第11話

第11話

「――疲れてる?」


 はっと気づくと、明が傍でじっと見つめている。せっかく忙しい時間を割いて勉強を教えてくれているのに、教本を眺めていただけの自分を叱咤する。


 明は学校から帰ってきても幾人もの家庭教師がやってくる。語学、経済学、パーティーのマナ―、その他諸々。父の跡を継いで貴族院議員となるための社交性まで教え込まれる。


 それでも透子といる時に、疲れを見せたことはない。愚痴すら聞いたことがない。いつも和やかな空気を纏い、透子の気持ちを聞いてくれる。話しやすいように誘導してくれる。


 けれど今は、今日あったことを喋る気になれなかった。どうしてだか少しの間、自分の中で大事におさめておきたかった。


「というより上の空だね。どうしたの」

「ちょっと……眠くて」


 ふぅん、と明はしばらく透子を見つめていたがやがて視線を外し、「じゃぁ、寝ようか」と言った。


 ごめんね、と心の中で謝って、手をつないだままベッドに潜りこむ。


 悟られただろうか、心が踊っていること。

幸せな気分の余韻に浸っていること。


「――最近は入れ替わらなくてもいいんだね」


 小さく声がした。早くて聞き取れなかったので、え? と聞き返したが、背を向けた明から返答はなかった。寝言かと思い、目を閉じた。


 寝入った後、明が起き上がり、長い間考え事をしていたのを透子は気づかなかった。

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