天体望遠鏡
ABE
第1話。そして、エピローグ
「僕らは宇宙に行くべきだ」
僕は星空を指さした。天体望遠鏡を覗き込んだまま、彼女は「そうね」と答えた。
「僕らにとって地球の重力は重過ぎる」
「ええ」
「それ、何が見える?」
「土星の環」
夜の学校の屋上で二人、星を眺める。
ラジオのスイッチを押した。
×××
やあ、みんな、こんばんは。元気かい?僕は元気だ。こちら月曜夜の『ワーカーズ・ブレイク』。今日も今日とていつも通り、適当な音楽を流して、お便りを読んで、適当なことを言って、サヨナラまでまた音楽を流す。それだけ。気張らずに聞いておくれよ。ソファに座って、クーラーの設定温度を一度下げて目を瞑っているといい。くれぐれも寝てくれるなよ。僕は君に「夢で会おう」なんて言いたくはない。それに、誰も聞かないのに一人話続けているラジオと僕が可哀そうだろ。たった三十分間、付き合っておくれ。
早速だけど最初の曲を掛ける。そういえば、今日は久々に火星がよく見える日らしいから、今日の曲は宇宙に関するナンバーを揃えてみた。一曲目はビートルズの『アクロス・ザ・ユニバース』NASA設立五十周年を記念して北極星に向けて発信したことで有名な一曲。音速で計算すると今年でちょうど一億五百万キロ進んだことになるらしい、因みに大体一億五百万キロは地球と太陽の間の距離になる。大体ね。331.5+0.6×℃の数式で音速は求められる。僕はN・E・Bから発信しているから、ラジオを介さなかったら僕の声が君に届くまで何缶ビールが飲み干せるか計算してみてくれよ。……それじゃあ、聞いてくれ。ああ、言い忘れてた。未成年の飲酒喫煙はやめような。まあ、このラジオを聞いている若年諸君は良い子が多いだろうから、心配はしてないぜ。
じゃあ、気を直して、『アクロス・ザ・ユニバース』。
×××
「夜中に学校に忍び込むのは良い子のやることかしらね」
「さあね」僕は適当に返事をして、熱心に望遠鏡を覗き込んでいる彼女に「そろそろ代わってくれないか」と言った。
「あと二分」
僕はレモン味の炭酸飲料のキャップを開ける。シャワシャワとしたレモンが、喉を通って行った。
×××
「ニュートンは絶望しただろし、ガガーリンは歓喜しただろうね」
「なぜ?」
「ニュートンは重力で人が地球に縛られていることを理解して。ガガーリンはその重力からの解放を証明した。僕ならそんな気持ちになる」
「ニュートンも歓喜したと思うわよ」
「どうして?」
「科学者にとって発見と、証明は何よりの喜びだもの」
「そうか、まあ、そうだな。……じゃあ、僕が代わりに絶望しよう。僕は今すぐこの重力から逃れることは叶わないことを理解しているし、今ちょうど二分経った。つまり、重力が僕を縛るように、君も望遠鏡を離さない。違う?」
「あと二分待って」
×××
いい歌だったね、『紙コップの中に入って行く終わらない雨のように、言葉が流れていく』って所が特に、気に入ってるんだ。僕みたいだって思わない?反応がないな。……さて、皆が頷いてくれていると信じて。次はリスナーからのお便りのコーナー。今週は三十二通のお便りが届いてるよ。本当にありがとう。お便りは金曜日午後五時半までにN・E・B ワーカーズ・ブレイクの係までFAXで送ってくれよ。まったく、労働者に優しくない時間設定だ。
×××
お便りを読ませてもらったリスナーには番組特製のラジオを送るよ。今聞いているラジオよりも良いラジオだといいね。
×××
