第55話・あの日の出来事
短い三学期も終わって春休みを迎え、その春休みもあっと言う間に終わり、暦は四月へと変わった。
今日から俺達は新学年。俺は高校二年生、明日香は小学六年生になった。
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫。お兄ちゃんは?」
「問題無しだ。それじゃあ行くか」
「うん!」
明日香は明るい笑顔で元気に返事をし、空色のランドセルをからう。
ちなみに『からう』という言葉は九州地方でよく使われる方言で、『背負う』という意味だ。俺のじいちゃん達が九州に住んでるからか、小さい時に覚えた言葉を今でもそのまま使ってしまう事がある。
家を出て施錠をし、小学校への通学路を途中まで一緒に歩いて行く。
最近はすっかり春めいてきたからか、外はぽかぽかとした陽気を見せる事が多くなり、道行く人達の表情もどことなく柔らかく見える。そしてそんな暖かい陽射しを浴びながら歩いていると、明日香と出会ったのはちょうどこのくらいの時期だったな――と、ふとそんな事を思った。
「にこにこしてどうしたの?」
「ん? いや、何でもないよ」
「分かった! 先に行った琴美お姉ちゃんに早く会いたいからでしょ?」
「な、何言ってんだよ! べ、別にそんな事はないぞ?」
「本当かな~?」
明日香は俺の顔を覗き込む様に見ながらその反応を
そんな明日香と他愛ないやり取りをしながら歩き、通学路の途中で待っていた由梨ちゃんと合流したところで明日香達と別れて
× × × ×
新学年を迎えた翌日の深夜。
俺はパソコンに書いた日記を整理がてら見直していた。
明日香が妹になってからほぼ毎日欠かさずつけているこの日記。書き込む内容や長さはその日によってまちまちだけど、なかなかいい感じで書けていると思う。
そして一つ一つの内容をじっくりと見ながら整理をしていたその時、俺は『あの日』の事が書かれた部分に行きついた。
「はあっ……」
それを見た途端、溜息と共に気分が深く暗く沈んだのが分かった。
俺の言う『あの日』とは、生前の明日香が亡くなった日を見て来た時の事だ。あの時はサクラの力を借りて夢の世界で明日香の生前を見て来たわけだが、あの体験は未だ俺の心に暗い影を落としている。
日記の内容を見て気分が沈んだ俺は、少しだけ休憩をしようとベッドに身体を投げ出した。
そして心を落ち着けようと目を瞑って大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。すると徐々に意識がまどろみ始め、俺はそのまま眠りの世界へと落ちて行った。
× × × ×
俺はまたあの夢を見ていた。
明日香と出会ってからまた見るようになった夢。心地良く、嬉しく、そして悲しい夢。夢の中に入ると思い出すのに、いつも目覚める頃には内容を覚えていない夢を。
でも、今回はいつもと違う事があった。いつもは幼い自分の中に今の自分が居て、その小さな自分の目線でその光景を見ていたのに、今日はまるで第三者の様にして今の俺は幼い自分の姿を見ていた。
『お母さん、もうすぐだよね?』
『そうよ。涼君はもうすぐお兄ちゃんになるの』
『早く生まれてこないかな』
『そうね。早く元気な顔を見せてほしいわね』
『うん! ねえ、お母さん。名前はどうするの?』
『名前はね、涼君が考えてくれた明日香にしようと思うの。明日の香りで明日香、とってもいい名前だから』
『やったー!』
幼い俺が喜びながらお母さんの大きくなったお腹に手を当てた。
『早く生まれてきてね。明日香ちゃん』
いつもはちゃんと聞こえない赤ちゃんの名前。その名前が初めてちゃんと聞こえ、俺はその名前に驚きを隠せなかった。
――赤ちゃんの名前が明日香? どういう事だ?
その事に考えを巡らせていると、いつもの様に目の前の場面がスッと切り替わった。
『うわーん!』
俺の目の前にはぶつかって壊れた二台の車があり、その一台の車内には怪我をした母親と、その母親に
『りょ、りょうくん……だいじょう……ぶ?』
『お母さん!?』
怪我をして頭から血を流していた母親が、心配そうに声を掛けてから気を失った。すると凄惨な場面が暗転して見えなくなり、いつもこの夢で見る最後の場面へと切り替わった。
飾り気などまったくない病室。そこには包帯を頭に巻かれた母親がベッドで静かに眠っている。
『母体はなんとか助かりました』
母親が寝ているベッドの横。そこに居る父親と幼い俺に医者が話し掛けて来た。
『ねえ、赤ちゃんは? 妹はどうなったの?』
『…………残念だけど、赤ちゃんは助けられなかったんだ。ごめんね……』
医者は幼い俺の頭に優しく手を乗せるとそのまましゃがみ込んで視線を合わせ、とても悔しそうにしながらそう言った。
『えっ!? じゃあ、僕の妹は? 明日香ちゃんとは会えないの?』
そう言って瞳から大粒の涙を
それを見た俺は胸が
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