第3話
第3話
「――これは、これは」
応接間には見知らぬ二人の男が、双子を見るなり目を瞠った。
「そっくりだ。男女の双子とはお珍しいですな」
中年のでっぷりとしたスーツ姿の男が感心したように二人を見比べる。
「染色体の異常というものでして。一卵性なのですが、母親のお腹の中で何かが変化し、性別が別れてしまったのです」
双子の父――頭崎(かしらざき)伯爵(はくしゃく)はそっけなく返答し、双子に「挨拶しなさい」と促した。
「頭崎(かしらざき)明(あきら)です」
「頭崎透子(とうこ)です」
「やぁ、さきほどはご活躍だったそうですね。コソ泥を捕まえたとはさすが頭崎伯爵家のご嫡男だけあって勇敢であらせられる」
父親がジロリと双子を睨んだ。少年の方が両手を合わせて、笑いながら謝る仕草をした。
「私は警視庁警部の福田(ふくだ)と申します。こちらは藤木(ふじき)巡査」
「よろしくお願いします」
隣に立っている長身の青年は、よく通るはっきりした声で頭を下げ、双子に向かってニコリと笑いかけた。
「? なにか?」
じっと見つめられて、透子は首を傾げる。
「あ、失礼しました」はにかみながら藤木は戸惑ったように目線を逸らした。「目がお悪いと噂できいたことがあるものですから……そんな風には見えなくて」
「そんな噂が?」ピクリと、父親は片眉を上げる。気に障った時の癖だ。「目のことは公にしていないのだが……。体が弱いということにして、ほとんど外出もさせておりませんし。使用人たちにも口外を禁じております。しかし人の口には戸はたてられないのだな。どこかのゴシップ誌かなにかで?」
「いえ、新聞雑誌で読んだわけではありません。あくまでたよりない噂です。私もどこから聞いたか忘れてしまったような……、申し訳ありません。つまらないことを申しました」
藤木巡査は慌てて頭を下げた。福田警部も焦りながら取り繕う。
「そうです、根も葉もない噂です。お嬢様のお噂など私は聞いたことがありません。というよりご嫡男に双子のごきょうだいがいらっしゃることも、今日上司から聞くまで存じ上げませんでした。明様のお耳がお悪いというのは聞いたことがありますが」
「えっ、そうなのですか? ……あっ、し、失礼いたしました」
二人の掛け合いに、思わず双子はプッと笑った。
が、頭崎は難しい表情のまま「で?」と話を先へと促した。
「わざわざ警視庁の方がどういった用件で? コソ泥は世田谷署が連行していったが」
「あ、はい、実は」福田警部は大きな体を小さくし、汗をハンカチで拭きながら、「今、東京で起きている殺人事件をご存じですか」
「殺人……。ああ、若い娘が二人殺されたという。世間で凄い騒ぎになっている」
「そうです。先週は四賀男爵のご令嬢がご自宅近くの森で、昨夜は森川子爵のご令嬢が川で、遺体が発見されました」
「なにか特殊な薬を打たれて殺され、心臓をくり抜かれていたとか。事件が事件だけに、先週四賀家に葬式には行けなかった。近親者だけですると仰ったのでね」
「そうでしたか。警視庁では捜査本部を設置し、捜査しておりますが、四賀家と森川家に接点はなく、またそれぞれトラブルを抱えていた様子もありません。ましてや歳も十五と十七のご令嬢ですから、怨恨という線も薄いかと。考えられるのは無作為に……」
「なるほど」頭崎はチラリと透子に視線を移しながら、福田警部の話を遮った。「華族の令嬢を無作為に狙っているとしたら、この家も危ないと」
「はい。そういうわけでこちらのお嬢様にも警備をつけさせて頂きたいのです」
「しかしここは東京でも郊外だ。事件があったのは都心だろう」
「はい。都心の方はすでに警備を強固なものにしております」
「ふん、こちらはついでというわけか」
「いえ、念には念を、というわけで」
「わかった」話は終わりだと言わんばかりに頭崎は立ち上がった。「せいぜい用心してくれたまえ。娘は一日中屋敷内にいるので大丈夫だとは思うが」
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