星が好きな男の子に恋する女の子からのお便りだ。えー、「こんばんわ、初めまして、このラジオ番組は視聴したことが無いのですが、好きな男の子が聞いているので、小さな希望を込めてお便りを書かせてもらいました」と……。可愛らしいお便りだね。ラジオネームはベガ=インザ=レラ。高校三年生の女の子からのお便り。ベガは乙姫の星だったよね、ベガ、とレラは何だったかな……。ベガちゃん。意図を汲んでやれなくてごめん、でも天文少年なら分かってくれると思うよ。僕もそう願ってる。さて、続きだ。「男の子に告白をしたいと思っているのですが、どのようにすれば良いでしょうか、具体的に教えていただけると助かります」この番組、男臭いお便りばかりだからね、たまにはこういう女の子からのお便りは嬉しいよ。放送に清涼感が出る。……おっと、失礼。ここはワーカーズ・ブレイク。労働者たちの憩いの場だ。たとえむさ苦しくても男たちからのお便りは大歓迎だ。
本題に移ろう。僕もハイスクールの時一度告白をした経験があるよ。残念ながらお断りされたけどね。一方で、自慢じゃないが、告白をされたこともある。一度だけ。その時は3ヶ月くらい交際して、彼女の方から別れを切り出してきた。僕の性格をその子は分かり切ってなかったようだ。まあ、当然だけどね。告白をする時とされる時じゃ違う種類の緊張をする。される方は、いつ付き合って言われるのかって考えて、する方はダメなんじゃないかって考える。後者の方はこじらせると言葉が体の中から消えてしまう。一生懸命に考えてきた言葉が一瞬で……パンッ……。シャボン玉みたいにはじけるんだ。これは体験談なんだけど、実は僕、ハイスクールの時代もお喋りで、だからこういう職に就いたんだけど、いつもなら出てくるはずの言葉がてんで出てこない。あれはもう二度と経験したくない恐怖体験だったよ。夜中の踏切で女の人と会った時よりよっぽど怖かった。君らが千円くれるって言っても僕は告白はしない。その所為で僕は独身なんだ。……えっと、何が言いたいかっていうと、つまり、僕には恋愛について何も言うことが出来ない。だから、一つ、告白はリラックスできる状態でした方が良いってことだけは言っておくよ。
×××
尺の都合上また一本だけになっちゃったけど、次はきっと君のを読むよ。きっと、約束する。ひとまず、うら若き乙女の恋の成就を皆で祈ろうじゃないか。
×××
お別れまで次の楽曲を流そう。二本目は久々に邦楽をチョイスしたよ、『天体観測』っていうバンプ・オブ・チキンの2001年リリースの楽曲。さっきのベガちゃんが生まれるか生まれないかって年に発表された曲だね。僕も邦楽は聞くよ、洋楽を流すことが多いけれど。洋楽は邪念無くメロディーラインを追えるから僕は洋楽を好むね。それじゃ。
×××
「私も連れてってくれる?」
「どこへ?」僕はようやく取り戻した望遠鏡で火星を覗いていた。
「宇宙よ」彼女は僕を見て笑う。
僕は一度彼女の顔を見て、それからもう一度望遠鏡を覗いた。
「いつか、ね」
「その時、重力に縛られなくなった魂は拠り所を失うでしょ、なら、私が貴方の拠り所になってあげる」
「君が?僕の魂を縛るの?」
「それに、貴方が愛を囁いた音が、遅れて聞こえるのは耐えられないわ。大気圏の向こうは少し遠すぎるもの」
僕は、一つ息を吐いて、レモン味の炭酸飲料を飲んだ。甘酸っぱい味がした。
×××
三十分経つのがやけに早い気がするよ、今日は、特に。まあいい、楽しんでくれただろうか。あるいは、暇つぶし程度なっていたら嬉しく思うよ。僕は先週もここにいて、来週もここにいるつもりだけど、この二人の行く末は分からない。せめて祈ってくれるといいな。因みにレラっていうのは「こと座」を指す言葉だ。特に意味は無いよ。……さて、そろそろ終了のお時間がやって来ちまった。今週もN・E・Bよりお送りした『ワーカーズ・ブレイク』また来週お会いできるならお会いしましょう。さようなら。お元気で。良い人生を。
天体望遠鏡 ABE @abe-shunnosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます