第5話

第5話

藤木巡査が警護にあたるらしい。


「――あ、透子お嬢様。母屋で女中頭のエイさんという方がさがしておられましたよ」


 庭をぶらぶらしていると後ろから声をかけられた。透子はゆっくり振り返り、そうですか、と返答する。


「今日はお出かけのご予定は?」

「……ありません」

「そうですか。私はお嬢様のいらっしゃる離れ屋の外にいますから。外出される際には声をかけて頂けますか」

「……わかりました」


 微かに頷いて透子は歩き出した。人と話すのは苦手だ。


 母屋に入ると女中たちがステキだのハンサムだのと騒いでいる。藤木のことを言っているのだろう。昨夜の、自分をじっと見つめてきた顔を思い出す。切れ長な目。オールバックの髪型が端正な顔をより際立たせ、その上長身なので一見冷たい感じがするのだが、笑顔になると途端に人懐こい印象に変わった。物腰も柔らかく、上品な感じで――。


 ふと、父の匂いがした。


 近くに父がいる。けれど透子なので話しかけては来ない。見ないふりをして、ただ通り過ぎるだけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る