十三発目の銃弾

 計十二発の銃弾と真っ白な牛乳ミルクで、この世界は割れた。

 

 あちら側は、まるで西部劇。

 それを現実だと信じられるものなんて、何ひとつなかった。

 多くの大人の男たちが次々と倒されていく。銃を持った体の小さな女の子一人を相手に。

 そんなこと起きるはずがなかった。起きていいはずがなかった。

 なぜならそれは誰もが知っていることだから。近くでと同じ光景を見つめる――中には読み書きもままならない――彼ら・彼女たちが最も知っていることだ。

 体が大きな相手には敵わないってこと、決して割れない風船のような巨体に従うしか、ここでは生きられないってことを。


 一発目は跳弾まぐれ

 わずかな亀裂だけ。それではこちらとあちらを隔てる境界ミラーは壊れない。

 偶然だけでは何も変わらない。

 誰もボクらがここにいることに気づけやしない。

 気づかれないならこの境界ミラーの向こう側で起きていることは、それがすごい近くの出来事だとしても、ボクらがいる世界とは別の世界――空想フィクションと同じだった。


 西部劇あちらでは銃撃戦が終わり、現実こちらでは電話が鳴った。

 現実こちらではボクらの"パパ"が電話に出ていたけど何を話しているかなんて気にならなかったし、そういうことが気になり始めた子たちは、みんないなくなった。

 それよりもボクは、西部劇あちらで銃撃戦を終えた女の子が冷蔵庫から取り出した牛乳ミルクを飲んでいる姿に見惚れていた。

 空想フィクションのその女の子は、とても格好よく見えた。

 なぜかそのとき、その女の子と目が合ったような気がした。そんなことあり得るはずがないのに。ボクらがここにいることを気づける人なんて、誰もいないはずなのに。

 だけどあちら側の女の子は明らかに意思をもってこちら側に近づいてきて、手に持っていた真っ白なグラスを境界ミラーに叩きつけた。

 空気が、変わった。

 周りにいるぼんやりとした彼らと同じように、ボクにも何が起きたのか理解できなかったし、ボクらの"パパ"が動揺しているところなんて見たこともなかった。

 即座に境界ミラーに十一発の銃弾が一斉に叩き込まれた。何もかもがバラバラに割れて、めちゃくちゃにまざり合った。頭の中は叩きつけられた牛乳ミルクみたいに真っ白で、女の子の足元では、空想のグラスの破片と現実のガラスの破片が区別もなく散らばっていた。

 そんなことは、あり得るはずがなかった。あってはならなかった。

 とても苦しそうに銃を構えた現実の女の子は、今にも何もかもが終わってしまいそうなほどに怖ろしかった。

 だけどそれ以上に――。

 銃を向けられたボクたちの"パパ"は「平和的にイン・ピース……平和的にイン・ピース……」と風船から空気が抜けるようにつぶやいていた。

 結局、女の子が"パパ"に向けて銃を撃つことはなかった。

 ボクは、そのとき思ったことを一生忘れないだろう。


 それからしばらくすると多くの大人たちが現れ、ボクらはいくつかの車に別々に乗せられた。ボクはそこで、銃を構えた女の子のことを思い返した。

 あの女の子はどうして大人の男たちを倒せたのか。どうしてボクらのことに気づいたのか。今にも撃ちそうだったのに、どうして"パパ"を撃たなかったのか。

 どれもが、どうでもよかった。

 すべてが終わってしまいそうに思えたあの瞬間、銃を撃つか迷っていた女の子は、とても怖ろしくもあったけど、それだけじゃなかった。

 撃たないと分かって感じたのは安心じゃなかった。

 落胆していた。

 どうして撃たなかったのか。

"パパ"にではない。

 苦しむように銃を構えた女の子が、とてもきれいに見えてしまった。もしも誰かに殺されるのだとしたら。この女の子に殺されるのなら、と思えたほどに。

 だからボクは、どうして十三発目の銃弾をこの体に撃ち込んでくれなかったのかと落胆していた。



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