね、ヤツは」


 そんな――。


「藤木さんが……令嬢を三人も……」

「死んでもいいと」藤木の声色が変わった。押し殺した、低く響く声。「あちらが言ったんですよ。貴方のためなら死ねると。だから妹のために死んで貰った」


「それは……好きだからでしょう!」透子はたまらず叫んだ。「藤木さんに恋をしていた人でしょう! 心を弄んで利用するなど……!」


「どちらにしろ身分が違うのだから結婚はできなかったんですよ、三人とも。……でもダメだった。彼女たちの血液検査では、適合の可能性はあったのに。取り出して、移植するまでに心臓が止まってしまった」


「手術が失敗して……遺体を捨てたのも貴方?」


「金さえ出せば遺体を運んでくれる輩はいるんですよ」藤木の目がギラリと光った。「だが今度こそ――成功させてくれ、医師(せんせい)」

「わかった」


「成功するわけない」透子は怒りに目を真っ赤にして叫んだ。「三度も失敗したことが何よりの証拠です。私の心臓を取り出したって無駄だわ」


「大丈夫ですよ。貴方は高貴なお方だ」

「……それが……なに……」

「男爵、子爵令嬢は失敗した。昨夜の伯爵令嬢は惜しかったんです。あともう少しで移植までこぎつけられた。やはり爵位が上がれば上がるほど心臓も高貴なんでしょうね」


 何を言っているのかわからない。


 おかしいのだ、狂っているのだ――。


「透子さんの家は昨夜の伯爵家より財産もある。地位もある。なによりそして一卵性の男女の双生児という特殊な方だ。特別な星の元に生まれてきたのですよ。だから心臓も特別なはずなんだ」

「そんなわけないでしょう! 私は普通の人間です、地位なんて関係ないわ!」

「親父は爵位が欲しいと言いながら死んでいきました。やはり特別なんですよ、華族というのは。その特別な血を、妹に分けて欲しいのです。そうすれば父も喜ぶでしょう」


 それで、華族令嬢ばかり狙って殺したのか――。


「狂ってる……そんなことできるわけ……」

「貴女だって生きていたって仕方がないでしょう。目も見えず、家に閉じ込められて、唯一の理解者だった弟にさえ見捨てられて。さっきも、どうだってよくなったと仰った。世を儚んでいるのでしょう?」


「……私が?」透子の目が、すっと細められた。「私が世を儚んでいると?」


「そうなんでしょう?」

「…………」


 透子は答えない。抗うのをやめ、ベッドに寝かされた状態で、虚空を見つめている。


 藤木はいつもの穏やかな表情のまま、透子を見下ろす。端正な顔に微笑みを浮かべ、ゆっくりと腰を屈めた。 


 顔が、近づく。


 唇が、触れた。


「…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る